第23回 クリスマス
正確にはクリスマスイブです。
ごっちゃにしてすいません。
「ごめん・・・・・・」
開口一番に言ったひなたの言葉に、電話の向こうの川口がショックで一瞬言葉が出ないでいるのがわかった。
昨日のひなたの風邪はあれからまた熱が上がってしまい、翌日になったクリスマスイブの今日も一向によくなる気配はなかった。このままデートして風邪をうつすくらいだったら、むしろ会わないほうがいいとひなたは判断し、川口に電話したのだ。
『―――うん。わかった・・・・・あっ、またお見舞い行ってもいい?』
「だめだよ・・・うつるかもしんないし」
『いいよ。勝手に行っちゃうから』
そんなこと言われても、ひなたがどんな思いで今電話していると思っているのだろう。軽い風邪だったらたぶんデートに行っていたはずだ。
結局曖昧なまま電話は切れた。クリスマスイブだからといって家に誰かいるわけではなかったが、川口が来るときのことを考えてひなたは掃除を開始した。
◇
てっきり昨日のように家に入ってくるものだとひなたは考えていたが、そうではなかった。川口は家に着いてすぐこちらに連絡を入れてきた。
『やっほー!来ちゃった』
2階の窓から下を見下ろすと、原付にまたがっている川口の姿が見えた。
「あ、待って。今下行く」
『ううん。いいよ。顔見たかっただけだから』
下に行きかけたひなたを川口は制する。
『メリークリスマス・・・会えてよかった』
急にそんなことを言われて、ひなたは不覚にもどきっとしてしまった。それと同時に、なんだかとても寂しくなる。
ひなたは窓から身を乗り出した。
「行くから・・・そこで待ってて!」
川口の返事を聞くことなく、ひなたはケータイを切って階段を駆け下りた。
なんとか息を整えてドアを開ける。一瞬、ドアを開けたら川口がいなくなっているなんてオチも考えたが、彼はそこにいてくれた。
ほっとして一歩前へ踏み出す。
「―――!?」
外気の寒さはハンパじゃなかった。
「見てるだけで寒いよ!」
慌てて川口が駆け寄ってきて、ひなたを家の中に押しやる。それと同時に川口も家の中に入ったが、
「ごめん!俺別にそんなつもりじゃないんだよ!?ほんとに顔見に来ただけで!」
どうやら家の中に入ったことを言っているらしい。その慌てた様子にひなたは苦笑した。
「わかってる。それだけで嬉しいよ」
「えっ?嬉しい?今嬉しいって言った?」
「・・・・・言ってないよ」
しつこく食い下がる川口を置いて、ひなたは先に家の奥へと入っていく。その後ろを川口が遠慮がちについてきた。
やばい・・・・・緊張する・・・
昨日も川口と2人きりになったのに、今日はさらに緊張する。クリスマスイブの力ってすごいと思う。だから、
「ひなた」
名前を呼ばれただけでどきっとしてしまう。
「な・・なに?」
「熱はどのくらいあるの?」
「あ、熱か・・・」
少し拍子抜けというか安心しながら、ひなたは体温計を手にする。計ってみると37.3と表示された。
「だいぶ下がったみたい」
「でもまだちょっとあるね。今日も安静にしてたほうがいいよ」
川口の言い方は、もう帰ると言っているようだった。
「そ、うだね・・・」
少し沈黙になった。
ひなたは俯いて様々なことを考える。もし次に川口が何か言うときは、それが帰るときのような気がしていた。
できればもうちょっとここにいてほしい。だけど、こんな風邪菌の充満した家にいてもらいたくないし・・・
と、そのときだ。
「わっ―――」
いきなり川口に手をぎゅっと握られて、思わず振りほどいてしまった。
「あ、ごめん。びっくりした?」
「う・・うん」
「プレゼント。ほら、クリスマスの」
川口から渡されたのは、長細い箱だった。開けてみると中からは小さなハートのついたネックレスが出てきた。
「わー・・・・・・」
「女の子の好みとかわかんないんだけど、ネックレスとかだったらいいかなって」
いつもは平気で好きだ好きだと言うのに、こういうときに川口は照れくさそうにする。それがわかって、さらにひなたは嬉しくなった。
「ありがとう・・・大事にする・・・・」
「うん。メリークリスマス!」
「メリークリスマス・・・・」
ひなたも用意しておいたプレゼントを渡した。散々迷って買ったのは、財布だ。全く好みなんてわからなかったのに、我ながらよくこれを選んだと思う。
「わー財布だ・・・かっこいー」
「ほんとに?かっこいい?」
「うん!ありがとう。すげー嬉しい」
川口が笑顔になる。それだけでひなたも笑顔になれた。
◇
30分ぐらいして、川口は帰ると言い出した。もちろん引き止めたかったが、川口の体調を考えるのなら仕方がない。
「じゃーね、ひなた。お大事に」
「うん。今日はありがとう・・・それと・・・ごめんね?」
「いいよ。早くよくなってくれれば」
川口の笑顔にきゅーんとなってしまった。もしこれで本当に風邪をうつしてしまったらどうしようかと本気で心配になってきた。
「それに、謝らなききゃいけないのは俺のほうかも」
「―――?」
「ひなた、はい!深呼吸ー!」
いきなりそんなことを言って、川口はひなたのマスクを取り上げる。意味のわからないままひなたは冬の外気を吸い込む。とは言っても室内だから冷たくなかったが。
何を謝られるのだろうか。まさか別れるなんて言われないだろうか・・・
「怒らないでね?」
「何を――」
言いかけた瞬間、唇が塞がれた。川口の唇によって。
「―――――」
唇を離した川口はイタズラっぽく笑った。
「じゃーね!今度は初詣で会おうね!」
一方のひなたは顔を真っ赤にさせてその場に固まっていた。