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第四話 咲き競い 八 向き不向き


 ルチカたち十二人の新人が入ってから、二回目の競技祭が終わる。

銀胡蝶ぎんこちょうシアン』の三連勝はベテランふたりを含む快挙で、一番の注目株になった。

薮蚊やぶかのドルジェ』『くじらのコーナ』『水牛リーシーン』『屠殺人とさつにんリュノ』の四人は一勝一敗で並んでいる。

『ネズミのベフィ』は二連敗の上に重傷を負い、来月も不戦敗になる可能性が高い。

『子猫のルチカ』も二連敗だが、大きなケガはない。


 寝台のベフィはルチカから結果を聞きながら、呆然としていた。


「負けばかり続くと見せしめに『つぶし屋』と試合を組まされたりするのかな……?」


 いっしょにベフィの牢まで見舞いに来ていたプレタとコルノは首をふる。


「ねえってそんなの」


「つぶし屋みたいなやつは何人かいるけど、ただの負けこみにわざわざぶつけはしない」


 ルチカはほっと肩をなでおろす。


「新人が何度も負け続けて生きていられたら、むしろ珍しくてめでたいくらいだ」


 ルチカは眉をひそめ、指折り数えてみる。


『カゲロウのギルマ』は初戦前に『壊れたルドン』による事故死。

『つむじ風のコムリバ』は初戦にて『始末屋ボリス』に敗死。

『一角獣ベレンガリア』は二戦目にて『雨女ネクタ』に敗死。

『カワウソのミュラ』は初戦前の訓練中に事故死。

かしの木フロッタ』は初戦にて『泣き虫テルミン』に敗死。


「五人も……たった二ヶ月で半分近く……」


 ルチカは驚くが、コルノとプレタは表情を変えない。


「そりゃそうだ。だいたいで数ヶ月ごとに数人くらいの新人が入って……今回は多かったが……それでも全体では、いつだって数十人のまま。つまりまあ、そういうことだ」


「でも今期の新人はさすがに急ぎすぎだろ? いったい、なにを競ってんだか……マリネラさんも困っているらしいぜ?」


 横たわるベフィが弱々しく泣きはじめ、がさつな見舞い客たちは退散をはじめる。


「とりあえず、医者のばあさんの言うことだけは守れよ。そうしなかったやつから次々くたばるっていうくらいの名医だ」


「手当てをされたなら、半分以上は助かるってよ」



 訓練ばかりの一日は長いが、処刑を待つ一ヶ月は短い。

 走って足腰を鍛え、素振りで腕を鍛え、木剣で教官と打ち合う。


「たった一年だ! どんなシロウトでもこの剣闘場で十戦もてば『ベテラン』と呼ばれ、歴戦の傭兵と同じ『人殺し職人』として恐れられる! それだけの経験をする! そのための準備を怠って、生きのびられると思うな!」


 毎日の基礎鍛錬だけでも半日がつぶれた。

 新しい太刀筋、様々な体勢や状況からの対応をいくつか身につけると、数日が過ぎている。

 学ぶべき技術は無数にあった。

 ルチカは砂を素手でかき集める思いで、強豪選手たちが山のように積み上げた技量へ立ち向かおうとしている。


「体格もないくせに、入ってから鍛えようなんて考えがもう、首吊りと変わんねえだろ? がんばらないで、くたばっとけ」


 ルチカから一勝を奪った『薮蚊のドルジェ』は二戦目で負けたが、上位選手を相手に『鐘三回』を達成して善戦し、シアンに次ぐ賭け札の売れ行きだった。

 見かけたルチカをからかう日課は欠かさない。


「たしかに甘すぎたけど……くたばる前にがんばるのはわたしの勝手」


「オレよりはマシな顔なんだし、股っぴらきを本業にしたらどうよ? アイシャ様のお手つきってふれこみなら、貧相な体でも客がつくんじゃねーの?」


 ドルジェは異名どおりにやせこけ、全身が筋張っている。

 後ろ髪はぞんざいに切りつめ、たらした前髪の下、いつでもよどんだタレ目をニヤつかせていた。


「アイシャさんは酔っぱらうと見さかいないから『お手つき』になりたいなら勝手にされてきたら? ……最近、あまり顔を出さないのはなんで?」


「アホか。おまえみたいにアイシャとベタベタつるんでいたら、ルドンたちに目をつけられるじゃねえか。下位選手のほとんどがそこそこ距離とってることに気がつけっての」


「へこへこしていろいろ聞いてたくせに」


「当たり前だろが。アイシャからは聞きたいことだけ聞いたら距離をとって、そのど~でもいい舎弟をこまめにいじめているからこそ、オレはルドンの仲間からも話を聞けるんだっての。てめーこそ、アイシャおねーさまから教えてもらってばかりのダニじゃねえか」


「わたしは中堅になったら……」


「ぶはあ!? 十戦を生き延びて『ベテラン』になれるだけでも、数人にひとりだぜ!? 格づけもない新人相手に二連敗のおまえが!? 勝率五割超えの『中堅』に!? いくらなんでもプレタやコルノを甘く見すぎで失敬だろーがよお!? げひゃひゃひゃひゃひゃ!」


「とりあえずの目標は、あんたを刺すことだけどね」


「うひゃっひゃっひゃ!」


 ドルジェは馬鹿笑いしながら去り、ルチカはしらけた顔で見送る。

 そこへ大柄な『水牛リーシーン』も通りかかるが、距離も態度もあいまいだった。


「おまえ、よくあんなのと仲良くできるな?」


「仲良く……そんな風に見えるんだ?」


 ルチカはそっけなく答え、目も合わせないで立ち去る。

 リーシーンはベフィが降参したあとに鎖で打ち、重傷を負わせていた。

 ドルジェと同じく無派閥で様子を見ているらしいが、仲間へ引き入れる気にはなれない。



 ルチカが自分から頻繁に見に行くのは『銀胡蝶シアン』の訓練だった。

 ほとんど同じ体格と経験の同期で、人気は天地の開きになっている。

 シアンも時おり気がついて、わずかに視線を向けるが、互いに声は一切かけない。


 鎌使いの『屠殺人リュノ』にはルチカから話しかけて、様子を探ろうとしてみた。


「なんで草を刈る道具で『屠殺人』なんだろね……」


「さあ」


 リュノは丸っこい顔と体格で目鼻は小さく、いつでものっぺりと無表情だった。


「山暮らしだったんだ? プレタさんも家できこりの手伝いをしていて、お父さんが死んだから里に下りたとか……」


「はあ」


「コルノさんは漁村の出身なのに、海賊のアイシャさんと仲がいいとか、変だよね」


「はあ」


 ルチカも話し上手ではなく、リュノが無愛想という以上の特徴はつかめないでいた。

 最初の競技祭では練習中のケガによる不戦敗で、次の初戦は投剣使いの『悲しきルクレレ』に勝利したが、ほとんど相手の自滅だった。

 成績でも技能でも人間関係でも、とかく目立たない。

 アイシャがプレタに『つぶせ』と指示した理由がわからなかった。

 しかしルチカは自分の牢へ帰る途中で、プレタから声をかけられる。


「あいつは危険だ。アイシャさんやコルノならカモにできるだろうけど……おまえは迷わず殺せ。オレもそうする。絶対に『捕獲』は考えるな。だからあまり、関わらないほうがいい」


 普段は温厚なプレタに真顔でささやかれ、ルチカは黙ってうなずくしかなかった。



 リュノとは逆に『鯨のコーナ』はわざわざルチカを探し、話しかけてくるようになった。


「なあ、チャンピオンはオレのあみの対策とか改良とか、なにか言ってなかったか?」


 ルチカはドルジェのからかいであれば軽く流せるようになっていたが、コーナと話しているとウンザリした表情になる。


「なんだよ、聞いておいて知らせに来るくらいの気はきかせろよ。命を助けてやったのに、それくらいもめんどうくさがる恩知らずか? オレが一発ぶん殴るだけで済ませてやったから、次も万全の体調で出場できるんじゃねえか」


 コーナは前回、ルチカに文字どおりの『捕獲』で勝利している。


「何十回もぶん殴って、両腕もへし折ってから降参を認めたって『捕獲』になるんだぜ? わかってんのか? こういうところで恨みを買ったら、取り返しのつかない後悔するぜ?」


 ルチカはアイシャから『試合場で斬りつけながら説得するのが一番だ。それまでは腰抜けのふりをがんばって油断を誘え』という助言はもらっていたが、コーナの得意げな厚かましさには疲れた。



 競技祭が近づくと、一部の選手は試合時間や組み合わせの通達を受ける。

 訓練場に出る剣闘士は減り、出てきても見学や、小声での話し合いが多くなった。

 ルチカは前日になって『初日の午前』と聞いただけで、相手はわからない。

 訓練場に出ても空いている教官のいない時間ができ、武器倉庫へ向かう。


「おまえも網の貸し出しか? いろんなやつが試したがるから、注文が間に合わねえよ」


 倉庫番の衛兵が指した入口近くの壁に、人間用の投網がふたつあり、片方はボロボロに汚れていた。


「持ち出して振り回すなら汚いほうな」


 網を手にした時、ドルジェもいることに気がつく。


「お、練習バカ。網って……『鯨』は夜明けの第一戦だろ? 鎌使いの丸いやつと」


「リュノがコーナと……」


 ドルジェが見ていた長い棒には切れこみがあり、先に棘輪がついた『雨女』の武器だった。


「その人と決まったの?」


「もう少し賞金がいいやつとやりたかったけどな。ベレンガリアを超える期待がかかっているならしかたねえ……衛兵さん、やっぱ持ち出しはいいわ。だいたいわかった」


 ドルジェが武器を返し、ルチカも持っただけの網をもどす。


「雨ごいのおまじないをしておくけど、死なないでよ。わたしがとどめを刺したいから」


「なにおまえ、そんなにオレに熱あげてんの?」


「ズタボロに負けた泣き顔を見たら、もっと好きになれそう」


 陰気なニタニタを競いながら少し早い食事へ向かい、妙な光景を見かける。

 人気のない通路で『鯨のコーナ』が得意げにうなずき、小声で話していた。


「どうやって?」


「すぐ捨てるけど、かまわずめ落として……」


 話し相手はルチカたちに気がついて去ったが、栗色髪の丸い体型は『屠殺人リュノ』で、コーナの明日の対戦相手だった。

 太腿へ巻いた包帯に血が大きくにじんでいる。


「よおルチカ! おまえは組み合わせ決まったか?」


 コーナは明るく笑って見せる。


「まだ……」


 ルチカはリュノに関する警告を思い出すが、コーナへ伝えるべきか迷った。

 なぜ、どのように『危険』かもわからないし、そこまで気づかう義理もないように感じる。


「そういえば、アイシャさんに網のことを聞きたいなら……」


「それはとりあえずいいや! 明日はなんとかなりそうだし!」


 コーナは手をふり、大またに立ち去る。



「あいつバカだろ。八百長を予告してるようなもんだ」


 ドルジェがあきれたようにつぶやく。


「『すぐ捨てるけど、かまわず絞め落として』ってなんだろ?」


「そんなこと言ってたのか? へえ……ああオレ、昔やられた片耳、うまく聞こえねえんだ」


「拳闘場で?」


「ガキのころにひきとられたクズ親戚の家。山賊まがいの橋番で、叔父も従兄弟もヒマになると殴りながら犯しやがるから、ずいぶん鍛えられた」


「へえ……」


 軽い自慢話のように聞かされ、ルチカは興味がないふりをしてごまかす。 


「礼がわりに谷底へ落としてから拳闘場な……おい、わかっているだろうが、リュノのことは誰にも言うなよ?」


 ドルジェがわざわざ念を押した意味をルチカは理解していなかった。



 新人には三回目となる競技祭の初日、第一試合。

 まだ水平線に近い朝日の中で『鯨のコーナ』は首をかき切られて死んだ。


 試合開始の直後、コーナは突撃して網を振るい、リュノの片腕にひっかけた。

 力まかせにたぐりよせて『不用意に』両手を首にかけたところで、鎌が振られた。


「新人だから、あせったんだ」


「体格におごって、組み技をろくに鍛えてなかったか」


 観客たちはそんな評価を下し、しらけた顔をしていた。

 ルチカはドルジェを客席から屋内通路へ連れ出す。


「うまくやったよなあ? リュノのやつは『殴られたくないから絞め落とせ』みたいに言いやがったんだろうけど……バカ鯨のやつ、リュノが武器を『捨てる』と信じてやがった!」


「あんた、こうなるとわかっていて……?」


「はあ? おまえまさか、わかってなかったの!? うぜえ網使いが消えてバンザイじゃねえか。あんなアホな手が通じると知っていたら、オレだってやるさ!」


 リュノが通路をもどってくる。


「よう、おつかれさん。その足の包帯も、ケガしているふりか?」


「はあ?」


 リュノはドルジェをちらと見るだけで通り過ぎようとする。

 ルチカは思わず、リュノの肩をつかんでいた。


「なんすか? 脚だったら、すり傷ありますけど……」


 のっぺりと変わらない無表情。


「それを大ケガに思わせたわけか。な? ルチカちゃん、こういうのがここでの『まじめな努力』ってやつなんだから、教えを乞うなら腰低く……」


 ドルジェはニヤつくが、リュノはルチカの手を払って立ち去ろうとする。


「すんません」


 しかしルチカはなおも腕をつかんだ。


「なんでそこまでして……コーナになにかされたの?」


 のっぺりと変わらない無表情が、かすかに眉をひそめた。


「……アタシら、殺し合いやってんですよ?」


「あい、ごもっとも。おいルチカ……場外でやらかす罰金の厳しさくらい、知ってるよな?」


 ドルジェが一歩、離れていた。

 いつの間にか、通路の両側から衛兵が迫っていた。


「そう……だね。ごめん。ちょっと試合前で、いらついていた」


 リュノは立ち去る前に衛兵へ首をふって『問題はなかった』と示し、ルチカは注意されるだけで済む。



 結果としてリュノへ加担し、コーナを見殺しにした気まずさがルチカに残った。


「コーナがもうほんの少し、人の気持ちも考えてくれていたら……」


 傷の少ない『捕獲』に恩を感じて、なにかしら警告できた気もする。

 そうすればコーナは少しでもリュノを疑って、助かったかもしれない。

 しかしこの一ヶ月でルチカにとってのコーナは顔を見るだけでもうんざりする『自分をぶちのめして調子づいているやつ』にしか思えなくなっていた。

 コーナにはいろいろ話しかけられたが、邪魔だったという以外の記憶がほとんどない。


『こういうところで恨みを買ったら、取り返しのつかない後悔するぜ?』




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