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「石川結衣さんだよね。ちょっと良いかな?」




細身のスーツを着た、見た目は悪くない真面目そうなおじ様である。



「…はい。何でしょうか?」




「佐伯晃一って言います。」




そう言って首にぶら下がっていた名札を見せてくれる。



「は…は…はじめまして。」



人見知りが発動してしどろもどろになる。

教授と話すのは、知ってる人でも緊張するのだ。





「…なんか、気付いた事ある?」




「へ?」



「嫌…だから、名前見て誰だかわかる?」



「…は?」



「晃一の晃の字!他に何て読む?!」



教授は首のネームプレートを指差して私の前に見せる。



…晃…晃…晃



しばらく悩んでハッと気がついて答える。




「あきら…?へ?あきら…って…

アキラさん?!」



ビックリして声のトーンが高くなる。


廊下を歩いていた学生が何人か振り返った。





「ちょっと声が大きい!!

こっち来て!!」



そう言ってまだ誰も来てない教授の研究室へ行った。



入口のドアが閉まると同時に問い詰めるようにこちらから口を開いた。




「私が誰だか分かるんですか?」




「え?エルちゃんでしょ?」



「なんで分かるの?」



「だって、あなた自分でここの大学生だって言ってたじゃない。

散々自分の事話してたの覚えてないの?

おかまだと思って色々油断して話したでしょ。若わね〜。

それとさ、自分のアバターがどことなく自分に似てるの気がつかなかった?」



「えっ!そうですか…。」



「そうよ!気がつかなかったの?

まぁ、身体つきが全然違うけどね。

あんなに胸でかくないし、本当のアンタはまな板だし。」



「…。」




「私も別にあんたの事興味ないから調べる気なんてさらさら無かったのよ。

むしろ大学で自分の存在がバレないように絶対に接触するのは辞やめようって思ってたわ。」



「そうなんですか…。」



「前に言ったじゃない。自分の事ペラペラ喋るんじゃ無いって。

CGデザインの世界なんて意外と狭いんだから、近いところにも知ってる人がいるかもしれないって。

良かったね、バレたの私で。」



「は…はい。」




晃さんは机に腰掛け、腕を組んでこちらを向いた。

確かに仕草がアバターに似てる。




「それでさ、あなた急に居なくなったでしょ。」



「…はい。」



「そんなの別によくある事だから、私はどうでも良かったんだけど。

必死で探してたわよ〜、マコちゃん。

なんかこっちまで惨めになっちゃってさ。」




「…。」



「だからマコちゃんが可哀想だから、アンタが出てきたら問い詰めてやろうと思ってたの。」




「…すいません。」




「それで、病気なんだって?」




「そんな事まで知ってるんですか…?」




「当たり前じゃない!私教授だよ!

教務課行って休学届け見せてもらったわよ。」



「…。」



「ガンなんだってね。」





「…マコトさんに言ったんですか?」




「言ってないわよ。来てないもん彼も。」




「っ…、そうなんですね。」





「それで…アンタ死ぬの?」




ドキッとした。

こんなにストレートに聞かれたのははじめてだ。



「いや、まだ死ぬかどうか分からないです。」




「じゃあ、聞くけど。アンタは生きたいの?」





「もちろんです!!!だから治療も頑張ってるんです!!」




「ふふ、そんなにムキにならないで。

良かったよ、生きたいって思ってて。」




「何が言いたいんですか?」


不意に怒りが湧いてきた。







「私はアウティングされて一回死んでるんだ。」




「え?アウティング?」



「そ、アウティング。知ってる?」



ブンブンと首を振る。



「みんなにバラされたの。ゲイのこと。」



何も言葉が出なかった。



「それでさ、死のうと思って飛び降りたんだけど間違って助かっちゃって…。」


ふふふっと晃さんが笑う。




「アンタさ、今、私の事可哀想って思った?」



鋭い眼差しが私を見た。



見透かされてるみたいで頷くことしか出来なかった。




「ほら、アンタも同じだよ。アンタの周りと一緒。」



何にも言葉が出ない。



「自分に向けられてる相手の感情は、アンタも同じように持ってるって事ね。

アンタ誰にも分かってもらえないし、孤独を感じてるんじゃないの?

どうして私が…どうして私だけって。」



「…。」



「別にアンタを攻めようって思って言ってるんじゃないの。

気がついて欲しいのよ。周りのことにも。

未来のことにも。」



「未来…?」



「そ、未来。

アンタにも私にも未来が来るのよ。」



未来なんて夢見たら虚しくなるだけだと思ってた。




「いつか人間は死ぬ。

でもいつ死ぬかわからないの、全員。

多分アンタにも私にも明日が来る。

何もしなくても明日は来ちゃうのよ。

明日は来ないって考えて生きてるのって辛いでしょ。でも辛くても自分は変えられない。私のジェンダーもアンタのガンも変えられない。

だったら自分という人間でどうやって楽しむか考えたほうがいいわよ。」



未来…。



「私は一回死んでみた。

そしたらさ、わずかでも悲しむ人や心配してくれる人が居るのよ。

私も大事な人がそうしたら同じ様に思うわ。

あなたもそうよね。

その人が傷ついて悲しむ姿を見て、こんな事して誰が得すんのって思ったわ。

誰得よ。

それで辞めたの。

暗く生きるの。」


ゆっくりと話が続く。


「別に誰がどう思っても私は私。

誰かが変だと言っても私は変えられない。

落ち込むし辛いけど、明日は来る。

だから今を楽しむの。

別にみんなにカミングアウトしろって事じゃなくてね、必要な人に言ってみる。

引かれたらもうそれはしょうがない。

でも言わないと私なんか誰とも付き合えない。引いたら諦めればいいのよ。

引かれた後の行動が重要なの。

私がゲイなのは別に悪い事じゃないし、時には犯罪者みたいな白い目で見られるけど、そんなの気にしてたら何もできなくなる。

あなたもこのままだと何も出来なくなるわよ。」





「…そんなの嫌です。」





「強くなりなさい。勇気を持つの。」




「…はい。」



「じゃあ話は終わり!

はい行って行って!なんか怪しまれたら嫌だから、早く出てって!」



「え…晃さん、私どうすれば…。」



「そんなの自分で考えなさいよ。知らないわよ。」



「えー!そんなぁ。」



「もー、しょうがないわね!相談に乗るくらいならしてやるわよ。でも大学では勘弁だからね!もう早く出てって!」



グイグイと出口に追いやられる。



「あとさ、あっちにもうマコちゃん来てないから向こうで会えると思ったら大間違いだからね!手遅れよ!じゃぁね!!」




バタンッ。とドアを閉められてしまう。




もぉ、励まされたんだか、落とされたんだか分からなくて心の中はぐちゃぐちゃだ〜



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