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第四話 咲き競い 十二 成熟未成熟


 新人で四連勝を遂げたシアンの追加試合が決まり、翌日までの話題となった。


「拳刃使い『土竜もぐらのガズロ』対、小剣使い『銀胡蝶ぎんこちょうシアン』!」


 歓声が大きく、審判女もがなり声を張り上げる。


「なお、シアンには『鐘三回』の調整を与える!」



 最終日となる三日目。

 ルチカは客の騒ぎを聞きながら、自分が与えてしまった四勝目の大きさに複雑な思いだった。


「四戦の勝ち越しで上位陣をぶつけるってことは、引退試合か?」


「新人ふたりと下位ふたりに勝った賞金だけじゃ、限度いっぱい返済にあてても足りないだろ?」


「借り入れが最低額で全員に捕獲勝利だから、ギリギリ届くらしい」


「それだと解放されても、残る金なんてたいして……まあ、商売をはじめるには十分か」


「まじめそうだから、衛兵や教官に勧誘されているだろ?」


「まさか。あの見た目なら、諸侯がもう引き抜き争いをしているさ」


 シアンの最終関門となる『土竜のガズロ』は男なみの長身で、たくましい肉体は均整もとれている。

 褐色の肌、波打つ髪は白に近いベージュ、はっきりとした目鼻だち、落ち着いた表情、貫禄のある立ち姿。

 無派閥でも格づけ八位の実力者で、貴賓席に近い後部席の代表格だった。

 ルチカが今までに見た二試合は中堅と下位ベテランが相手で、危なげも派手さもなく勝利している。

 装備は標準に近い。胴鎧の代わりに鱗状の胸当て、右の小手に固定された剣。

 刃の届く長さは標準の小剣と変わらないが、手の平に近い幅がある。

 長身を低く沈めて、刃を地面近くまで下ろしながら俊敏に動いていた。

 しかし二戦とも、砂を掘ることなく勝負を決めている。


「目つぶしを警戒させながら、地力の差で堅実に押す戦いかたですよね? シアンに勝ち目があるとしたら……」


「ないね。ありゃアタシより強い」


「……ここにはチャンピオンより強い選手が何人いるんですか?」


「片手で足りるかね~え?」


 ルチカが呆れてもアイシャは笑い、モニカも苦笑する。


「アイシャちゃんは謙遜しすぎよう。でもまあ、ガズロどのは凄腕の傭兵隊長だから、野戦で見かけたら逃げの一手よね~?」


「すると、野戦では考えられないような奇襲をしかければ可能性も?」


 ルチカはまじめに可能性を探すが、アイシャはからかってなでくり、モニカまで加わる。


「ちょっと頭のまわる新人ちゃんの工夫くらいじゃ、もう無理だろね~」


「私とアイシャちゃんでカモにしすぎたから、そのへんも鍛えられちゃって。最近ちょっと、やりづらいのよねえ?」



 開始の鐘で、シアンは砂を蹴り上げる。

 ガズロに動揺はない。低い姿勢でかわしつつ、砂を削り上げる。

 シアンもまた冷静に、態勢を整えてかわしていた。

 シアンの蹴った砂はガズロの頭の高さにも届いていない。はじめから当てる気のない牽制……それほど慎重だったにも関わらず、すぐに押しこまれた。

 足さばきでは負けていないが、打ち合いは防ぐいっぽうで、いつもの鋭さがない。

 ルチカは打ち合う音の重さに気がつく。

 訓練場にいる大柄で筋肉質な女教官『灼熱のヒルダ』に本気で打たれると、手がしびれてろくに動かせなかったことを思い出す。


 つばで受けても押さえきれなかった斬撃で、シアンの腕に浅い傷が走る。

 次の瞬間には褐色の左拳が襲いかかり、守った腕ごと頭をはじかれていた。

 かろうじて踏みとどまり、逃げまわるが、あきらかに消耗している。

 そこでようやく開始から『一回目』の鐘が鳴る。


「チョウチョちゃんの足さばきはたいしたもんだ。しかし相手は下位の『毒蛾』とはわけが違う。腕力も体力もあるし、組んでも強い。なにより慎重で隙がない」


「やっぱり勝てるかどうかより、うまく負けられるか?」


 ルチカもアイシャの言うことはわかるが、納得したくなかった。


「そうゆうこと。あのモグラ女も、この試合に限っては『捕獲』にこだわってくれない。シロウト新人だろうが、度胸があって機転もきく相手なら、油断が命取りになることをよ~く知っている」


 ガズロは腕の長さを活かした間合いでじわじわと削り続けた。

 地味で一方的な展開に、客の一部は罵声を上げはじめる。

 シアンの目は死んでいない。

 何度も斬られながら、致命傷だけは避け、じっと相手をにらんでいる。


 ルチカはガズロの立場で考えてみる。

 ……殺すしかない。

 技術や体格で大きく有利でも、シアンなら致命的な一撃をいつ、どこから狙ってくるかわからない。

 銀髪が不意に身をかがめた一瞬、ルチカはまたひとり、同期を失う感触を味わう。

 しかしシアンは跳ぶことなく、ガズロの一撃をただ防ぐ。

 ガズロはかまえたまま手を止めた。

 シアンは小剣を捨て、ゆっくり両手を上げる。 


「降参する」


 決着がつくと、どちらにも歓声が送られた。


「へえ……ルチカ、チョウチョちゃんになにか吹きこんだ? というかおまえら、隠れてどこまでヤってる仲?」


「ちょっと確認してきます」


 ルチカは『鋼鉄のラカテラ』が動かないことを確認してから立つ。

 試合場のシアンはガズロになにかを話しかけられていた。


「珍しくサマになる勝ちかたをできたから調子こいて『最後に跳べば命を落としていた』とか褒めて大物ぶってんだろ」



 ルチカが内部通路へ降りると、衛兵が案内してくれた。


「おまえ、シアンとも仲がよかったのか?」


「さあ? 会ってくれるかはわからないけど」


 控え室の前には、さらに大きな待ち合わせ部屋がある。両方の扉に複数の守衛がいた。

 衛兵はルチカの顔を見ると、奥の守衛へ声をかける。

 奥の守衛は控え室の中へ声をかけ、間もなく手ぶりで入るように示す。


「シアンともそういう仲だったのか?」


 ルチカは苦笑いで会釈だけ返し、扉が開けられると中へ入った。

 シアンは壁沿いに彫られた長椅子にもたれ、思ったよりも重傷に見える。


「担架を呼ぶ。何日かは動くんじゃないよ。すぐに死ぬことはない傷だが、浅くはないし、数も多い。腐ったらやっかいだ」


 医者の老婆がブツクサ言いながら肩や腕の大きな斬り傷を布で巻き止め、細かい傷は助手の若い女が酒で洗っている。

 あちこちのあざはまだ湿布をあてる前で、顔も痛々しく腫れていた。眼の鋭さは変わっていない。

 ルチカは視線を向けられてもなにを言っていいのかわからず、シアンも目を伏せる。


「ルチカ……あなたの言ったことが頭をよぎって、体が固まった」


「余計なことを言ったかな?」


 老婆と助手は慣れた様子で、会話にはいっさいかまわずに治療だけ続ける。


「ガズロには『戦って死ぬより勇敢な降参もある』と言われた」


「そう……」


「それに『最後に跳べば命を落としていた』とも」


「そ、そう……」


「あなたの言葉で…………生きのびられた」


 シアンは悔し涙を浮かべ、自分の膝へ血がにじむほど爪をたてる。

 老婆は新しくできた傷をめんどうそうに見下ろす。


「これから先も、どれだけ不様な負けでも受け入れる……それで強くなれるなら。弱いまま死ぬ不様だけは、自分に許せないから」


 ルチカはシアンに手を重ねる。


「生き残って、いっしょに強くなろう? いっしょに……上位陣にも勝てるバケモノになるの」



 新人たちにとって三回目の競技祭が終わる。

 ルチカは初勝利をあげたが、ドルジェとコーナの牢は空室になった。

 ルチカは訓練にのめりこみながら、なぜか笑顔になっている自分に気がつく。


 数日してベフィとシアンが訓練場へ顔を出すようになり、三人で互いに激しい打ち合い稽古をするようになっていた。誰ともなくはじまった。

 休んでいたふたりのあせりが伝わってくる。

 追いつこうとするふたりの気迫を感じる。

 そしてなぜか、ふたりからたたきこまれる痛みは心地よかった。 


 それでもシアンとはほとんど言葉を交わさない。

 飢饉で逃げてきたそうだが、それ以上のことは決して誰にも話そうとしない。


「聞かないでやれよ。飢饉ってのは、親子で喰い合うだの、それよりひどいことだの、ざらに起きるもんだ」


 そっけなく言った『いたちのコルノ』の冷めた目は、どこかシアンに似ていた。


 ベフィとは牢にもどってからも会い、訓練場では見せない『隠し芸』となる組み技、蹴り技を研究し合った。


 鎌使いのリュノは同じ教官を相手に、訓練場の隅でもくもくと基本の打ち合いをしていた。

 それが信条であるかのように徹底して目立とうとしないが、腕は着実に上がっている。

 打ち返しは少ないが、堅実で無駄がない。

 ルチカはもう話しかける気にはなれないが、今は少しだけ敬意を払っている。

 中堅のプレタにも警戒される非情さは、この闘技場で生き残るためには有用な才能だった。

 また誰かがだまされようと、身内でなければ放っておくだろう。


 ルチカに負けたリーシーンだけ、半月が過ぎるまで姿を見せなかった。

 ようやく訓練場に現れた姿はやせ細り、目も虚ろで定まらない。


「たるんじまう……鍛えないと……」


 頭のケガの具合がよくないとは聞いていた。

 しかし痛みに耐えながらの動きにしてもひどい。

 相手の教官は怒鳴り続けるが、呆然と見ていたり、まるで見当ちがいの空振りをしたり、武器を取り落としても気がつかないことまである。

 追い出されるように牢へ帰る日が続いた。


 ルチカも経験から、頭を強打されると目がまわったり、まともに考えられなくなることは知っている。それが長引いているようだった。

 試合ではルチカが何度も鎖を頭へ打ちこんだ。

 一回はリーシーンが不意に無防備となって、後頭部へ直撃した。

 柔らかいものに当たったような、嫌な感触をルチカはおぼえている。



 リーシーンがまた昼前に訓練場を追い出され、その晩には通路途中で座りこんでいる姿を見かけた。


「だいじょうぶ? 担架を呼ぶ?」


 ルチカは手をのばしたが、はねのけられた。


「アタシはケンカ屋なんだ。これくらい……アンタだれ?」


 衛兵は遠巻きに様子を見ている。

 その向うから『ささやくモニカ』が現れ、ルチカへ手招きする。

 静かにほほえんでいたが、目は真剣だった。

 ルチカが近づくと、子猫をあやすように黒髪をなでられる。


「人を殺したことは?」


「ま、まだ……コーナは見殺しにしたようなものだけど……リーシーンの傷は悪くなっているんですか?」


 アイシャがたまに『腐れ巫女』とも呼ぶモニカは不思議と物知りで、その予言はよくあたる。


「頭の傷は診立てが難しいの。でも食事をもどすくり返しがひどくなっているから、治らないと思ったほうがよさそうねえ? もういつ倒れても、おかしくなさそう」


 そうささやくと、ルチカのほうから離れるまでは黒髪に優しく手をそえていた。



 翌日の夜明け前、ルチカは清掃の音で目がさめた。

 リーシーンが通路で失禁し、着替えもしないで訓練場へ向かったという。

 訓練場に出てすぐの地面で這いずっていた。


「なんで牢なんかに入れやがる……アタシなにも悪いことしてない……」


 衛兵は手ぶりで関わらないように示すが、ルチカは助け起こそうとする。


「寝てないと。頭の傷が悪くなっているんだよ」


「リーシャ……? なんでそんな、急に大きく……元気なの? お金は届いた?」


 すがりついてきた腕が、試合で自分を組み敷いたとは思えない弱々しさだった。


「ち、ちがう。わたしは……」


「髪まで真っ黒になっちまって……ろくなもん食ってないんだね。母さん、すぐに帰るから……」


 医者の老婆が衛兵と現れ、わめくリーシーンを担架へ縛りつける。


「なにすんだ!? ちくしょう! リーシャ!? 行かないで! アタシの娘だ!」


 ルチカは震えて立ちつくすしかできなかった。



 リーシーンはその日の昼前に亡くなる。

 衛兵は亡くなったことだけをルチカに伝えたあと、迷いながら、鎖つきの棒を差し出す。


「どうする? これはさすがに……」


 ルチカは受け取り、虚ろな目で抱きしめた。


 ここは自分が望んだ楽園。自分で選んだ故郷。処刑場……地獄。

 これは本当に自分が望んだ勝利?

 母さんは自分とふたりきりの時にはささやいてくれた。

 父さんが人殺しでも、娘を守るためだったから、誇りに思っていると。

 リーシーン、あなたはわたしをどう思う?


『勝ったやつは堂々としてりゃいいんだ。負けたやつはつぶされて当り前』




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