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タクシーの後部座席で、ミリアはリョウの腿の上に体を突っ伏したまま、くすんくすんと鼻を鳴らしている。
「痛ぇか。」
ミリアは小さく肯く。
「大丈夫だ。次の病院はお前のこと何でも知ってっとこだかんな。」それは半分は自分に向けられたものであった。もしミリアの痛みがこのまま続いてしまったら……、そんなことは考えたくもなかったが、ミリアはうちに来て以来、体調を崩すことなどなかったのである。問題なんぞないはずなのだ。
「たしかに、こちらの写真では異常は見当たりませんね。」小児科の医師は、いつぞや丹念にミリアのことを診てくれた妙齢の女性である。
「でも痛がってるんですよ。こんなに痛ぇ痛ぇ言うの、初めてなんです。」
「そうですか……。」女医は憂鬱そうに目を細めて、リョウを見詰めた。「ミリアちゃんは一見元気そうに見えても、精神的な疵を負っています。その影響かもしれませんね。」
リョウはぎくりと肩を震わせる。
「も、もう半年以上も経つんですよ。」
「心の傷というものは目に見えませんが、すぐに治る場合もあればずっと治らない場合もあります。ミリアちゃんが与えられた心の傷は非常に大きなものです。半年や数年で治るものではないと思いますし、更に言えば完治をするものとも思えません。何かのきっかけでまた心が辛くなってしまうこともあるでしょうし、それは何ともわかりません。……最近ミリアちゃんのことを叱ったり、叩いたり、そういうことをしたことはありますか?」
「とんでもねえ。」リョウは身を乗り出して小声で訴える。「そういうのは一切やってねえですよ。ほら、ダメだって先生に教えて貰ったじゃないですか、だからマジでやってねえんです。あいつ、いい子ですよ。んな怒るなんてこと必要がないんですよ、そもそも。まあ、俺自身の見たくれがヤベエってことぐれえわかってますが、でも神に誓って絶対やってねえ。マジだ。」
「では、会話をしたり、抱き締めたり、そういったスキンシップは取っていますか。」
リョウは先程とは違う意味でぎくりと肩を震わせた。
「え。」
「親子間のスキンシップです。母親に捨てられ、父親からは虐待されたミリアちゃんにとっては不可欠です。そう以前申し上げた筈です。」
「そ、そん時はよくやってた。でもミリアも大きくなってきたし……さ、最近忙しくって。」
「ご飯を一緒に食べたりは。」
「そ、それもなかなか難しくて……。」
「そうですか。」女医はきつく唇を結んだ。「……そうしますと、精神的な問題である可能性があります。普通のお子さんよりもミリアちゃんの場合、親の不在がもたらす悪影響は甚大なものとなる可能性があります。今日からできるだけ時間を取って、ミリアちゃんとスキンシップを取って貰えますか。それでも痛みが引かないようであれば、また別の方法を考えますが。とりあえず。」
リョウは自分のせいであったかと打ちのめされ、視界さえ薄闇に覆われていくのを感じた。そのために暫くは椅子に座ったまま立ち上がることもできなかったが、やがて非常に鬱屈した気分でのろのろと立ち上がると診察室を出た。待合室にはミリアが看護師に背を摩られながらじっとソファにうずくまっていた。
「ああ、終わりましたか。」何も知らない看護師が微笑む。
「撫でて貰ってたんか。」リョウは気落ちのした態で言った。
「こうしてると、楽なようですよ。」
ミリアは照れたようにリョウに微笑みかける。「なでなでして貰うとね、痛さがじんじんしないの。ちくちくはするけど……。」
「マジか。」
「うん。」
リョウは先程の女医の言葉を胸中で反芻しながらミリアを立たせると、そのまま抱き上げた。
「歩ける。」
「いいよ。背中痛ぇんだから。」
ミリアは嬉し気に口許を綻ばせた。
「じゃあ、家帰ったら撫でてやっから。」
ミリアは小さく肯いた。