第22回 クリスマス前夜2
誰もいない昼下がりの家。恋人同士2人きり。やることといえば・・・・・・
「あっ・・・また抜かされた!」
「よっしゃー!このまま一気にゴールだ!」
テレビを目の前にしてゲームだった。
「甘いよ・・・私にはまだ奥の手があるんだから」
そう言ってひなたは自称奥の手で、自分のキャラの運転するカートの速度をマックスにした。そして、容赦なく前を走っていた川口を抜かしていく。
自分のゲームとはいえ、大人気ないことこの上ない。
でも、ゲームに熱中してないと意識してしまうのだ。さっき川口が言った一言を。
『2人きりだねー』
何ヶ月か前にキスをされそうになったことを思い出した。あれから特になにもないが、ひなたも考えなかったわけではない。
また思い出して顔が赤くなりそうになる。
「ひなた、風邪のほうは大丈夫なの?」
「え、あ、うん。大丈夫。ちょっと熱っぽいだけだから」
風邪をうつしてしまうことだけが心配だったが、マスクの力を信じるしかない。
と、そのときだ。川口がゆっくりとこちらに近づいてくるのがわかった。
「わっ・・・待って!」
意識していただけに、ひなたの行動は早かった。と言っても、体を縮めることしかできなかったが。
気がつくと、川口の手が額に触れていた。
「・・・・・・熱あるのかみようとしただけだよ」
「あ・・・そっか」
「ひなたー、キスされると思ったんでしょー?」
ははーんと得意げな顔でそんなことを言われ、図星だったひなたは挙動不審になる。とても恥ずかしかった。
「いくら俺でも風邪で弱ってる人間を襲うようなことはしないよ」
苦笑しながら川口はぽんぽんとひなたの頭をなでる。
「でもじきに襲っちゃうかも。今だって彼女の家にいると思うだけでどっきどき」
「女子の部屋に入るのは初めてじゃないでしょ?」
「有奈んちに昔はよく行ったけど、別に緊張とかそういうのじゃないしなぁ・・・」
そういえば、ここに入ってくるとき、川口が最初に会ったのは母だ。きっととても緊張しただろう。
「ねぇ、ひなたの部屋、もっかい行ってもいい?」
川口の申し出に、ひなたはいいよと答えて2階へと向かった。
◇
「やっぱダメ!」
部屋を目の前にして、ひなたは入ろうとしている川口を制止する。
「えっなんで?いいって言ったじゃん」
「ダメだよ・・・部屋汚いし、それに風邪菌が充満してるから・・・!」
とか言ってる傍から川口は勝手に部屋を開けてしまう。ひなたはもっと部屋を綺麗にしておくべきだったと後悔した。
「ひなたの匂いがする」
「どんな匂いよ」
「俺の好きな匂い」
さらりと言われて、ひなたは返す言葉がなかった。
川口は辺りをきょろきょろと見渡してから、何を思ったのかごそごそと持っていた青い袋から何かを取り出す。
「―――?」
ひなたが見ていると、川口はたんすの上に小さな花束を置いた。
「これ――」
「お見舞いには花かなって思ったんだけど・・・果物とかでもよかったね」
照れくさそうに川口は言う。普段こっぱずかしいことを平気で言うくせに、こういうことは恥ずかしいらしい。
「なんつーか・・・俺ジェントルマン!?」
「うん。ジェントルマン、ジェントルマン」
「なんかすげー淡白な言い方じゃね?」
「気のせいだよ」
ひなたは内心の気持ちを悟られないように極力平静を装う。昔は感情が表に出なかったのに、川口とつきあってからおかしい。すぐに顔が赤くなってしまう。
「わっほーい!」
ひなたがいろいろと考えている間に、川口はベッドにダイブする。緊張してるとか言っていたくせに。
「明日大丈夫そう?」
いきなり心配そうな顔で聞かれてひなたはきょとんとした。
「うん。スクワットはやだしね」
「ほんとは『川口君と一緒にクリスマス過ごしたいから』って思ってたり?」
「しないなー」
いつのまにかひなたは熱っぽく感じていたのを忘れていた。
いつのかにかだいぶ時間が経過していた。
いつのまにか川口をこんなに好きになっていたらしい。
◇
いいと断られたのだが、ひなたは行くと言い張って、近所のバス停まで来ている。川口を送るためだ。
「ひなた」
名前を呼ばれて振り返る。
「大学に合格したらさ、俺んちおいでよ」
「うん、じゃ行く」
ここまでなら普通の会話なのだが、
「何年後になるかな」
ぼそっとひなたが呟くと、一気にそこの温度が下がったように感じられた。
「そんなこと言うなよ〜・・・」
明日はクリスマスイブ―――
クリスマスとイブをごっちゃにして使っています。
深い意味はないのであまり気にしないでください;