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〜結衣のこと〜
◇
はじめて癌の告知を受けたのは今から1年くらい前だったと思う。
ちょうど大学に入学してすぐに癌が見つかった。
その後しばらく休学したので、この1年間は数えるほどしか大学に行ってない。
病気の事を話したのは友人でも本当に親しい人だけ。
その頃彼氏と呼べる存在も居たけど、
お互いに自分のことが精一杯になり自然消滅した。
告知を受けてやはりショックはショックだったけど、まだ何が何だか分からずにいて、親や友人に励まされるから自分でも
「絶対に治す」って意気込んで辛い治療も乗り越えられた気がする。
病院に入院して辛い治療を受けていると全身がボロボロになってしまい、辛くて生きてる意味がよく分からなくなった時もあった。
もちろん髪の毛も眉毛も抜けて、女性でいる事が辛かった。
退院してからは休み休み家事を手伝った。
母がいつも一緒に居てくれた。
励ましてくれたり、一緒に泣いてくれたり、本当にありがたかった。
時には母親や友達と気晴らしに出かけたけれど、やっぱり身体が疲れやすくて、一緒に来てくれた相手に迷惑かけて申し訳なくて…
出かける頻度も少なくなっていた。
そんな時、父が最新のVRを私にプレゼントしてくれた。
そこから私の世界が広がった。
仮想世界シリーズは出掛けられない私に本当にぴったりで、
動けない身体でももう1人の自分がどこにでも自由に行ってくれる気がして良かった。
そんな私も初めて聞いた時は怪しくて、
人見知りなのにこんな不特定多数と会話するのは無理っと思ってた。
でもこの世界の人達は本当に親切で、
分からないことを聞くと直ぐに誰かが答えてくれる…。
仮想世界のことは勿論、大学で学びたかったCGのデザインをアドバイスしてくれる人なんかも居て、私にとっては毎日が新鮮で楽しかった。
そんな人達との繋がりが
間違いなく心の支えになっていた。
大学に通うのは先日再開したけど、
やはり現実の人たちと話すのは少し疲れる。
同情されたり、すごく気を使われたりするから…。
何も知らない人に
私が見せたい私で
気兼ねなくやりとりできる
そんな仮想世界が自由で気持ちよかった。
でも昨日の定期検診で
再発が言い渡された。
癌と告知されてから一年。まさか再発すると思わなかった。
はじめてガンと告知された時以上にショックだったかもしれない。
全身の力が抜けて、今まで味わったことのない絶望感に満たされていた。
自宅に帰り自分の部屋に入ると涙が出た。
ただただ涙だけが流れるのははじめてだった。
それから横になってじっとしてた。
リビングからは物音もしなかったので、きっとお母さんも同じように泣いていたと思う。
それでも今日は約束があって、彼に会わなければいけない。
とても気が合う大切な人だ。
仮想世界のスイッチを押す。
新作のコスチュームに身を包んだアバターを彼の元へと走らせる。
いつも以上のテンションで彼に会おうと決めていた。
もう病気で疎まれるのはウンザリだ。
この世界では病気も何も無い自分で居たい。
本当は今日の診察で何も無ければ、彼に全てを告白しようと思っていた。
病気の事も、
自分の気持ちも、
全て打ち明けて受け止めて貰えるかどうか確認したいと思っていた。
でも今の私にはそんな事が聞けるわけもなく、虚しい夢に消えてしまった。
「元気に…元気に…」
深呼吸をして自分の気持ちを落ち着かせた。
彼はすでに待ち合わせの場所に居た。
落ち込んでた反動のように元気な自分で彼に挨拶した。
このコスチュームの意味を考えると、本当は会うべきではなかったかも知れない。
でも会いたくて自分を抑えられなかった…。
そして彼から想像以上の言葉とアクションを受けた。
彼に急に抱きしめられて
とてもビックリして、心臓が飛び出そうになった。
すごく嬉しくて不意に涙が出た。
夢が叶ったと思った。
でも直ぐに夢が覚めて、また涙がこぼれた。
「私は彼を騙しているのかも知れない…」
そう思って、
ただVRの電源を切ることしか出来なかった。
暗い部屋の中、声を出して泣き崩れた。




