第16回 変化
朝の混雑した電車を降りてから改札口へと向かう。いつもの行動なのに、今日はなんだか緊張していた。だって今は・・・・・
「浅月さん!」
ひなたを待っている人がいるから。
2人がつきあいだしてから数日が経過した。その間に変わったことはいろいろとあるが、まず一緒に登校するようになった。
この光景はひなたたちにとっては進歩したのだが、周囲から見ると特別なことではないらしい。一緒にいても何か言われることはなかった。
それから、お昼ごはんも一緒に食べるようになった。食べる場所は屋上でもなく、食堂でもなく、第2校舎の非常階段という人が誰も来ない場所だったが、そういう静かな所での食事のほうがひなたは好きだった。
と言っても、別に川口の分の弁当を作ってきているわけではないのだが。
「浅月さん」
「はい」
「っていつも呼んでるけど、これからは呼び捨てにしちゃだめかな?」
ひなたは深く考えることなく頷く。
「いいよ。浅月で」
「じゃなくて・・・」
何かが違うらしい。ひなたが困惑していると、川口が言いにくそうにもごもごと口ごもっている。いつもは言いたい放題なのに何を言おうとしているのだろうか。
「ひなたって呼んでいい?」
ああ、そういう意味かとひなたは納得する。
「だめかな!?」
「え、いいけど・・・」
「よっしゃ!ひなた!」
屈託なく笑う川口に対して、ひなたは顔が赤くなるのを感じた。いつか自分も川口のことを名前で呼ぶときが来るのかもしれないと考えるとなんだか気恥ずかしくなってくる。だけど、悪い気はしない。
いつのまにかずいぶんと川口のことを好きになってしまったらしい。
◇
この2人がつきあいだしたことにより、周囲の驚きはすごかった。
いつもからかっていた仲のいい男子が「ありえねー」とぼやいていると、「すげーだろー」とか言いながら川口が得意満面な顔をする。どうやらいつもからかわれていたのに、初めて自分が優勢になったことで喜びが大きいのだろう。
生徒会の面々は、「やっとくっついたのか」という反応だった。いつ2人がくっつくのか彼らで賭けていたらしく、勝ったのは有奈だそうだ。
ひなたは有奈の言っていたことを思い出したが、結局真相はわからなかった。
彩香もおめでとうと言ってくれたが、それよりもひなた自身の変化に驚いていた。
「どういう意味?」
「だからさ、ひなた最近明るくなったような気がする。いや、別に前が暗いって言ってるわけじゃないよ?川口君と関わるようになってからそう思うようになったっていうか・・・・」
そうなのだろうか。だとしたらちょっと嬉しい。
そういえば、川口と喋っていると、会話を楽しいと思うようになっていた。前は苦手だったのに、たぶん彼が話し上手聞き上手なのだろう。自然とできる会話が心地よかった。
クラスは違うが、川口と話すことができる登校の時間と、昼休みの時間はひなたにとって楽しみになっていた。
「えっ?進路?」
話の流れでそんなところに行き着くと、川口は驚いたように目を見開いた。むしろひなたはそんな反応をされるとは思わなかったので逆に驚いた。
「うん。川口君はどこの大学に行くのかなって」
「うーん・・・実はまだ未定なんだよね」
季節は秋になろうとしている。この時期いまだに進路を未定としていることにますます驚かされた。そういえば、川口の成績について何も知らなかった。彼は頭がいいのだろうか。
「一応目星はあるんだけどね・・・」
「どこ?」
「・・・・・慶明大、とか」
県内のトップとも言える大学の名前を言われて驚いた。まさかそんなに偏差値の高い大学だとは思わなかったのだ。
ひなたは純粋に感心したが、川口はばつの悪そうな顔になる。
「俺の親が医者でさ」
「へ?」
「最初はその関係で目指してるって思われるのが嫌だったんだけど・・・・・やっぱ医者は俺の夢だし・・・慶明大には医学部があって」
「すごい・・・そこまで考えてるなんて思わなかった」
「でも」
ひなたの言葉を遮るように川口は喋りだす。
「まだわかんない」
そのときの川口の表情が気になった。何をそんなに悩むのかはわからなかったが、本人が言いたくなさそうだったのでこれ以上追究するのをやめておく。いつか話してくれるときを待つことにした。