第18回 見知らぬ訪問者2
屋上には何人かの生徒がいた。川口は構うことなくひなたの腕を引っ張るので、さすがに恥ずかしくなって手を振りほどいた。
「痛いよ!」
「あ・・ごめん!」
その表情がすごく申し訳なさそうで驚いた。さっきはあんなに不機嫌そうだったのに、ギャップが激しい。
「さっきの人、知り合いなの?」
試しに訊ねてみると、苦笑いをしながら川口は頷いた。
「昔から知ってる・・・・慶明大の准教授なんだ」
「え・・・教授!?」
一体いくつなんだろう。外見から大学生だと勘違いしたぐらいだ。年齢サギではないが立派に犯罪なような気もする。
「よかったの?なんか用があったみたいだけど・・・」
「いいんだよ。あいつと関わるとろくなことがないんだから。昔っからほんとにもー・・・・・」
その昔とやらを思い出しているのか、川口の表情が苦渋のものに変わる。よっぽどひどい何かあったのだろうか。
そのとき、ひなたはさっき入浴シーンの写真を見せてもらったことを思い出した。あの玲とかいう人が川口を探しているのなら、あの写真の男の子は彼だということになる。
言うべきか迷ったがそのことを言うと、
「やばい!ごめん、ちょっと行ってくる!」
川口は一目散に駆け出していった。
◇
川口が方々を探し回って食堂にたどり着いたときには、そこに人だかりができていた。その中央にいた高島は、
「―――実はこの右側の男の子は・・・」
「ちょっと待ったぁぁぁ!!」
写真を見せびらかしている高島玲に飛びつき、川口は写真をもぎ取る。慌ててそれを見るとそこには――
「あれ・・?入浴じゃない!」
その写真は川口が幼稚園の入園式のときに、自分の母と一緒に撮ったものだ。
「ああ、それなら・・・」
ごそごそとポケットを探る高島の腕をがしっとつかみ、川口は強引に引きずっていく。後で例の写真を取り上げなきゃと思いながら。
「にしても、どういう風の吹き回しだよ。わざわざここまで来て」
ようやく人気のない空き教室まで連れてくると、川口は口を開いた。高島の本来の目的を訊ねるために。
「だから言ってるだろ。お前の彼女を見に来たんだって」
「ほんとのこと言えよ!」
「や、マジだから。有奈の気持ちにも気づかなかったお前の好きになる人ってどんなだよって感じで」
川口は意味がわからなくて首を傾げる。有奈の気持ちってなんだ?
「諒は有奈とつきあうと思ってたけど」
「そんなわけないだろ」
「わかってねーなぁ」
川口の言葉に、盛大なため息をつく高島。その態度に川口はますます混乱する。
「まぁいいや。彼女とはいつ出会った?めっちゃかわいい子だな」
「それよりここに来た目的を言えっての。俺だって暇じゃないんだからね。もう行くよ」
「わかったって。じゃ、単刀直入に訊くけど、お前進路どうするつもりだ」
なんとなくそんな気はしていた。川口に進路の話をするとき、メールだとシカトされ、電話だと一方的に切られ、家の前で待ち伏せされれば帰ってこないという現実を繰り返されたため、とうとう学校に押しかけるといった強硬手段を高島は取ったのだ。
面と向かって話されれば、簡単に逃げることはできない。
「お前、称号もらってんだろ?学費払わなくていいんだから、それ相応のことはしろよ」
素直に頷けない。まだわからない。
生徒会のメンバーは、安藤を除いた3人が、成績優良者として称号をもらった。もらえると学費や入学金を払わなくて済むという利点があるのだが、この話をされることは川口にとって苦手なものだった。
「頭いい」「すごい」と言われるのは嬉しい。だけど、それ以上突っ込まれたくなかった。きっと進路の話になってしまうから。
「・・・・・ちゃんと考えてるよ」
それだけ言うと、川口は高島に背を向ける。「まだ話は終わってない」と後ろから聞こえたような気もしたが、無視して屋上へと向かっていく。
そろそろ答えを出さなければならない――・・・・・・
◇
その頃、ひなたは屋上にいた。川口を待っていたのだが、教室から持ってきた大学受験のパンフレットを手に取る。
最近考えるようになったこと。大学受験。ひなたの志望校は―――
「ひなた?」
突然の声に驚いて振り返ると、そこには彩香の姿があった。いつのまにいたのか、しげしげとひなたの手もとを見ている。慌てて隠したが、時すでに遅し。
「慶明大受けるの?」
なんとなく恥ずかしくなって俯く。慶明大は難関大学として全国でも有名だから、きっと無理だと思われるだろう。
「・・・いいなって思ってるだけだけどね」
「そんなことないよ。へー・・・ひなたが受けるんだったら私も目指しちゃおうかな」
「ほんと!?」
心強い見方ができるかもしれないことで、ひなたは嬉しくなった。なんていったって、彩香の成績は上位だ。一緒に勉強できるかもしれない。
「でもさ、なんでここにしたの?」
彩香の素朴な質問に、ひなたは曖昧に笑ってごまかす。
まさか川口と一緒の大学に行きたいからなんて言えるわけがなかった。