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イベント当日…
こんなにユーザーいたのかと思うほど
広いクラブ空間をアバターが埋め尽くしていた。
1000人?いや、外に溢れている人数を足したら3000人はいるかもしれない。
仮想世界のクラブは、ただの交流の場所ではなく、ある種のエンターテイメントを見に来る感覚で参加することができる。
音楽とCGが上手く融合し未来的な空間を演出している。
曲に合わせて空間自体を変える事ができ、
常夏のビーチや、NYタイムズスクエア
にダンスフロアをスリップさせて
音だけじゃなく、視覚的にも参加者を楽しませている。
参加者はそれぞれ自作のコスチュームや、
乗り物、
時折ペット…?!
(まぁ、いわゆる現実じゃ絶対に存在しない地球外生物の類い)
を連れ立って
自由に自己表現が出来る場所としても活用している。
オレと言えば…
黒のTシャツ、黒のパンツ。
ファッションセンスはあいにく持ち合わせていないので、無難な組み合わせをいつも多用している。
もちろん現実世界でも同様。
センスがない奴は考えるだけ時間の無駄だと、シャレオツな友達を見て学んだ。
憧れは有るけど…清々しい敗北ですよ!
いくら考えてもムリ。
そして無難最強説の提唱者の仲間入りを果たした次第で有ります。まる。
はたまたダンスで自己表現出来る訳もなく、
程なくして人混みのフロアを離れ
隅に有るカウンターに向かった。
カウンターには1組のカップルと、端に黒髪の着物を着た女性が座っていた。
うまい具合に間隔を空けて、自分も椅子に座ってみる。
振り返るふりをして着物の彼女を見ると、彼女もこちらを向いて確認している様子だった。
(斬新な着物だ…)
アバターは顔面の表情筋が動かないので、向こうが警戒してるのかなんなのかよく分からない。
あまりジロジロ見る事も出来ないが、もう一度見てみたい衝動に駆られて顔を向ける。
彼女も後から追いかけるように顔をこちらに向けて、完全に目が合った気がした。
(やっべぇ、何か話しかけないと…)
心臓の鼓動が早く鳴りはじめて、慌ててコメントを入れる操作が追いつかない。
「こんにちは、はじめまして」
着物の彼女から先にメッセージが来る。
「こんにちは。はじめまして。」
上手い返しも思い浮かばないし、警戒されない様にも即レスが重要と考えただのオウム返しになる。
でもお陰で彼女のアバターをシッカリと見ることができた…。
着物の柄はすごく斬新なデザインになっていて、未来の日本人形と言った感じだ。
アバターの頭上にユーザー名が出ている。
エルヴィン
「綺麗なデザインの着物ですね。」
今度はこちらからメッセージを送った。
「ありがとうございます!自分でデザインしたんです。
CGの勉強のために仮想世界を利用してます。
あなたは?」
…一瞬返事に戸惑った。
「オレはただのゲーマーです。
…人見知りなんで、割とこの手のゲームは得意ではないんですが。
一応何でも喰わず嫌いせずに挑戦するようにしてます。」
フレーズを拝借した池田に心の中で感謝する。
「もしかしてプロゲーマーさんですか?!」
「いやいや、まさか…プロでは無いです。」
「あ、すみません。」
「そちらはSEの学生さんですか?」
「ええ、そうです。
こういう場所で自分の作品を見てもらって、誰かの目に止まってくれたら良いなと思って活動しています。
…ある種就活してる感じです。」
(…年上確定だな…。)
自分が高校生な事は伏せようととっさに思う。
「自分も似たような学生です。
自分はSEとかの専門では無いですが、このゲームを通じて色々なコネクションが出来れば良いチャンスだと思っています。」
このコメントは、一応自分の中では嘘は言ってないつもりである。
色々なコネクション=恋愛
だって良いじゃないか…。!
「しかし…本当に素敵な着物ですね。」
「ありがとうございます!やる気が出ます!」
一瞬だけど、表情が無いアバターが心なしか笑った様に見えた。
しばらく会話が途絶えて、賑やかなダンスフロアに視線を預ける。
彼女と会話を続けたかったが、何か話題がないか頭をひねっている間に彼女からふとコメントが入る。
「顔がわからない相手と話すのって、
なんか不安も有れば…正直楽な所もありますよね。…急にすいません。」
少しだけコメントに重たさを感じて、
丁寧なレスを打っていく。
「いえいえ。
現実世界の自分を晒すことなく色々な方と話せるのって、気が楽だと自分も感じます。
左右されがちな周りの環境とか、容姿とか、
外的因子を全部取っ払って、
今ここにいる自分だけを見て話してくれてるのって、本当、しがらみが無くて楽ですw」
「…丁寧なコメントありがとうございます。自分と同じような考えが聞けて、なんか安心しちゃいました。」
何となく話の続きがしたくて入力を続けた。
「やっぱり現実世界で発言力がある人って、それなりに自分に自信がある人が多いと思います。
みんな何かしら劣等感を感じて言葉に詰まる事があるけれど、ここでは少しそこから解き放たれた感じがして自由になれます。
…それを逃避と言われてしまうかもですが。」
少し間を開けて返事が来る。
「この世界を多くの人が現実からの逃避の様に考えますけど、私は映画を観るのと一緒だと思っています。
少しの時間、現実とは違う瞬間を味わうというか…
映画の世界も、自分と環境が全く違うものを見てドキドキしますもんね。
色々なクリエイターが総力をあげてその映画を作っているのも、このゲームの世界と同じだと思います。映画と違うのは、話を自分で作り上げて行かなきゃいけないですね、ゲームは。
素敵じゃないですか?そういうのも。
だから私はこの世界をもっと肯定的にしていきたいと思っています。」
「激しく同意です。」
心底出てきた言葉だったので、コメントを打ちながら頷いていた。
「なんか堅苦しい話をしてすみません。」
「いえいえ。
クリエイターの意気込みを聞けた気がして素敵だと思いました。
エルヴィンさんの様なクリエイターが居ないとゲーマーも存在出来ないですからね。
是非頑張って欲しいです。」
「…こんにちは。」
別のアカウントからの割り込みが入った。
今考えると無視しても良かったけど、そのアカに挨拶の返事をしている間に彼女との交信は途絶えた。
彼女も別の人に話しかけられている様子だった。
その後何人かの人と交流をした。
明け方、カップ麺を喰らって少しだけ寝た。




