第12回 お祭り1
ひなたは朝から妙に緊張していた。
服装は変じゃないだろうか。髪の毛ははねてないだろうか。鏡の前で何度確認しても不安になる。
今日は川口とデートの日だ。
約束の時間より少し早めに来たが、すぐに川口も現れた。バイクに乗ったまま集合場所のショッピングセンターの前に停まる。
「浅月さん!おはよ!」
ヘルメットを脱ぎ、にこにこと挨拶をしてくる川口。ひなたも挨拶を返そうとしたが、なぜか声が掠れて上手く出なかった。
ちなみに時刻は午後3時。おはようと言うよりむしろこんにちはの時間である。
集合したショッピングセンターはいつもより人が多いように思えた。今日はお祭りが行われるためか、それまでここで時間をつぶす人がいるのかもしれない。
「いや〜よかった!もしかしたら自分に都合のいい夢でも見てるんじゃないかって昨日まで本気で思ってたもん」
「・・・夢かもね」
「待って!それは困る!俺どんだけこの日を楽しみにしていたことか!」
午前中に補講があったため、必然的に午後に待ち合わせになる。午前中に会ったときも夢だったらどうしようかとぼやいていたのを思い出した。
だけど、それはひなただって同じだった。
もし当日になって突然行けなくなったと川口に言われたら、それなりにショックを受けるだろう。
「じゃぁ・・行こっか!」
ヘルメットを渡され、ひなたは頷いた。
ふと、こないだの合コンのときのことを思い出す。あのときのことを川口は何も言ってこない。
それが逆に気になってしまう。
◇
祭りは南勢高校の近所の臨海公園で行われる。そこで花火も打ち上げられるらしい。
時間にはまだ早かったが、すでにたくさんの人が訪れていた。きっとみんな花火を待っているのだろう。中には席を取っている者もいた。
多くの出店も出ている。
「すごい・・・人が多いね」
率直な感想を言うと、なぜか川口は嬉しそうな顔をした。
「浅月さん、ここ来るの初めて?」
「うん。地元のお祭りにしか行ったことないかも」
「そっかぁ・・・俺は小さい頃から来てたんだ。射的やるために」
「射的?」
きょとんとして聞き返すと、にこにこと笑って川口は頷く。目指す先には射的がある。
「上手いの?」
「いや・・・いっつも有奈に負けてたし」
その言葉にどきっとしてしまった。この口ぶりからすると、いつもは生徒会長とお祭りに来ていたのだろう。
どういう関係なんだろうか。川口にとって有奈は特別であるようにひなたからは見える。
「俺やってもいい?浅月さん、なんか欲しいもんある?」
そう言われて、はっとしてひなたは我に返る。なんだかおかしい。普段はこんなことを考えないのに。
改めて的となる景品を見る。ひなたはその中でパンダのぬいぐるみを見つけた。
「左から2番目の・・・パンダ」
「オッケー。まかしとけ!」
そう言うと、おじさんにお金を渡して玩具銃を受け取る。ひなたはその横顔を眺めてから、的を見つめた。パンダを見ていたが・・・・・
「あれっ?」
なぜか弾はパンダとは真逆の方向に当たった。
「パンダだよ?」
確認するように言うと、川口は「あははー」と笑ってもう1度構える。ぱこーんと撃たれた弾は今度はパンダとは違う場所にあった巨大なゴリラのぬいぐるみに当たった。
「おおっ!当たりだよ!」
おじさんが大げさなくらい大声で言う。しかし、川口は喜ばなかった。
「おっかしーなぁ・・・俺はちゃんとパンダ狙ったつもりなのに・・・」
なぜ右から3番目にあるゴリラに当たったのか不思議でしょうがないという様子だ。君には射的の腕はないとひなたは言いかけたが、なんとなく面倒なことになりそうなので呑みこむ。
◇
結局、パンダに当てることができなかった。
「ごめん・・・・・」
「別にいいよ。ゴリラだってかわいいし」
なぐさめるつもりで言ったわけではないのだが、川口は普段と比べてもかなりローテンションになってしまっている。その背中にはゴリラがいる。
いつのまにか人口密度がさらに高くなってきている。川口とはぐれないようにしなきゃと思って彼を見上げると、さっきまで落ちこんでいた川口は何かに気づいたらしい。ある一点を見つめて固まっていた。
「ぐっちゃん!」
その声に、川口の顔がほころぶ。
「久しぶりだなー、ケンタロー!」
「ああ。中学以来か?や、同窓会で会ったか。でも全然変わんねぇなー」
どうやら中学のときの同級生らしい。言葉の内容から南勢高校の生徒ではないことがわかる。
「そういや、今年は林さん一緒じゃないのか?ゴリラとデート?」
ケンタローと呼ばれた男は不思議そうに訊ねてくる。川口は苦笑しながら答える。
「うん。特にそういう話出なかったし」
「珍しいな。お前らずっと一緒だったのに」
少しだけ動揺するのをひなたは感じた。
なんだか季節が全然違いますね…;;