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第四話 咲き競い 十三 成熟未成熟


 ルチカは口数が減り、追われるように訓練へのめりこむ。

 シアンやベフィも言葉は少なくなっていた。

 それでも打ち合っていると、いろいろなことが伝わってくる。

 シアンはまたなにか新しい『隠し芸』を用意している。

 ベフィもルチカにまで見せないなにかを鍛え続けている。

 ルチカもベフィにすら教えない訓練を重ねていた。

 新人にとっては四回目となる競技祭が近づいている。


 半年を待たないで同期の十二人から八人が亡くなった。

 ルチカの枕元には八つの遺品が置かれている。

 それらはいつか、誰かに渡すつもりで預かっていた。

 しかし今は、いつか自分が埋められる時の副葬品にも思えてきた。



 直前になっても試合予定は空欄が多く、ベテラン選手たちは顔を渋らせていた。


「いや~ん。早く予定を決めてくれないと、賭け札が売れないのに~い。しかもいきなりすんごいお相手と決まったら、アイシャ様にないしょの相談できな~い!」ダッキー。


「ここんとこ死人と大ケガの欠場が増えすぎて、試合組みもバタついているらしい」コルノ。


「あらあ。アイシャちゃん、どうするう? 仮病の準備してるう?」モニカ。


「アタシはもう『厄病神』とは当たったから。やばいのは姐さんのほうだろ? けけけ」アイシャ。


「ルチカは? 初日午前か……それなら中堅以上はなさそうだ」プレタ。


 シアンも初日午前らしいが、一度組んだ相手とは通例、一年は空けられる。



「吹き矢使い『狙撃手スペーダ』対、小剣使い『銀胡蝶ぎんこちょうシアン』!」


 夜明けの第一戦は新人でも注目の選手を組むことが多い。

 今回のシアンの相手は下位のベテランだが、またも勝率は高いほうで、格づけは二十位台だった。

 しかも『夢見るメリッサ』や『毒蛾どくがのキユ』と違い、いかにも剣闘士らしい大柄。

 背は『熊のプレタ』に近く、胴の太さはそれほどでもないが、並の男よりはすべてが大きくたくましい。


「上位陣も狙える体なのに、選んだ武器がなあ……?」


 アイシャが苦笑して見ている武器は金属性の細い筒で、防具は革の小手とすね当て、そして左の肩当てだけ。


 開始早々、スペーダは筒を口にかまえ、針を吹き出す。

 間合いを一気につめていたシアンは横跳びにかわし、驚いていた。

 武器として、弱すぎる。

 針はほんの数歩で、一気に減速して落ちた。

 それしか飛ばない上、眼への直撃以外は有効打になりにくい。

 左の肩当てにある針は残り三本。


「毒を塗っているわけでもねえし、弾数が多いぶん、威力まで調整されている。故郷で使い慣れていたらしいが、飛び道具はただでさえ大きな調整をくらうのに……あれを活かせるような工夫もできていない」


 シアンは二発目を待たず、飛びこんで手に斬りつける。

 スペーダは筒を振りまわしはじめてからのほうがやっかいだった。

 体格はシアンが完敗した『土竜もぐらのガズロ』を上まわる。腕の長さがあり、腕力もある。

 しかしシアンのとらえにくい動きに、ガズロほど対応できていない。

 一見して互角なように打ち合っているが、斬りつけられた手の血が止まらず、あせっていた。やがて膝も浅く斬られる。

 ガズロより体格は大きいが、攻防に正確さが、堅実さが、執念深さが足りない。

 シアンは小柄だが、正確に、堅実に、執念深く、ガズロの強さに近づいている。


 スペーダはしびれをきらせ、一気にたたみかけようとする。

 シアンは冷えきった目で跳び下がり、同時に砂を蹴り上げていた。

 砂は腕で防がれたが、直後に銀髪と刃が足元をすべりぬける。


「つっ……降参!」


 スペーダが両手を上げ、筒を放り捨てた瞬間、シアンは背後から体ごと突き上げていた。

 スペーダが倒れて転がる。しかし背中をさぐっても傷はなかった。

 シアンの小剣は寸前で真横に向けられ、柄を打ちつけただけ。

 足元をすれ違った時に斬りつけた足首だけ、派手に血を流していた。


「『狙撃主スペーダ』の降参により、『銀胡蝶シアン』の捕獲勝利!」



 大歓声が湧き、コルノとプレタはため息をつく。


「新人とは思えない盛り上がりだな?」


「実際、一発で見切って飛びこむ思い切りはたいしたもんだ」


 アイシャは不満そうに首をひねる。


「でも危ういやね。それがそそるのかもしれねえけど。ルチカちゃんはもっと、みっともない勝ちかたを狙うようにね~?」


「はあ」


 酒壺でガツガツと小突かれながら、ルチカはなんとなく返事をする。


「わかっているでしょうけど、チョウチョさんの殺気がすごいから、相手も早く観念できたのよ?」


 モニカに対してはルチカも素直にうなずく。


「下手にためらいを見せたら相手も抵抗を続けて、かえって大ケガをさせたり、殺すしかなくなったり……逆に殺されたりしますよね」

 

 ルチカは迎えに来た衛兵へ会釈して立ち上がる。


「今度はちゃんと殺します……いえ、今度も」



びょう使い『罠師わなしレーニャ』対、小剣使い『子猫のルチカ』!」


 暗い目のオカッパ頭にはルチカも見覚えがあった。

 下位のベテランでは最も中堅に近いとされるひとり。

 印象深かったのは、訓練場ではかなり短い棒で打ち合っていたこと。

 気がつくと物陰から誰かの訓練を見ていること。

 それが無表情な長い凝視であること。


 背は女性の平均でも少し高い程度で、剣闘士としてはやや低い。

 それほど筋肉をつけているようには見えないが、体力は相当ある。

 訓練場で打ち合いを延々と続けても無表情のまま、なかなか汗や息切れを見せなかった。

 試合場での武器は四本のびょうで、拳ほどの四角い木片に、同じ長さの鉄針が飛び出ている。

 モニカの鉄針に比べると振りにくそうで、投げにくそうだった。

 防具らしい防具はなく、丈の短い衣服で、右腕には薄い包帯。


 ルチカはこれまでに二試合を見ている。

 同じ下位のベテランが組み合っていると足元の鋲を踏み抜き、その隙に肩を刺され、殴り返した腹にも仕込まれていた鋲まで刺さり、勝負が決まった。

 もう一試合は『壊れたルドン』が開始直後に鋲を踏み抜き、それでも強引に追い詰めて殴りふせた。

 先月はケガが長引いて欠場。



 開始の鐘でレーニャは真後ろへ全力疾走をはじめる。

 アイシャから聞いていた『罠師』が多用する戦術だった。


『距離だけは空けるな。砂をひろったり、鋲をしこむ時間になる』


 かなりの俊足で、ルチカが足元に注意をしながら追いかけると、引き離されそうになる。

 レーニャは壁際で、背を向けたまま立ち止まった。

 ルチカはそのまま追い詰めるつもりだった。

 止まった背中は不気味だが、自分まで止まれば時間を与える。


『装備の改造は禁止されているが、試合開始後は別だ。普通はそんなヒマなんてねえけど、防具をはずして使うことはたまにある』


 アイシャは胸当てを振り回して殴りつけ『土竜のガズロ』に勝ったことがあるという。


『アタシより妙な手を思いつく選手なんてモニカの姐さんと、あの『罠師』くらいのもんだ』


 モニカはローブを脱いで目隠しに投げつけ『土竜のガズロ』に勝ったことがあるという。



 レーニャの両手は腰のあたりに見えていて、鋲を一本ずつ持っている。

 壁を使った奇襲を狙っているように思えた。

 それなら慎重に、小剣の長さを活かしたギリギリの間合いで……ルチカはそう考えたあとで、ふとアイシャの助言を思い出す。


『徹底して相手を研究する選手ですよね? わたしの読みやすい行動ってあります?』


『ありすぎるけど『罠師』の立場で目をつけそうなのは……シアンを意識しすぎていることか? 特に、直前の試合で思い切りのよさでも見せつけられたら、ギリギリの有利へ飛びつきそうだ』


 不意に、レーニャが背を向けて走っている間も『しこみ』は可能だった気もしてくる。

 その間も両腕の先は隠れて見えていなかった気がする。

 とっさに身を引く。


「みっともなく!」


 レーニャが振り向きざまに、鉄針を突き出していた。

 木の柄の底に鉄針を刺し、四個の鋲をつなげ、小剣よりも長い間合いでルチカの目を狙っていた。

 短い武器での訓練風景が、すでに布石の『罠』だった。

 小剣にかすり、目をわずかにそれて額を裂く。


「アイシャの意地悪な助言のおかげで助かった……!」


 ルチカは左拳で即席の連結武器を殴りつけ、ばらばらに壊し飛ばす。

 鋲はふたつが何歩か先へ飛び、ひとつが右の半歩先、最後のひとつは罠師が握ったまま。

 レーニャは壁際へ飛んだ一本へ向かって駆ける。

 ルチカも追いかけるが、レーニャは手に残っていた一本を投げつけてくる。

 ほとんどかわさないで受けたが、鋲はまともに飛んでない。台座の木片が頬に当たっただけで、傷はつかない。


 知ってるよ。

 驚いて横にかわせば、足元に落ちている一本を踏んでいたんだろ?


 レーニャは壁際の鋲をひろうと、いっしょにつかんでいた砂を投げつける。

 たいした量ではなかたっが、ルチカはその意味を考える。

 小剣がうなり、レーニャの持ちにくい鉄針では防戦一方になった。

 ルチカが慎重なこともあって致命打にはならないが、細かい傷が増えていく。

 客は勝負が決まったと見て、歓声から気が抜けはじめる。


 でも気がついてるよ。

 飛んでいった鋲のもう一本、足で移動させていたよね?


 砂地に引きずった跡が残っていた。

 レーニャとの間、ルチカのすぐ足元で鉄針を上にして光らせていた。


 踏み抜いて驚いた瞬間、首を刺して殺すつもりでしょ?

 期待したまま……死ね。


「降参」


 レーニャがつぶやくと同時に、鋲は捨てるまでもなく小剣ではじき飛ばされていた。



「『罠師レーニャ』の降参により、『子猫のルチカ』の捕獲勝利!」


 ルチカには会心の勝利だったが、賞賛の声は盛り上がらない。


「なんだよ、しけた客だな。わたしに賭けたやつがそんなに少なかったか?」


 毒づく自分が陰気にニタニタ笑っていることに気がついた。


「女子供の殺し合いを見世物にしているクソヘンタイどもが。なにを今さら引いてやがる。こっちだって興味があるのは賭け札の売り上げだけだっての」


 声援をもらえない憎まれ顔をいつからおぼえてしまったのか、よくわからない。

 レーニャは変わらず無表情に、ルチカをじっと見つめていた。


「足元の鋲がぜんぶ、見えていたの?」


「ひとりでたくさんの相手とケンカしていたから、まわりにある『使えそうなもの』の場所はおぼえているクセがあって」


 袋だたきにされてきた経験が、一対一の決闘場で役に立つことは意外だった。


「相性が悪そう」


 罠師はぽつりと言い残して立ち去る。



 客席へもどったルチカは得意顔で報告してしまう。


「それって、調子にのりやすい性格をくすぐる『罠の準備』じゃねえか?」


「というか、特技をばらすなんてアホか。『ばらまく以外の仕掛けならかかります』って教えてど~する?」


 コルノとアイシャの容赦ない指摘に落ちこむ。


「それと、あの……追加試合の依頼を伝えられたんですけど……」


「ま・さ・か、受けてねえよな~あ?」


「賞金の割り増しもあるし、日時も明日以降で……」


「チョウチョちゃんも受けていたから?」


「……はい……」


「アホ」


 言われるとは思ったが、受けなければシアンに顔向けできない気がした。

 アイシャたちには感謝しているし、尊敬もしているが、残った同期への気持ちはまた別だった。

 アイシャもそっけない顔で、それ以上は言わない。

 ただ横目で、プレタが暗くうつむいている姿を見ていた。


「プレタさん、相手は誰に決まったんですか?」


 ルチカが聞いても、誰も答えなかった。



戦鎚せんつい使い『くまのプレタ』対、鎌使い『屠殺人とさつにんリュノ』!」


 リュノは技量を上げていた。中堅プレタの重く堅実な攻めに耐え、ずいぶん粘ってから追い詰められた。


「いやっ、助け……」


 壁際で悲鳴をあげた時、鎌は持ったままだった。

 おびえた顔も見せていたが、プレタと目を合わせた一瞬、驚いたような真顔になる。


「降参……」


 言いなおして鎌を捨てたが、戦鎚は頭に突き刺さっていた。



「どうする?」


 アイシャが立ち、ルチカも続く。

 通路の途中で、数人の衛兵を連れて歩くプレタが見えた。

 肩には亡き骸をかついでいる。


「わざわざ墓を買って埋めてやるまでが、熊公なりのしきたりだ」


 プレタは無言無表情でうつむいたまま、アイシャの前で立ち止まる。


「ご苦労さん。上々だ……やっぱり、ああするしかなかった」


 リュノがどんなことをしても、必ず殺す……プレタはそう決めていなければ、おびえた演技にとまどい、逆に殺されていた可能性が高い。


「バカ丁寧にきれいな一撃だ。少しも苦しまなかっただろ」


 アイシャは自分より大柄な子分の頭を抱き寄せるようになでまわす。

 プレタはゆっくりうなずき、ふたたび歩きだす。

 虚ろで暗い……『処刑人』にして『死刑囚』の目をしていた。

 ルチカとのすれ違いに、無言で鎌を渡す。

 リュノの頭は布で厚く巻かれ、顔は見えなかったが、布の下半分は真っ赤に染まり、プレタの背中まで濡らしていた。



「熊公にもう少し腕か度胸があれば、生かしておくこともできただろうが……いまだに殺したあとは、何日もふさぎこむようなやつだ。あれくらい徹底しなけりゃ、やつの命取りになる」


 格下のリュノは卑怯を活かして当然。

 プレタも小心という弱点を補うため、非情になっただけ。


『アタシら、殺し合いやってんですよ?』


 さよならリュノ。運がなかったね。




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