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「じゃあゆっくり点滴を流していきます。気分が悪くなったら呼んでくださいね。」
今日から抗がん剤治療が始まる。
昨日の夜はお母さんが泣きながら私の部屋に入ってきて、そして2人で泣いた。
「我慢しなくて良いよ、我慢しなくて良い。
お母さんがずっと側に居るから。
辛いのも全部お母さんに言ってね。
結衣が少しでも楽になるようにお母さんが絶対に守ってあげるから。心配しないで。
一緒に頑張ろう。」
そう言って私が泣き止むまで背中をさすってくれた。
お父さんが帰ってきて、私の頭を撫でる。
「結衣もお母さんも全部父さんが守るから、心配しないで。」
そう言って台所に立ち、買ってきたお惣菜を慣れない手つきで食卓に並べて、暖かいインスタント味噌汁を作ってくれた。
食欲は無かったけど、悪いから一旦は食卓に付き惣菜を見ると
唐揚げやトンカツ、焼き鳥、ハンバーグ
もたれる物ばかりでむしろ笑えた。
そして小さい時以来で恥ずかしかったけど、お母さんが寝るまで側に居てくれた。
その時少しだけ彼の事を話した。
「…お母さん…
私好きな人に怖くて病気の事言えないんだ。」
「うん、それは辛いね。」
「…だからさよならした。」
「…そっか。」
「…。」
「その人はさよならした時なんて言ってたの?」
「何も言えない、…私が逃げたから。」
「そっか。」
「…。」
「結衣はまたその人に会いたいの?」
「会いたいけど…迷惑かけたく無いから…。」
「迷惑?」
「うん、病気で。」
「そっか迷惑か…。
お母さん達にも迷惑かけて申し訳ないと思ってる?」
「…たまに。」
「結衣にそんな思いをさせてお母さんこそ申し訳ないと思ってるよ。
そして家族だから、大変な時は精一杯助けようと思う。
それはもしお父さんが病気になっても同じだよ。
苦しい時も一緒に居る、助け合う。それが家族だから迷惑なんて思ってない。」
「うん。ありがと。」
「ね、心配しないで。」
「…お母さんはお父さんと家族になってそう思ったの?
それとも最初からそう思ってたの?」
「うーん…最初からかな。お父さんとならどんな苦しい事が起きても、一緒に頑張れるって、乗り越えられるって思ったんだ。
一緒に過ごしていると面白いほど同じ価値観だって分かったし、やさしく出来る気持ちとか、人を思いやる事とか、自分と同じタイミングで、同じ様に考えられる人だったの。この人なら同じ思いで、同じ景色を見て過ごしていけるって。
そうして結婚したの。」
「そうなんだ…。」
「きっと結衣もそういう人に出会えると思うよ。
ありのままの自分を見てもらうのは少しだけ勇気が必要だけど、それをしっかり受け止めてくれる人が居ると思う。」
「そうだといいなぁ…」
「うん。きっと大丈夫。
少なくともお母さんとお父さんはありのままの結衣が大好きだよ。世界で一番大切だよ。」
「ありがとう…。」
病院に居る現実に引き戻されて急に吐き気が襲ってくる。
「結衣ちゃん大丈夫??」
いつもの看護師さんが駆け寄って来てくれた。
「すいません…大丈夫です。」
「点滴の速度もう少し落とすから…、辛くなったら言ってね。」
静かに頷いてまた眼をつぶる。
音だけイヤホンで聞いていたベットサイドのテレビの番組でesportsの特集がやっている。
閉じていた眼をパッと開けて画面に集中する。
集中して番組を見ると少しだけ気持ち悪さが遠のく。
出演していたのは日本代表として世界大会に出場する男子高校生だった。
意気込みを聞かれる。
「池田くんは今回の大会で優勝狙ってると思うけど、ズバリ意気込みを聞かせてくれるかな?」
「そうですね。自分も始めて日本代表として今回の大会に出場するんですが、今まで個人で参加していた大会の成績は負けなしなんで、本番に強い所を生かして絶対勝利を手にしたいと思います。」
「来年はオリンピックも有るし、意識してる部分は有りますか?」
「前回大会ではチームジャパンが惜しくも銅メダルだったんで、今回の大会で優勝してオリンピックに向けての弾みにしたいと思います。自分も若手代表で電脳先進国の名に恥じないよう頑張ってきます。」
点滴を確認しに来た看護師さんが私の顔を見たあとに、テレビを覗く。
「結衣ちゃんもゲーム好きなんだよね?
この人知ってる?」
「…うーん、esports方面は全くわからないです。
私がやってるのはどちらかと言うとゲームを作る側の方かなぁ。」
「そうなんだ。でもすごいよねぇ。私なんかが子供の頃は、ゲームがまさかオリンピックの種目になるとは思ってもみなかった時代だから。
自分の歳を感じるわ〜…。」
「ははは…。」苦笑いをする。
「結衣ちゃんはゲームの世界に関わっていきたいの?」
「はい、出来れば。…病気が治ればですけど。」
「ん?」
看護師さんがじっと私の顔を見る。
「あ…………………。やっぱり治らないと出来ないじゃないですか?」
何か弱音を吐いた気がして自分が後ろめたく感じてしまう。
少し間を開けて、看護師さんが私の前にしゃがみこみ、しっかりと私の目を見てはなした。
「もし結衣ちゃんが今やりたいことがあって我慢しているなら、それはやるべきかなって私は思う。
きっと身体が辛くて出来ないってこともあるかもだけど、もし出来るならやったって良いんじゃないかな?
病気のせいでやりたいことを諦めてしまうのは勿体無いよ。
病気でもやりたいことをやって良いんだよ。
むしろ病気だからこそ、やりたいことをやる!ってもっと貪欲になって良いんだよ。」
「は…はい!」
看護師さんの圧に飲まれて返事をした。
「結衣ちゃんみたいな病気の先輩たちいっぱい見てきたけど、図太い人沢山いてさ!
あ、図太いっていうと怒られるか!!」
看護師さんが舌を出して笑う。
「でもさ…。
命にしっかり向き合って、生きるって
もっと図太くて良いんじゃないかな。」
「そっか…そうですね。」
私の返事を聞いて、看護師さんは優しくて大きい笑顔を見せ去って行った。
「池田くんのこれまでのゲーム人生を振り返って感じることは何ですか?」
「えー。そうですねー。
やっぱり食わず嫌いしないで新しいゲームにチャレンジして、自分の中でそれを消化していくことですかね!それが色んな意味で良い影響になってます。」
このフレーズに耳を奪われ、
マジマジとテレビに映る高校生の顔を見た。




