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第十三話 修羅の楽園 十二 安住の煉獄


 月ごとにアンレイはより幸せそうな笑顔を見せた。

 苛烈かれつさにゆるみはなく、不埒ふらちな奇態は悪化していたが、そこにかれる客層まで獲得しはじめる。

 ほかの四強を相手に全敗し、中堅の『青鬼ルネンバ』『流れ巫女みこモニカ』『愛しのヘルガ』にまで負けた時点では『四強で最弱』とみなす声も大きくなっていた。

 しかしそれ以外の試合では上位陣が相手でも負傷が極端に少ない。

 追加試合も多いため、勝率の格づけでは三位から二位に近づいていた。

 四強『鴉のブレイロ』に再戦で勝利して以来、評価も大きく変化してくる。

 続く『赤虎タヌム』との再戦も注目されていた。


 初戦ではタヌムの勘と力押しに圧倒され、打ち合えるだけの実力は見せたが精彩は欠いた。

 異名となっていた『風神』らしい投げ技や組み技のことごとくが不発になる。

 組み技での技量ならアンレイが勝り、捕まれたら対処を知らない限り魔法じみた仕組みで体を操られるはずだった。

 しかしそもそもの手がかりをタヌムがはじき続け、組ませない。

 やがてアンレイが指を痛めた様子で、気の抜けるような降参に期待はずれの声が高まった。


 再戦では表情から違った。

 楽しそうな殺意にみなぎっていた。


「人間らしくなってきたのか、鬼神らしくなってきたのか……アンタらしい、いい顔になってきた!」


 タヌムは身震いしながら拳と盾を打ち合わせて歓迎する。


「貴方はいつも楽しそうに戦う。楽しそうに死ねそうで妬ましい」


 女巨人ヒュグテはタヌムを相手に初の敗戦を喫してからも最強とみなす客層が少なくない。

 いっぽうタヌムはヒュグテに再戦で勝つ前から『最強にしたがる客層』がついていた。

 アイシャは最終戦の客席を見回し、その明るさにとまどう。


「まあ『赤虎』様は『女巨人』様より負けの数は多いが、客や対戦相手のノリに合わせた結果がほとんどらしいからなあ?」


 言葉と裏腹に不満そうな声音へモニカが微笑してささやく。


「腕力、打たれ強さ、技巧、機転に、バケモノじみた勘の鋭さまでそろっているのに、気概まで天に選ばれた英雄さんみたいよねえ?」


「しかしあのバケモノは『訓練しない』というより『訓練できない』体質で苦労しているらしいな? はじめは天才ぶった自慢かと思ったが……医者のばあさんによれば、筋肉ばかり増えやすくて短命になる病気なんてのもあるらしい」


「私のいた神殿の司祭長様は、一度でも見た文字や数字をすべて記憶できたのだけど、忘れることができない苦痛もあるらしくて。なにも見ないように引きこもって暮らさないと、頭痛がひどかったみたい」


「虎公はケンカ好きなくせして、いつも遊び足りなそうなツラで練習を眺めてやがんだよな……似た体質だった血縁はみんな早死にしているとか」


 タヌムの祖父は『ケンカ嫌いだった弟は、体がどんどん硬く重くなって息をつまらせて死んだ』と伝えている。

 タヌムは父も怪力だったが、腕力が異常に強まるほど空腹感も病的にひどくなり、見事な巨体のまま髪が抜け落ち、腹を下し続けて餓死した。


「遊び程度につきあうだけで完全な剣闘士に近づいてしまうけど、まじめにやると『勝手に学びすぎる肉体』のせいで、まともに生きられなくなるようねえ?」


 表向きは正統派の剣闘士だったが、実際は四強の中でも特別に体質が人外じみた異端だった。

 ただ、そうは見えない快活さをいつでもふりまいている。

 そして今日は、処刑し合う場にふさわしからぬ屈託ない笑みを相手も見せていた。


「その人柄の秘密にようやく気がつけた。貴方の『手間のかからない成長』ほどつまらないものはないと思ってしまったが……その病んだような明るさも情の厚さも、その肉体にかけられた呪いを抑え操るための努力だったとは」


 タヌムは楽しそうに苦笑する。


「病んだとはなにさ? 誰でも心が死ねば、肉体も命を止めようとする。その逆もあるし、アタシはそれが人様の何倍か速いだけ。そしてこの『もろい体』を乗りこなすためには、まわりのみんなを頼るしかなかった」


「嫌だが教え乞いたい。その秘訣は?」


 タヌムが噴きだして笑い、手ぶりでは審判に試合開始の猶予を乞う。


「……だから、頼りなよ。そしてアンタはもう、それができている。手ごわくなってそうだ」


 開始直後からの殴り合い。

 体格差は大きいが、アンレイは足さばきで位置どりを支配し、牽制を嵐のようにまとわりつかせた。

 タヌムの『魔性の勘』への対処として、手数で『鋭い読み』ごとすりつぶす。

 シロウトでも見て理解できる戦術だったが、互いに浅くても当てあっているため、やはり腕力と打たれ強さの差が出るように思われた。

 タヌムは体格以上の打たれ強さでも定評がある。

 しかしアンレイは片手で男性剣闘士の四強『鉄壁ディロクス』をも殴りつぶしていた。

 一撃ずつが、見た目よりも重い。

 石棒で突かれたような深い痛みは鍛え抜かれた肉体をもい止めてしまう。


「赤虎……やはり貴方は綺麗だ。そのように生きたいとは思えないが、やはり敬愛したい!」


 タヌムも押し切られまいと大胆な攻勢はくりかえしていた。

 不意をつけても、足さばきと手数の豪雨に浅く抑えられてしまう。

 最後は蹴りだった。

 腕で受けたのに、嫌な音がして、横倒しにされていた。

 力押しに圧倒され、片腕も折られ、降参を宣言する。


「貴方を殺せなくてよかったのか、残念なのか、よくわからない」


 つぶやくアンレイの笑顔を見て、タヌムは改めてアンレイが人間らしくなってきたのか、怪物らしくなってきたのか、よくわからない。

 再戦しても勝ち目が残っているのかも、よくわからない。



 評価を上げ続けたアンレイに対し、現チャンピオン『女巨人ヒュグテ』はタヌム戦での初敗北から膝を痛めて不調を噂されていた。

 しかしアイシャはそんな観客席へケンカを売る。


「クソザコ相手に手間どったとか、ふざけてんじゃねーぞゴミカスども!? クソザコなりに必死こいたアタシに失礼だろうが!?」


 嘲笑を浴びせる観客とののしりあいながら退場する敗者は珍しい。


「ったく、ふざけやがってよ~」


 毒づきながら控え室へもどると、モニカが酒壺を手に待っていた。


「ふざけているのは貴女のほうでしょうに。そんな軽い傷で仕事を切り上げておいて」


「それも見抜けないゴミ客どもに本気の芸なんざいちいち披露してちゃ稼ぎ損だっての」


 悪びれもせずにヘラヘラと酒を流しこむ。


「そんな風に言いながら、なじるふりして同情やら親しみやらを買いまわって、まめに接客しているくせに」


「ちょろいゴミども様は使い勝手もあるから大事にしなけりゃよ~? にゃははははは!」


 そんな暴言が衛兵や医師たちから外部へ流れても、評価はさほど落ちない奇妙な世渡りをしていた。

 控え室を出るとモニカは声を低める。


「……ヒュグテさんは膝をかばっていたご様子だけど、慎重なだけよねえ?」


「来月には全快だろうな。でもまあ念のため、ご安静に……な?」


 向上心の乏しいアイシャとモニカの立場では、なるべく格上をつぶし合わせたほうが暮らしやすくなる。

 そしてどうせ勝たせるなら、タヌムやヒュグテのように深手を避けてくれる強者を手助けしたほうがいい。

 負ける結果は同じでも、手の抜きかたに差をつけていた。

 領主フマイヤには見抜かれる。


「警戒されていたとおりに膝を狙い、変化をつけるそぶりで不利な間合いにとどまった……というあたりか? 私の目では自信もないが」


 控え室を出てすぐの通路に衛兵をひきつれた『悪魔公フマイヤ』がやつれた姿を見せ、アイシャは困惑する。

 手抜きを責められているのか、見抜いたことを自慢してからかっているだけか、表情が無くて読みにくい。


「ええまあ、実力差もありすぎますので? 効率よく戦績を上げる工夫と言いますか? ……今日の表彰式はここで?」


 適当に合わせて探ったが、露骨に目をそらされた。

 立ち番や控え室まわりの待合室の設備環境を確認している。


「上位陣をつぶし合わせた後の狙いは? ……ないのか?」


 退屈そうにつぶやかれ、アイシャは返答にきゅうしながらもいらつく。


「この島のなにが欲しい? 黄金か? 兵隊か? 地位か? ……船だけでいいのか?」


 悪意や挑発ではない声音が、かえってアイシャを逆撫でした。


「そんなものが『女帝』に必要だなんて、なんの冗談ですかね『悪魔公』どの? 人の上に立つしかねー身としちゃ、求めるものなんて似かよったものですよ?」


「ふむ……私も体調は思わしくないため、見てまわれる限りをあたっているが……」


 またもフマイヤはかみあっているか怪しい言葉できりだしながら、首元と胸元の包帯を整える。


「……今の冗談は出来がよかった」


 勝手な感想を残して控え室へ入ってしまった。

 アイシャは酒壺をガシャガシャとふり、口をつけないまま顔をしかめる。


「あのクソヘンタイ野郎……領主としての良し悪しやご立派な趣味はともかく、とりあえずムカつくよな~? とにかく好きにはなれねえな~?」


「ちょいと、せっかくお声をかけていただいたなら、寝所へ忍べる手がかりくらいはねだっておきなさいな」


 モニカは追い打ちでからかいながらも、アイシャを妙な角度からあおれる悪魔公の相性に困惑していた。

 そして控え室へ入ったばかりのフマイヤはすごすごと出てくる。


「次は連絡をしておくが、普段のままの状態を見たい」


 控え室の中では医者の老婆が見習いたちを急かして片づけ中だった。


「ご自身の体調くらい気遣ってもらわねば、診立てもままなりませぬ! こんなけがれを混ぜこぜにした部屋へ踏み入るなど!」


 医局長プラクシテラは口調だけかろうじて主従の別をつけながらも、野犬を追い払うような手つきと目つきを向ける。


「というか、いつものドチ……マリネラ様はどうしたよ?」


 アイシャは口調の不敬はともかく、領主の次の視察移動のために通路はそそくさと譲った。


「ブレイロを相手にした訓練で体を痛めて休んでいる。なにかをつかみかけてきたようだが……?」


 フマイヤはアイシャをにらむ衛兵たちへ手ぶりひとつで『不問』を示して足早に、しかし引きずるような姿勢で去る。

 あせるような早口に、餓えで泣きだしそうな笑顔。

 有能であり、人望もあり、なにより勤勉な領主だった……ただ正気だけが疑わしい。側近も同じく。




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