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第十二話 雌雄を逸する 一


 女剣闘士は最上位の四人が突出しすぎていた。

赤虎あかとらタヌム』

からすのブレイロ』

『女巨人ヒュグテ』

『風神アンレイ』

 これら『四強』同士でなければ、中堅相手ですら『鐘三回』の調整に頼らねば賭けが成立しない試合も多くなっていた。

 女剣闘士『四強』の競い合いは『黄金時代』と讃えられるいっぽう、男剣闘士はかつての盛況など見る影もなく『暗黒時代』へ落ち続ける。


 断崖絶壁に囲まれた『地獄の島』は南側に手狭な入り江があり、多くの石垣と桟橋に補強され、大型船もどうにかまとめて係留できる港になっていた。

 崖に彫りこまれた階段の上には警備兵のほか、野次馬も集まりやすい。

 入港したばかりの船が手続きをしている間、甲板に出ていた乗客たちは好奇の視線にさらされていた。

 舳先へさきには筋肉質な男たちの一団もいたが、その中でも顔が狼じみて、もみあげの長い男は苦笑を浮かべる。


「ほらな。あの島の連中はもう『四強』に対抗できそうな女剣闘士しか興味がねえんだ」


 筋肉男たちとは離れて独り、昼間から黒頭巾を深くかぶっている長身の女もいた。

 野次馬たちはそれを指して「あれが本物だ!」「殺し屋の『八つ裂きミランダ』がついに来た!」と騒いでいる。

 長身の女は自分の上陸許可が出るなり、黒革の外套を投げ捨てる。

 鋭すぎる目鼻とあご先、冷酷そうな笑みで威圧をふりまいた。


「それで私のニセ者ってやつは、どこにいてどれほどいい女だい!?」


 応対していた衛兵は驚きながらも、どうにか平静なふりをする。


「もうあの世だ。試合に負けた腹いせで、よりによって『鴉のブレイロ』へ闇討ちを仕掛けて、逆に自分が食堂のスープで溺れ死ぬことになった」


「ふん? そうかい……それなら獲物を横取りしてくれたおせっかい者に、お礼をしてやらなきゃねえ!? ヒッヒ!」


 一瞬に短刀を取り出して衛兵の首と両手足すれすれに走らせる。

 止めるとすでに短刀は手になく、袖の中へもどっていた。


「出迎えご苦労さん。礼がわりの大道芸さ」


 衛兵は青ざめて別の乗客の応対へ逃げ、ミランダは悠々と、船から桟橋へ架けられた舷梯げんていを渡る。

 もみあげ男は両手をあげてかぶりをふった。


「ただ者には見えなかったが……どおりで『悪魔公』の島へ入るまでは、顔見せも名乗りもできねえわけだ。余計なちょっかいを出しすぎねえで助かったぜ。えっと……ブロンゾ、だったよな?」


 筋肉男たちの中でも特に大柄なひとりは無愛想に、かすかにうなずく。

 無理に良く言えば武骨、平たく言えばいかついこわもてで、ひたすら無言だった。


「あのあねさんが傭兵かなにかのような気はしていたけどよ。まさか暗殺も強盗もなんでもござれで有名な切り裂き魔だったとは……知っていたから止めたのか? まさかツラがまえが怖かったから、とか言わねえだろうな?」


「……まあ」


 ようやくボソリと、返答にもなってなさそうな低い小声がもれた。


「そのツラで冗談きついぜえ? まあいいさ。礼でもねえが、オレたちといっしょに先輩様の話を聞きに行く気はねえか? ここで剣闘士になるならオレらともぶつかるだろうけどよ、試合以外のつきあいにゃ野暮を言わねえのも、ここの領主さんの流儀らしい」


 ブロンゾがまたかすかにうなずくと、その胸板をたたいてもみあげ男がニカッと笑う。


「それにオレらの本当の相手は『女』らしいぜ? まあオレはここへ来る前からやり合いすぎて、雇い主の奥さんと娘にも手を出していたのがばれちまったから、こんな最果てまで逃げる破目になったんだけどな。傭兵や用心棒で食っていた腕がどれだけ通用するかはわからねえが『牙狼ナシュボル』の通り名を知っといてくれりゃ嬉しいねえ」


 気さくでありながら、隙らしい隙は見せない。自信のありそうな余裕だった。



 手続きを終えたナシュボルたちは崖の狭い階段を長々と昇る。

 崖上に忽然こつぜんと広がる倉庫街と市場通りの騒々しさを目前にすると、つい背後の彼方まで埋めつくす海面を確認した。


「絶海の孤島で、なんだこりゃ……? 噂で聞く以上に、妙なもんだな?」


 市場に並ぶ遠方諸国からの贅沢品にも驚くが、絶望的な土地の狭さで大国都市のごとき景観を造る建築資材の量、人口を支えられる食料供給なども考えるほどに『悪魔の妖術』を使っているとしか思えなかった。

 ナシュボル一行の中では小柄に見えてしまう平均的な背の男も、道先を案内しながら何度も首をふる。


「こんな遠くまでの船賃が出るなんておかしい気はしたが、こりゃ思ったより、やっかいな仕事場になるかもな……おう、ブロンゾさんよう、オレは『飛竜ライダスト』の通り名で剣闘士もやっていてよ。この島には軍にいたころの上官に頼まれて来たんだが、参戦は早まらねえほうがよさそうだぜ?」


 頭ひとつ背の高いブロンゾは、無愛想ながらもあっさりとうなずき、ライダストは拍子抜けして首をかしげる。


「こんな島まで来るわりに、意外と慎重かい? まあ、オレの舎弟……『大鰐おおわにチュフイ』も見てくれよりはイイやつだけどな」


 不意に指されたワニじみた容姿の大男は、大きな火傷のある悪人顔を照れさせてもじもじとうつむく。



 市場のはずれに近い酒場へ入っても、給仕の着飾り、出された杯や皿まで安宿のそれではなく、貴族も出入りする高級娼館のように清掃が行き届いていた。

 卓についたライダストは待ち合わせだけ確認すると、勝手に全員ぶんの注文を出す。


「代金は出ているから遠慮すんな。オレの上官だった旦那は国一番の武芸者でよ。王子殿下の気まぐれにつきあわされてここの剣闘場へ出たらしいが……噂は聞いたことあるか? この島の男剣闘士は少し前に、上位連中がまとめてごっそりと領主に殺されちまったらしい」


 知らなかった様子の大鰐チュフイは不安そうに兄貴分の横顔を見つめる。

 牙狼ナシュボルは楽しげにうなずいた。


「それ以来、男の剣闘士はまともに寄りつかなくなって、主催者も頭を抱えているらしいな? オレが聞いたほうの噂じゃ、ここの『悪魔公』さんとやらはよほど慕われているらしくて、悪口を聞きつけただけの臣下が寄ってたかって斬りつけたらしいぜ?」


「いえ、侍女長のマリネラ様が独りで……」


 追加の皿を運んできた給仕の娘は口をはさみかけたが、怪訝そうな視線が集まって口をつぐむ。

 ナシュボルはとっさに銀貨をちらつかせて詳細を求めたが、娘は物欲しげな目を向けながらも手は出さないまま立ち去り、かえって信憑性を裏打ちした。


「剣闘の猛者たちを? 侍女が? ひとりで?」


「寝首をかくにも、まとめてやるにも、ひとりやふたりじゃねえはずだぜ?」


 ナシュボルとライダストがひそひそと話し合い、巨漢ブロンゾはひたすら無言で酢漬けの菜っ葉をかじっていると、新たな入店客が視線を向けてきた。

 監視の衛兵も連れていたが、褐色の剛毅な肉体、整然とした動作、無駄なく鋭い目の配りには歴戦の兵隊生活が詰めこまれている。

 ひと目で『軍人』『剣闘士』とわかる硬骨漢だった。

 短く刈り上げてなお濃い黒髪、太い一直線の眉で勇壮に微笑む。


「よく来てくれた。ライダストが互角と認めるナシュボル殿にも手助けしていただけるなら、少しは望みも広がる……ほかの各々がたも、ただならぬ鍛えようは見てとれる。心強い限りだ」


 高貴高潔の染みついた武人に丁寧な敬意を向けられ、一行は大鰐チュフイほどではなくても照れを見せたが、ブロンゾだけはむっすりと食事の手を止めていた。

 ナシュボルは軽い会釈で辞儀を示し、ライダストは手早く席を空けて招きながら、目つきは真剣になっている。


「名将『鉄壁ディロクス』様が『少しは望みも』なんて、それほどやばい仕事かい?」


 小声で言いながら、ちらと監視兵へ視線を向けていた。

 ディロクスは手で制して、監視役への遠慮は必要ないことを示す。


「不当な危機にさらされているわけではないのだ。しかし窮地ではある。王子殿下は私が参加して活躍すれば、男剣闘士の人気も回復できると思ったようだが……とんでもなかった。噂に聞く『黒獅子くろじしルノンド』や『白鷲しろわしイブリオス』と渡り合っていたような猛者たちだ。かつての中堅たちでさえ、私と互角……今はようやく太刀筋にも慣れ、優勢になってきた程度だ」


 一行がざわつき、ライダストも杯を置いた。


「おいおい。ディロクスの旦那でそれなら、オレやナシュボルでもよくて相打ち……」


「いや、私を含む最上位の四人には勝てなくとも、外へもどれる『勝ち抜け』の見込みは決して低くない。今は選手層が薄く……それとも関連するのだが、諸君への依頼は言伝どおり『興行の手助け』なのだ」


「へ? てっきりなにか別の意味があるのかと……誰かの排除とか裏工作とか」


 ライダストは気がゆるんで、つい監視役の前で確認してしまうが、ディロクスはみっしりと眉根をよせて顔を渋らせる。


「ひねた事情など、無いだけに手ごわいのだ。この島の剣闘は病的に作意が少ない。だから私の身になにがあったとしても男剣闘の興行を存続させるには、諸君らのように虚仮こけおどしではない実力者を残すよりないのだ」


「なにがあったとしても……?」


「王子殿下は領主フマイヤ様に貿易でも多大な便宜をいただいている。私は殿下の顔を立てるべく、男剣闘の人気をとりもどそうと尽力したが……今月は客の要望も多かった『男女の最上位四人同士』で試合を組むことになった」


「……あー。女が相手じゃ『勝てて当然、負ければ大恥』じゃねえか」


「そしてかつては『女の上位陣』に対し『男の中堅』で賭けが成立する通例だったが、今の女の『四強』は頭抜けている。手を抜ける相手ではない上、女が相手では勝ちかたでも不評を集めかねない。そうなった時にも、せめて諸君ら有望新人に期待をつなげられたら……」


 ライダストたちは用意してきた覚悟とは違う方向の難題と知って、複雑な苦笑を見せた。

 ナシュボルだけはコソコソと「ここの女剣闘士は、下手な娼館よりも上玉ぞろいと聞いてきたのに、そんなに腕っぷしまでそろうものかねえ?」などと隣へささやくが、ブロンゾは目を合わせても小魚をちまちまと口へ運び続けるだけだった。


「ま、人材不足で報酬は上がっているらしいからよ。猛者がぞろぞろと増えないうちに稼いでおこうぜ? ……そういや、オレたちはもう登録を済ませて次の競技会には出る予定だが、アンタは? ……次まで見物かい……あ。先に売春宿をまわるつもりかよ? この島はすげえらしいな?」


 ブロンゾはむっすりとイチジクをほおばるだけだった。



 新人向けの説明にはナシュボルたちと共にブロンゾも闘技場へ呼び出される。


「来月は女性の剣闘士しか入港の予定がありませんので。もし……男性の剣闘士に心当たりなどがございましたら、紹介料も用意させていただきます」


 案内役の女は極端に背が低く、衛兵を連れているとはいえ、男剣闘士の宿舎を歩く姿は異様な無防備に見えた。

 それどころか剣闘士のほとんどは拘束もなしに通路を出歩き、見物の一行に気がつくとあわてて道を開けるほど行儀がいい。

 施設は過度に充実し、それなりの宿よりもよほど贅沢な食事が出され、見事な浴場まで使える貴族じみた扱いだった。


「おいブロンゾ。こんな豪邸で泊まれるのに、わざわざ一ヶ月も外で宿賃を払うなんてバカらしくならねえか? まあ、その体格ガタイじゃ女の調達も切実かも知れねえけどよう?」


 ナシュボルは巨体の逸物いちもつをつかんでみて、その大きさに神妙な顔を見せるが、ブロンゾは無表情なままだった。

 男の剣闘士はほとんどが平均以上の長身だったが、ブロンゾは平均的な男よりも頭ひとつほど大きくて目立つ。

 しかし闘技場内では、旅路の船内ほど驚き騒がれることはなかった。

 訓練場へ出ると、ブロンゾに近いかそれ以上の体格が何人か目につく。


「訓練指導は次の試合に参加が決まってから開始する規定ですが、今日はせっかくですから、ブロンゾさんも希望されるようでしたら……けっこうですか? ……そうですか」


 案内役の女はブロンゾの無骨と張り合っているわけでもなさそうだったが、仮面のように変わらない笑顔のままだった。

 身長の差もありすぎて、ブロンゾのいかついこわもてが真下を見下ろすような姿をナシュボルは見かねて腰をかがめる。


「そういや、美人のおちびちゃんに教えてほしいのだけど、この島で逆らっちゃいけない侍女長のマリネラ様って、どこで会えるのかな?」


「…………紹介が遅れました。マリネラと申します」


「…………ああ、同じ名前の……」


 ナシュボルはそれらしい返事をしたものの、手練れと思われる護衛たちの異常な緊張感と、道を譲っていた剣闘士たちの怯えたような表情を思い出して冷や汗をかいていた。


「侍女長も兼ねております」


「あの……鞭打ちくらいで許していただくわけには?」


 仮面のような笑顔が、困ったように少しだけこわばる。


「領主様への不敬がない限りは、剣闘士の皆様も『領主様の所有物』として丁重に扱わせていただきます」


 ナシュボルはその表情を読みきれなくて『独りでどうやって男剣闘の猛者どもを殺しつくしたの?』という質問は『では御覧いただきましょう』と返されそうな気もして黙っておくことにした。


「島の外では様々な噂も流れておりますが、フマイヤ様は男性の剣闘士についても公正な扱いを望まれており、私たちもその方針に従っていることは『約束』いたします」


 訓練場でも目立つ肥満巨体の醜男がそわそわと近寄ってきて、マリネラの言葉に大きくうなずく。


「そだーっ! マリネラ様はきれーだし、昨日も『八つ裂きミランダ』とかいう生意気な新入り、領主様の悪口を言ったとたんに八つ裂きだーっ! ちゃんと女もぶっ殺すどーっ!」


 衛兵たちがそっと醜男を遠ざけ、マリネラはわずかに眉をしかめてしばらく沈黙した。


「…………ミランダさんは存命です。互いの『風習』のちがいについては『納得』していただけましたので、今月の競技会にも出場なされる予定です」


 しかし周囲の剣闘士や見物客の噂は聞こえてくる。


「あの『八つ裂きミランダ』が刃物さばきで完敗したらしい」


「両腕両脚を落として首だけ縫いつなげたって本当か?」


「大げさだバカ。切れこみを入れられただけだ。一瞬だったらしいが」


 マリネラは残りの説明を教官に任せて立ち去るが、その早足にはいたたまれない当惑も見られた。



 その月の興行最終日には、男女混合の四連戦に観客が詰め寄せる。

 訓練前のブロンゾも剣闘士席へ招待され、迫力ある容姿を披露していた。

 初戦の『一つ目巨人ビルゴ』はブロンゾよりもさらに頭ひとつ高く、男の剣闘士でも最高の長身を誇る。

 ブロンゾもそれほどの大男は見たこともなく、片手で軽々とふりまわしている長棍棒も常人では持ち上がるかどうかも怪しい重さに見えた。

 しかし対戦相手の『女巨人ヒュグテ』はさらにひとまわり大きく、木剣の一撃で勝負を決めてしまう。

 ブロンゾも含め、観戦していた新人の男たちは全員、そんな大女も、そんな『女の一撃』も、はじめて目撃する。


「……ああ、最初は女に華を持たせてやったのかな?」


 ナシュボルは強引に茶化そうとしたが、ライダストは青ざめて「あれと互角な連中があと三人……?」とうめく。

 貴賓席のマリネラはそんな男剣闘士たちの様子を盗み見て、かすかに笑顔をこわばらせていた。



 続く試合の男剣闘士は『鉄壁ディロクス』だった。

 見事な肉づきはともかく『男としてはやや長身』という程度で、相手も『女としてはやや長身』でしかなく、観客は「男女で最高の技巧派あらそいだ!」とはやしたてる。

 しかしナシュボルたちは相手の装備を疑問に思った。


「遠い異国の美人さんかよ。もったいねえな……あんなので顔を守れんのか?」


 両拳に革小手をつけているほかは、武器らしい武器が見えない。

 しかし審判による選手紹介に合わせ、くるりと身をひるがえした時に判明する。


髪剣かみけん使い『風神アンレイ』対、小剣使い『鉄壁ディロクス』!」


 ナシュボルたちはどよめき、結い髪の先へ装着された刃物に様々な疑問の声を上げる。

 ブロンゾは無言だったが、侍女長マリネラにも似た猫顔『風神アンレイ』が、芸妓のようにふりまく微笑に言い知れぬ寒気をおぼえ、冷や汗を浮かべていた。




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