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第十二話 雌雄を逸する 四


 かつて男剣闘士『四強』の一角だったディロクスは、引退しないまでも中堅なみの評価に落ちた。

 チャンピオン『火炎竜ノルキール』は肩の深手により欠場続きで、復帰までは早くて半年、出場できても同じように腕を使えるかは疑わしい。

 残る四強は二人とも先月は欠場し、今月は復帰を果たして初日の最終戦を飾る。


 肥満の巨体『土喰らいモーゼンダ』は全身にあざが多く残っていたものの、骨折は鼻だけで、それもほとんど治っていたので、次期チャンピオンの最有望とされていた。

 対する『一つ目巨人ビルゴ』は頭部の打撲だけだったが、ひどい頭痛とめまいが続き、不調を見てとれるほど疲弊し、集中力も乱れていた。

 勝負をあせった一撃は運よくモーゼンダに直撃したが、男剣闘士の間では暗黙の了解になっていた手加減が大幅に遅れ、気がつけば半年は復帰が難しそうなめった打ちにしていた。


 有望新人『牙狼ナシュボル』にとってはどちらが勝ってもかまわない試合だったが、実力者がさらに減ってしまい、試合組みの苦しさを察する。

 そしてやはりというか、気がつくとマリネラは衛兵を引き連れて背後に立っていた。


「ブロンゾさんの追加試合ですが、相手は女性でもかまいませんか?」


 異性や複数の相手など、特殊な試合組みは当人たちの同意を得る規定になっていた。

 そのような決闘は個々の信仰や信義に反することも多く、無理強いをしても試合にならない恐れがある。

 ブロンゾはゆっくりと、首をふって断った。


「……報酬は倍になります。もし相手が女性『四強』のいずれかでもよろしければ『鐘三回』の調整か、複数で組んでいただいても……」


 ブロンゾは無愛想な無表情のまま、さらにゆっくりと首をふって断った。


「……そうですか。失礼いたしました」


 マリネラがちらと、ナシュボルにも視線を送る。


「わ、わりいですがね? 前にも言ったとおり、オレは女を殴れねえ性分なんで。シロウトより不様な試合になっちまいますぜ?」


 かすかなうなずきが返り、無言で去る小さな背をナシュボルは気まずそうに見送る。


「領主にも頼られる側近らしいが、苦労も背負いこみがちなのかねえ……なあおい、ブロンゾの旦那よう、せめてオレたちだけでも盛り上げてやろうぜえ?」


 ブロンゾは視線を向けるが、いかつい無表情のままだった。

 ナシュボルはいちいち返答を求めないでニヤつくだけだったが、旧友のライダストは首をかしげる。



「鉄爪使い『牙狼ナシュボル』対、短槍使い『沈黙のブロンゾ』!」


 ふたりの追加試合は翌日の最終戦になり、男剣闘士の新人同士にしては賭け札がよく売れていた。

 ナシュボルは両手に武器があるぶん防具は薄く見えたが、試合がはじまってみると両小手に三本ずつの鉄爪は盾としても使えることに観客も気がつく。

 これまで『牙狼』の試合は『飛竜』と同じように足さばきでかきまわし、一気に懐へ入って手数で押す……武器の選択からも、それが当然の戦術だった。

 ブロンゾの精密な槍を相手にしても基本は同じはずだったが、観客には段違いに慎重になったように見えた。


「旦那の戦いかたは場数を踏んでいるのかどうか、どうもわかりにくくてよう?」


 間合いで大きく勝る槍を相手に、爪での防御をがっちり固め、ぎりぎりの間合いで回り込み、行き来し……飛びこむふりだけで、槍先と遊ぶばかり。

 ブロンゾはかすかに、眉を渋らせる。

 ナシュボルは慎重というより、いやらしいしつこさで挑発を続けていた。


「ここまでの三戦、相手を殺す気が見えねえ。あまり殺し慣れてねえのか……なあ!?」


 ナシュボルは踏みこみかけて、急に止まる。

 止まっていなければ、首へ刺さる位置に穂先が出ていた。

 ブロンゾはわずかに顔をしかめている。

 人を殺した経験を思い出していた。



 大陸の山深い片田舎に生まれ、大人なみの身長になったばかりのころ、両親を流行り病で失っている。

 叔母夫婦には腕力を重宝がられたが、畑は一緒に育った従兄弟たちのものとブロンゾは考え、いずれは村を出るつもりでいた。

 村の見回り番としてもその体格は頼られた。

 しかし村祭の晩、見回り仲間の数人ごと、流れ者の酔っぱらい男ひとりになすすべもなく殴り倒される。

 相手はコソ泥を働くほどに落ちぶれた武芸者だったが、村はメシをあてがい、武芸の指導者として雇った。

 失敗だった。

 村の男たちの技量は上がったが、腕に自信を持った三人の荒くれが師匠を酔いつぶれさせて殺し、狼藉をはじめるようになった。

 ブロンゾは三人を殺し、迷惑がかからないように村を出る。

 その体格と技量から、近隣の傭兵団で歓迎された。

 しかし強盗団も兼ねていたことを知った晩、団長と副団長を殺して逃げ出すことになる。

 それからは荷運びなどで食いつなぎながら、いつどこで報復を受けるかもわからない不安の中、船乗りを募集していた男から『地獄の島』の噂を聞く。


 五人の殺害経験が新人剣闘士として多いか少ないかは知らない。

 しかしライダストやナシュボルのように、命がけの戦いを楽しむ気にはなれなかった。

 村の荒くれたちを殺したのは、彼らが畑や山羊小屋を荒らして女を襲っていたから。

 強盗団の団長たちを殺して野営地へ火を放ったのも、襲撃の下見へ出た町に女子供と老人が多かったから。

 誰も殺さないで食いつなげれば文句などない。

 できれば女も抱きたいが、そのために悪人でもない相手など斬りたくない。

 厳しい師匠の指導に誰よりまじめに従ったのも、将来は兵士や用心棒になるしか稼げそうにないからだった。



「そうか、アンタ……まともだったころの『鉄壁』の旦那と似てやがる! 訓練をやりこんだ細かさだ! だが実戦は『鉄壁』の旦那ほど好き好んでこなした感じじゃねえなあ!? そのへん、どうよ!?」


 ナシュボルはじわじわと間合いをつめていた。

 槍先だけでなく、腕や脚にも爪がかすりはじめている。

 ねちねちと徹底して相手の心身の疲弊を待ち続けていた。

 ナシュボルはブロンゾの何倍も動いていながら、ほとんど疲れを見せない。

 本気の『牙狼』はどこまでも残忍にいたぶって楽しんでいた。

 そして延々とくりかえしていた『飛びこむふり』から、不意に牽制ではない攻勢を放つ。


「よけな!」


 槍をかいくぐり、両側から同時に迫る鉄爪へ、ブロンゾはあえて踏みこんで肩と顔を裂かれた。

 首だけ片腕で守り、不恰好でも巨体の頭突きをぶち当てる。


「ぐぶうっ!?」


 ブロンゾにとってナシュボルの技量は故郷の師匠ほどではなかったが、実戦経験の差も踏まえて、無傷で勝てるとは考えないようにしていた。

 体格差で押しこむ機会をうかがい、それでもだめなら降参も選択にあった。

 ナシュボルは鼻血を噴いて倒れこみ、そのまま転がって逃げようとする。


「ひっかかれよチクショウ……ぐがっ」


 腹に槍を突きこまれた時には、両手を上げていた。


「ご、うざん……降参、してますからね?」


 ナシュボルは穂先でなく柄尻で突かれたことには気がついたが、うらめしそうに苦笑する。

 刃をすぐには捨てられない装備の不幸だった。

 ひとしきり悶えたあとで、観客の騒ぎを見回す。


「……ああ。そういやあんた、次の試合で勝ち抜けできたりするのか? まあ、その腕前と戦績なら、しばらくはチャンピオンで荒稼ぎだろうけどよ」


 ここまでの四戦すべて捕獲勝利で、対戦相手も評価の高い者が多かった。

 上位陣なみの新人とされていた『牙狼』『飛竜』の両者に勝って一年は試合を組まれない上、最上位四名のうち二名はしばらく欠場、二名は不調。

 まともな対抗株がほとんど残っていない。



 翌月。ブロンゾが参加して三ヶ月目。男剣闘の最終試合。

 その直前にもマリネラは衛兵を引き連れて現れ、ブロンゾに交渉を持ちかけていた。

 しかし同じように断られるだけだった。

 見かねたナシュボルが横から口をはさむ。


「マリネラ様よう、こいつは良くも悪くもクソまじめな堅物だからよう、まずは目の前の強敵に勝ってからでないと、軽々しく追加試合の約束とかはできねえんだろ? な?」


 マリネラは引きさがるが、貼りついたような笑顔は心なしかあせって見えた。

 ブロンゾもむっすりと試合場へ向かい、ナシュボルはその背を見送る。


「あの野郎、ずいぶんとマリネラさんに見こまれているじゃねえか。うらやましいねえ?」


 隣のライダストは首をかしげていた。


「おいよう、本当にブロンゾの旦那、だいじょうぶかよ?」


「んん? オレは実戦の不慣れにつけこめるかと思ったが、あのまじめさでみっちり鍛え続けて関係なくなってら。そうなりゃ体格も技量も度量もごついから、手のつけようがねえ。次のチャンピオンで決まりだろ? 相性でも体調でも『一つ目巨人ビルゴ』はずいぶん不利だ」


「いや、だから、ブロンゾの旦那はやたら慎重だろ? もしかして最初から、男の上位陣がボロボロになった時を狙って、追加試合で連勝を急いでいるとしたら……」


「え。まさか……このまま勝ち抜け? いやしかし、しばらくはろくな対抗株がいねえはずだろ? チャンピオンになって勝ちを重ねれば、諸国から豪勢な引き抜きも集まるのに……」


「だけどよう、とんでもねえ新人がいつまた入荷されるかもわからねえだろ? それこそブロンゾの旦那みてえなやつとか。あとは女剣闘士と組まされることも、心配してそうじゃねえか?」


「いや別に、女との試合は断れるだろ? まあ、チャンピオンになっていろいろ話題を盛り上げられると、断りにくいかもしれねえが……そんなことまで気にするような性格かあ?」


「ブロンゾの旦那の師匠も、遠い故郷じゃ娘に道場をのっとられたとかで『女、子供とて甘く見るな』が口癖だったらしいし」



 ブロンゾは五連勝をあまりに無難に達成し、自由の身となる。

 マリネラは貼りついたような笑顔のまま、困っていた。


「賞金を貯めておいて継続もできますが……やはり剣闘士を続ける気はありませんか? 一試合ごとに勧誘の待遇も大幅に増額されそうですが……そうですか。失礼しました。では最後に、領主様からのお誘いですが、この島の衛兵隊でもよろしければ……」


 ブロンゾは衛兵隊への勧誘になって、ようやくしっかりとうなずく。

 マリネラは「ありがとうございます」と言いながら、笑顔はこわばっていた。

 男剣闘は選手層が薄いため、有望すぎる新人が入ると勝ち抜けされやすい難点まで抱えていた。


「では、詳しい話は後日に。ところで……配置の参考までに。女性との試合を避けていた理由は、男性としての信条でしょうか?」


 今後の職場の上司から問いただされ、ブロンゾは悩んだあと、ぼそりと低く返答する。


「怖かった」






(『雌雄を逸する』おわり)






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