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第五話 罪深き純真 一


 断崖絶壁に囲まれた『地獄の島』で、巨大闘技場に歓声がわく。

 しかし玉座の包帯男は決着したばかりの試合場ではなく、客席を見渡した。


「熱狂と呼ぶにはいまひとつ……選手が不足しているか」


 膝元にいる褐色肌の美女は、黒髪をなでられながら眠っていた。

 傍らに立つ小さな女は、仮面のような笑顔をわずかにくもらせる。


「もうしわけありません。前回の新人は半年足らずで十二人とも消えたという噂が広まってしまいまして」


 貴賓席の石柱の陰で、小柄な女剣闘士がへばりつくように耳をすましていた。

 傷だらけの顔をしかめ、こそこそと席へもどると『酔っぱらいのアイシャ』に耳打ちする。


「よ~ちよち。ここにひとり残っているのに失礼でちゅね~。てめえらで血祭りにあげといて勝手なもんだ」


 虚ろな目をした小柄な少女は短い黒髪をなでられ、陰気にニタつく。


「しかしやっぱ、よ~わからんわ。こんだけ試合がぐだぐだになっても、なれ合う上位陣のケツに火をつけるでもなし。待遇はそのまま……いかれ女にいれこむだけはある、あさって向きの度量かあ?」


 アイシャは酒をあおって笑うが、プレタとコルノは複雑な表情で試合場を見つめていた。


「でも『女狐』のやつは直前で『始末屋』に変更とか」


「ついに目をつけられたか」


 アイシャはさほど興味もなさそうに鼻で笑う。


「中堅同士とはいえ、ボリスちゃんに本気で『始末屋』の仕事をやられちゃ、勝てたとしても無傷は難しいねい。女狐ちゃんの細身じゃ、よくても来月はお休みだな」



「針剣使い『女狐バローア』対、拳闘使い『始末屋ボリス』!」


 キツネ顔の女が試合場に入ってくる。

 剣闘士にしては見ばえのいい容姿だが、顔をしかめて客席をにらみまわしていた。

 向かいあっている女は全身が古傷だらけで、かなりの筋肉質だった。

 上位陣にいる『鋼鉄のラカテラ』ほどデコボコしてないが、なみの衛兵男よりも腕や脚が太い。

 小さな三白眼は目尻が殴りつぶされてたれ気味で、薄笑いはどこまでも暗い。

 年は若いはずだが、ボソボソとつぶやく低い声は深く乾いていた。


「このツラでよお、今日に限っておまえより歓声が大きくなる理由なんて、わかってるよなあ? なんでこんな暮らしいいところで、余計なことをやりすぎちまうんだ?」


 ふたりとも女性としては長身で、女剣闘士では平均的。


「この島へ来る前から『狂犬』『処刑屋』『味方殺し』と悪名の多いあんたにはわからないでしょうよ!」


「ああ。だから別に、やり口をどうこう言う気はねえさ。おまえが勝つために人質をとろうが……もっとも、アイシャさんやモニカさんの『裏技』と比べちまうと、洒落も愛嬌もねえよな……同情するよ。客とおまえに」


 ボソボソつぶやく暗い笑顔がまじめに気づかうそぶりを見せると、キツネ顔は余計に鼻先を赤らめて目をつり上げる。



 開始の鐘が鳴ると『始末屋ボリス』は上半身を両腕で守って歩き出す。

 厚い革手甲にはゴツゴツと鋲がついていて、両肩からは飾りのような鉄針がいくつも真上へ突き出ている。 

 ほかにも関節部を中心に鉄で補強した革鎧をつけているが、背や首は空いていた。

 腕脚は厚い包帯を巻いているだけで、むきだしになっている部分も多い。


「でも『狂犬』の名は、ここでとられちまって……まあそれは、今はいいか」


 一気に踏みこんだ『女狐バローア』は両端に針状の刃がついた小剣で細かく突き、鋭い足さばきでゆさぶり、慎重に間合いを保ちながら、一撃ずつを正確に狙う。


「っとお、おまえは刺しかたをわかってやがるからなあ。下手に近づけねえ」


 ボリスは足を止め、かわしきれない突きで腕にひとつふたつ穴を開けられながら、後退もしない。


「一勝一敗で、格づけはおまえのほうが少し上だったよな? イカサマに頼っていても、中堅に残れるだけの腕はあるよ」


 ボリスがようやく拳で短い牽制を打つと、バローアが即座に反応して跳び下がる。


「それだよ。お互い死なないように殴りつぶすのは、ちょっと難しそうな、いい目と、いい足だ」


 ボリスは感心してうなずきながら身を低くかがめ、両腕を視界ギリギリまで下げ、頭頂を無防備に見せる。


「でも『静かな試合が増えた』ってマリネラさんも言ってたし、ちょうどいいだろ。ほら……オレの頭蓋骨を貫けりゃ、おまえはもう少し生きられる」


 傷だらけの顔は不敵な笑みを浮かべたあと、少しだけ目をそらし、照れたような表情を見せる。


「最近ちょっと、調子いいんだ。試させてくれよ」


 バローアは無言で、ボリスの視線の反対側から突きこむ。


「え?」


 ボリスは拳を針剣で貫き通され、驚く。

 即座に腕をひねり、傷口を広げながら刀身を折り取った。


「なにあせってんだよ? おまえもっと、ひねくれた仕かけがうまいだろ?」


 バローアは柄を持ちかえることなく、反対側の刀身を振り下ろす。

 ボリスは頭を突き出して刃へ、さらにバローアの顔面へまとめてぶち当てる。


「あ~あ」


 ボリスの髪の生え際に新しい傷が開き、顔の半分をみるみる赤く染める。

 眉をしかめて、両方の刃が折れた針剣を見ていた。


「言わんこっちゃねえ。いくら腕が良くたって、そんな細い刃だ。ちょっと刃筋をずらされたらポキリじゃねえか」


 倒れたバローアは噴きだす鼻血にもかまわず周囲を見まわし、折れた刀身のひとつをつかんで立ち上がり、柄をそえて握りこむ。


「いや、さすがに無理だろ? オレを相手に武器がそれじゃ……やってみるか?」


「降参、させてくれるの?」


 バローアはひきつった顔でにらみながら、じりじりとさがる。

 ボリスはじわじわと近づきながら、困ったように首をかしげる。


「う~ん、なんとなく、なんだけどよお。期待されてる気がすんだよ。ほら、あの包帯だらけの……だからそれは、ちょっとねえなあ?」


 バローアは背に壁が迫り、ふたたび細かい足さばきを見せる。


「痛くないようにつぶされたいかって意味で……わりい、期待させちまったか? オレ、頭わりいから話しかたも下手クソでよお」


 つぶやき続けるボリスへ、不意に砂が蹴り上げられる。

 バローアは側面へまわりこみ、太い腕の隙間を狙って首筋へ突きかかる。

 ボリスの大きな拳が思い出したように防御を解き、うなりを上げた。

 腕に新しい斬り傷を刻ませながら、刃を持つ手を殴り落とす。

 バローアは指までひしゃげ、ひるんだ腹には肩当ての針がめりこむ。


「かっ……ぐぁ……!?」


 細身の長身が転がり、せきこみ、腹を押さえながら片腕を上げ、助けを乞う。


「同じ『嫌われ者』が消えちまうのは残念だな。考えてみりゃ、せこい真似ばかりするおまえのこと、オレはけっこう好きだったらしい……だから動くな。餞別せんべつだ」


 起き上がろうとしたキツネ顔へ、鋲つきの重い拳がめりこむ。


「意識がとんだか、ぼやけたろ? これでもう、痛くも怖くもねえ」


『始末屋』が若い女の体を高々と持ち上げ、両肩の針へ突き通す。

 観客に誇示し、歓声と罵声の両方を浴びながら、暗い笑顔で応える。

 審判女は決着を宣言したあと、しばらくは悪趣味な見世物を好きにさせた。


「おまえほど闘技場につくす剣闘士も珍しい」


 審判女がつぶやくと、ボリスはさびしそうに笑う。


「そりゃそうだよ。オレほどほかに居場所がないやつも珍しい」


 いつも気難しい審判女がニヤと口端をゆがめ、かすかにうなずいた。

 ボリスは客が騒ぎに飽きはじめた頃合を見計らい、戦友を丁寧に地面へ寝かせる。



「ボリスさん……ですか?」


 仮面のような笑顔の側近は首をかしげ、試合場と領主を見比べる。


「実力は少しずつ上がっているが、まだ早い……いや、どれだけ待っても上位陣の資質があるかは疑問だ。だがなぜか、興味を持たれている」


 側近は黙ってうなずき、領主に髪をなでられている褐色美女の視線を読む。

 試合場での余興も終り、立ち去る傷だらけの背中を『愛しのヘルガ』はずっと見つめていた。




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