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第十三話 修羅の楽園 六 うろんな名勝負


 アイシャは四戦目でも勝利した。

 中堅が相手で圧勝とは言えなかったが、観客の多くは「まだ余裕を残していた」と評価する。

 臆病者として知られる『青鬼ルネンバ』の双節棍にねちねちといたぶられ、アイシャは受け流し続けて一撃を返せたが、生きた心地はしなかった。

 慎重な『青鬼』はシロウト客から見れば消極的な牽制ばかりに執着していたが、実際はアイシャでも踏みこめない余裕を常に残し、たびたび受けたことを後悔させる痛打を積み重ねていた。

 アイシャは早い段階で『生かしたままの勝利』をあきらめ、じわじわと手足を削られてまでルネンバの多彩な攻め手を読みきることもあきらめ、ただ『くらってもなんとかなりそう』と直感した動きへもぐりこんだ。

 青鬼は「ほら勘がよくて器用」と薄笑いしながら胸を大きく裂かれる。

 さらに「さて……」というつぶやきも聞こえた気がして、アイシャは迷いながらも斧を捨てて飛びついた。

 倒れこんだルネンバの胸へ手を押し当て、出血を抑える。


「まだ命乞いしてないのにさ~あ」


 アイシャは一瞬だけ確認するが、ルネンバの武器もすでに捨てられていた。

 もしルネンバに戦意が残っていたら、倒れこむと同時に双節棍が首に巻きつくか、胴や喉を突かれているはずだった。

 ルネンバはもぐりこまれた時点で敗北を察していたが、双節棍を捨てるかどうかは迷っている。

 いくらアイシャが強くても、追撃を止める余裕まであるかは怪しい。

 しかし斧が先に捨てられ、その時のアイシャの目つきから『命をあずけてもよさそうだ』と感じて、武器から手が離れていた。


「手加減できなかった詫びだっての。降参しろよ?」


 ルネンバは笑ってうなずき、まだ助かる傷かはわからないが内心『おもしろいが入ったねえ?』とアイシャの器用な手際と不器用なあせりを楽しむ。



 アイシャは勝者でありながら、観客席へもどってもげんなりしていた。


「斬り合わないで遊ぶ金だけせびれねえかな~?」


 などと声に出してつぶやくと、通りかかった『黒鬼ブムバ』に小突かれる。


「兄弟ぶんが世話になったな? オレがてめえをぶっ殺しかけても見逃してやらあ。オレの片目や片腕をつぶすくらいなら、むかついてもがまんしてやらあ」


「そりゃどうも」


 とどめを避けたとはいえ、致命傷かもしれない深手を与えてなお『借り』の扱いをされるとは思わなかった。

 カタギはもちろん、賊や兵隊でも通じそうにない『剣闘奴隷の義理』だった。

 殺し合いの見世物という根本は変わっていないために形づくられる礼節だった。

 あらためて『アタシが長居して楽しめそうな場所じゃねえな』と思う。

 最古参の『青鬼』と『黒鬼』のように、どこかバケモノらしい生き様になじめた連中しか残れそうにない。


 ただ『風神アンレイ』と『流れ巫女みこモニカ』の試合で感じた『何かが足りない』直感は頭の隅にこびりついていた。

 まだこの闘技場で肝心な『何か』を見逃している。

 不自然なほど繁栄した『地獄の島』で、剣闘興行の過度な充実を支える狂気の源泉。

 最終日の最終試合はひさしぶりの『四強同士』で客席には絶叫がひしめく。


「木剣使い『女巨人ヒュグテ』対、丸盾使い『赤虎タヌム』!」


 大柄な男なみの体躯であるタヌムに対し、そのタヌムが真上に伸ばした手先ほどもある巨体。

 その黒々とした全身は太くも引き締まって厳然とそびえ立ち、無敗の威信から『武神』と讃え崇める者まで増えていた。

 装備は『標準の防具』と呼んで適切かは疑わしい寸法だったが、少なくとも厚みは同じ金属製の胴と小手、すね当てを着けている。

 武器は訓練場にもある木剣だったが、握っている手が大きいために小剣ではなく短刀のように見えた。


 刀剣の分類はおおまかに……


短刀ナイフ』(刃渡り5~15センチほど)

 細かい『手元』作業用。『隠し持つ』『投げる』にも向く。

 衣服に入れても目立たないサイズと形状。


小剣ダガー』(刃渡り15~30センチほど)

 日常生活で邪魔にならない『携帯』向きの戦闘用ナイフ。

 衣服へ入れるには目立つサイズと形状。


短剣ショートソード』(刃渡り30~60センチほど)

 戦場で敵や味方が『密接』していても振りやすい。

 屋内などの『狭所』にも適しているため、潜入や暗殺にも向く。


長剣ロングソード

 標準的な『間合』を重視した刀剣。

 長剣はさらに片手剣、両手剣、細剣レイピア大剣グレートソードなどに分類できる。


 ヒュグテは訓練用の小盾も装備していたが、やはり手の大きさのせいで手甲のように見えてしまう。

 常人であれば顔を隠せる大きさだった。

 対してタヌムの丸盾はひとまわり大きく、身をかがめれば上半身をほぼ隠せる。

 それらの装備はともかくも、両者の体格差が尋常ではない。

 しかしアイシャは『赤虎』の魔術めいた勘のよさも知っている。

 ほとんどの観客が声援や下馬評をわめき続けているが、剣闘士たちはおとなしくつぶやきあっていた。


「初戦はヒュグテ様が勝ったけど、きわどい接戦だったし……」


 特にスールのように見る目がある者ほど、言葉につまる。

 前の対決は、シロウト目にはわかりやすい派手な攻防だった。

 ヒュグテはいつも以上に慎重で、間合をとり続ける。

 剣さばきを細やかにつなぐが、その牽制ですらまともに受けるとふっとばされるか、武器や腕を壊されかねない一撃が多い。

 その技量と腕力を知る者ほど、しのぐ一瞬ずつがどれほど至難の芸当かも痛感している。

 しかしタヌムは倍も打ちこみ、自分が打たれても半減以下の威力に受け流す。

 技量は互角に見えるのに、体格差を埋めるほど結果をゆがめ続ける魔性までは分析しがたい。


 それでもヒュグテは、試合中に研究を続けた。

 じわじわと打撲を増やされながら、体当たりや蹴りのそぶりも試す。

 そのたびに『出しきれば、こちらの重さを使って折られる』とタヌムの挙動から感じて思いとどまった。

 ひたすら守りを固めて削りあう根くらべもできたはずだが、そのような慎重さはタヌムの『勝負強さ』には格好の餌食にされそうに思えた。

 打ち合いを不利にしてでも、自身から様々に試し続ける。

 右手の小指を打たれて、直後にその指だけ握られてしまった瞬間、とっさに両手を合わせて全身をひねった。

 巨体をタヌムの懐へわりこませ、腰で高く跳ね上げる。

 頭上からの「降参」をどうにか聞き取って頭部の破砕は避けたが、地面へたたきつけた背からは折れたあばら骨が見えていた。


「……死んだと思ったんだけどね。まさか翌月に試合へ出てきてわたしがぶちのめされるなんて……」


 常識外の魔物同士による再戦で、賭け札の人気でも頂点を争う同士の組み合わせだった。

 審判の大女『灼熱のヒルダ』の大声でさえ、充満しすぎた熱狂の中では呼びかけに苦労している。



 試合が開始されると、ヒュグテは前回よりも積極的に飛び出し、早くから痛打を重ねあう。

 木剣が丸盾に殴り飛ばされ、客席にさらなる絶叫の嵐をかきたてた。

 ヒュグテは動揺することなく、拳で攻防を継続する。

 同じ程度に当てあい続けながら、タヌムのほうが何倍もひどい状態になっていく……『武神』のごとき巨体と怪力が守備を捨てて猛攻を惜しまないことで『魔神』じみた鋭い勘ごと圧していた。

 しかしタヌムは不意にヒュグテの出足へからみつき、ねじ折りにかかる。

 ヒュグテはとっさに制止して、タヌムごと片足を持ち上げ、地面へ打ちつける……前回と似た『打ちあいからヒュグテが組み技で返す』展開になるが、タヌムはすぐに起き上がり、ヒュグテは追撃が遅れた。

 タヌムは肩を押さえてひたすら駆け、壁際へ向かう。

 はずれていた肩を壁に押しつけて入れなおし、痛めた手首も確かめていた。

 ヒュグテの駆ける動作で、観客は足首を痛めている様子に気がつく。


「剣をひろわないで追ってくれたのかい。とはいえアタシも剣を横取りに向かう余裕はなさそうだし……そのほうが楽しそうだ!」


 体格差を無視した無謀な殴り合いを再開したように見えた。

 さらに派手な乱打戦になり、タヌムの優位はせいぜい、殴り飛ばされてもヒュグテの追撃が遅れがちな程度に見えた。

 くりかえし転がされ、三度目に起き上がった時にはタヌムの顔中が腫れていて、片腕も上がらなくなっていた。

 片膝も大きく腫れ、痛みをこらえるために指が食いこむほど太ももを握りながら引きずって進む。


「どれくらい効いた? もう何発か……耐えられちまうと、アタシも歩けなくなりそうだ」


 タヌムがつぶやきながら近づくと、ヒュグテはゆっくりと膝をつく。

 同じように腫れあがった顔には苦渋の冷や汗が浮かび、膝もまた、形がいびつになるほど腫れていた。

 上位陣の剣闘士たちはヒュグテのにぶくなった足が集中的に、しかも相打ち覚悟で膝へ膝をぶつけられ続けたしつこさを目撃している。

 互いに大振りな一発を顔面へめりこませ、タヌムがまたも転がされた。

 今までの何倍も時間をかけてタヌムが起き上がると、ヒュグテは膝を押さえてうずくまる。


「大いなる勇者タヌム……この決闘、私の敗北を認める!」


「あははっ、助かる~う!」


 タヌムが拳を高く掲げて背から倒れこみ、審判が結着を宣告すると、客もまた喉の限界を超える喝采を競った。

 凄惨な試合を見慣れている剣闘士たちでさえ身震いし、雄叫びで讃え、感涙する者まで多い。

 この『地獄の島』の闘技場では後々まで『歴代最高の名勝負』の有力候補として挙げられる。


 濃厚な熱気の底で、アイシャは自身の冷めかたにとまどい、その答を求めるように貴賓席へ目を向けていた。

 漠然とした『何かが足りない』という直感が、確信に近づいていた。

 この島の女剣闘士は過度に優遇され、質が良すぎる。

 生半可な度量では飼えないバケモノの巣窟だったが、それに釣り合う興行主の意志をつかめない。


『まるで大国が余裕をひけらかすお祭り騒ぎだ』


 病的な公正、非常識な身分感覚、貴族じみた厚遇の剣闘奴隷……

 最果ての孤島を異常に繁栄させた狂気。

 闘技場まで過剰に充実させた狂信。

 それらの成果として、こんな『まともな金持ちどもが喜びそうな名勝負』を望んでいたのか?

 アイシャは『悪魔公』の異常性へ嫌悪を深めていたぶん、今の状況に潜んでいる『不足』も嗅ぎとれた。

 貴賓席は来賓ばかりが熱狂し、玉座とその周囲には暗い緊張がこもっている。

 領主の側近マリネラは衛兵に命じ、担架を用意させていた。


「アイシャ。視線をゆっくり前へもどして」


 隣のモニカにささやかれ、言われたとおりにしておく。


「このところ領主どのは体調が良くないから。あの側近さんに目をつけられないほうが身のためかも?」


「跡継ぎは?」


「ひとり予定はできたけど、まだ産まれてないし何かごたついているみたい」


「剣闘試合なんかやってる場合かよ?」


「あのかたたちの考えだと『剣闘をやるしかない状況』みたいねえ?」


 アホか。いかれてやがる。どこまでクソヘンタイだよ……などの暴言をアイシャは飲み込みながら、奇妙な納得も感じている自身にとまどった。

 領地存続の危機で剣闘にすがる異常性のほうが、この島に一貫していた狂気からぶれていない。




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