第20回 決意
高島玲の突然の訪問の翌日、その日はあいにくの曇り空だった。午後から雨が降るかもしれない。
「傘持ってこればよかったなぁ・・・」
ひなたは折りたたみ傘も持っていないことを後悔していると、いつものように駅の改札の前で待っていてくれる川口の姿が目に入った。
昨日、高島と話し、あるお願い事をされた。
『今日俺と話してたことは諒には内緒ね。それと、君の進路のことあいつに話してみてほしいんだ』
どういう意味なのかわからない。ひなたは自分の進路のことを話すことに抵抗があったが、川口自身避けているような気もする。
それから、川口の成績と称号についても高島に聞いた。
川口は学年で1位2位を争うほどの成績優秀者で、学業特待生という名目で称号をもらったのだという。よく考えればわかることなのだが、なぜかそれを知る者は少ないように思われる。
ちなみに、争っている相手は有奈だとか。
「ひなた、どうかした?」
はっとして我に返ると、不思議そうな顔で川口が見てくる。話している最中に別のことを考えていたらしい。ひなたは慌てて首を振る。
「ちょっと寝不足でさ」
「もしかして夜な夜な勉強でもしてんのかよー」
夜な夜なって・・・ちょっと言葉が変じゃないだろうか。
それにしても、川口のほうから勉強の話が出てくるのは意外だった。いつも話していても、この手の話題にだけはならなかったのに。
「そっちはどうなの?はかどってる?」
「・・・・・・ひなたはどこの大学にするの?」
質問を質問で返されてひなたは戸惑う。ついにこの質問がされるときがきたか・・・・・
「慶明・・・・・」
ぼそっと呟くと、すぐに「えっ?」と驚きの声が返ってくる。ひなたは気まずくなって目線をそらす。
「む・・・無理だってわかってるよ!」
「ひなた!?」
逆ギレだとはわかっている。そんなひなたをおろおろと川口がなだめようとしていた。
「だけど、川口君が頑張るんなら、私も頑張ろうと思ったの!以上!」
丁度高校の正門前に来ていたので、何か言われる前にダッシュで入っていく。高島に進路の話をしてほしいと頼まれたが、一方的に言って逃げるという結果になった。
◇
放課後、予想通り雨が降った。いつもは歩いて駅まで行くのだが、お金がもったいなかったが今日はバスを使って帰ることにした。
人通りのあまりない場所にバス停がある。ひなたはそこにある長イスに座って10分後のバスを待った。
傘持ってくればよかったな・・・・・胸中でぼやく。
そのとき、誰かの足音が聞こえた。何気なくそちらを見ると、そこには折りたたみ傘と思われる黒い傘を持った川口の姿があった。
「・・・川口君」
「なんとなくここかなって・・・ひなた、帰りバスかもしんないって朝言ってたから」
にこにこと笑って隣に座る川口。朝そんなことを話した覚えがなかった。別のことを考えながらそんな器用に会話していたらしい。
なんとなく気まずい空気が流れる。雨音がやたら大きく感じられた。しかし、
「ひなた!!」
「はいっ!」
突然大声で名前を呼ばれてびくっとする。見ると川口が真剣な表情でこっちを見ている。
「俺・・・俺も慶明目指すよ!!」
「え、あ・・うん」
そうだと思っていたひなたはなんだか拍子抜けした。しかし、彼にとってこれは一大決心だったらしい。
少しだけ寂しそうな表情で川口はそれを語った。
「10年以上前の話なんだけど・・・俺の目の前で女の人が倒れたんだ。その人妊娠しててさ、母子共に危ないって言われながらも産むって決めてたんだ。周囲からはだいぶ反対されてたみたいで・・・・・だから倒れたとき、助けを呼ぼうとした俺の手を必死につかんで、呼ばないでって言って離さなかった」
子供をとられたくなかったから・・・と川口は続けた。
「俺は動くことができなかった。そのうち、その人の力が弱まってきたから助けを呼びに行った・・・・・・手遅れだった。その人も・・・お腹の赤ちゃんも」
ひなたは息を飲む。今まで知らなかった川口を知ってしまった。
「周囲は俺のせいじゃないって言ったけど、今でもどうすればよかったのかわからない。怖くなったんだ。命っていうものに対して・・・・・・」
そのとき川口がこちらを見る。
「だけど、ひなたが頑張るって言うんなら、俺も頑張る・・・・・やっぱり医者になりたいっていう気持ちに嘘はつけないからさ」
「わ・・私、そんな理由・・・・たいしたことない理由だよ・・・・・」
「わかってる。俺と一緒にいたいんでしょ?」
驚いて何も言えずにいると、ようやく川口が苦笑した。
「超嬉しいな!」
「ちが・・・別にそういうわけじゃ・・・!」
じりじりと川口が近づいてくる。
「まぁまぁ。そんな力いっぱい照れなくてもいいじゃないかい」
少しずつ隅に追いやられるひなた。
長イスの背もたれに左手をつき、川口は右手でひなたの頬を押さえる。そして、ゆっくりと顔を傾けて近づいてきて――・・・・
プップー
お約束。そこにはバスが到着していた。よく見ると運転手のおじさんが困ったように笑っている。他に乗客もいるようで、一瞬で恥ずかしくなった。
「あとちょっとだったのにー・・・・・!」
そう嘆く川口を置いて、ひなたは真っ赤になった顔を押さえてバスに乗った。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
唐突ですが、作者の体調があまりよくないために
しばらく更新を控えさせていただきます。
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。