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第四話 咲き競い 五 運不運


 格づけ一位のチャンピオン『酔っぱらいのアイシャ』

 上位陣では二位『ささやくモニカ』と七位『幸運なるダッキー』

 中堅では十五位前後の『くまのプレタ』と『いたちのコルノ』

 その五人がルチカの知るアイシャ派閥の主だった面々だった。


「でもまあ、アタシはわりと手広く仲良くやってるけどな? 話の通じねえやつとか、話しちゃまずいやつは放っているが」


 勝ち星の融通まではしなくても、アイシャが情報交換や雑談をする選手は多く、中には『鋼鉄のラカテラ』の派閥にいる者も含まれる。


「あの筋肉バカとは別に仲悪いわけじゃねーから。あいつは傭兵団を作ろうとしていて、その参加者を集めているだけな」


『八つ裂きミランダ』は元暗殺者の古株選手で、いちおうはラカテラの仲間。

『猛牛ザハン』は古参ではなく年も若いが、巨体・技巧・度胸とそろった有望株で、いちおうは無派閥。

 ふたりとも九位前後の上位陣で、アイシャのすぐ後ろに黙って座っていることが多い。


 アイシャ派閥へ顔を出す新人は『子猫のルチカ』『ネズミのベフィ』『薮蚊やぶかのドルジェ』のほかにも増えている。

 そのひとりが長棒使い『一角獣ベレンガリア』だった。

 初戦で『くじらのコーナ』から堅実な勝利をおさめ、新人では最も賭け札が売れている。


「次は『雨女ネクタ』という人と組むらしいんですけど、なにか気をつけたほうがいいことってありますか?」


「うるせー。いいからおまえはいっぺん負けて、かわいげを見せてから出直しやがれ」


「あらん、アイシャちゃん、新人さんにそんな言いかたはかわいそうよ~。ね、私いい情報あるから、勝ち星ひとつで買わな~い?」


 ルチカはいまだに、格づけ最上位のアイシャとモニカへ敬意らしきものを保つことが難しい。


「勝てる時には勝てる。勝てない時には勝てないな」


「勝てない時に死なないことが大事だな」


 まだしも良識のありそうな中堅のプレタとコルノも、時として苛烈な小心狭量を垣間見せた。


「ありがとうございます……少し投げやりにも聞こえますが」


 模範的な有望新人はおおらかな苦笑で受け流す。

 残る上位陣のダッキーまでベレンガリアの胸を人差し指でいじくりまわし、厚いくちびるをとがらせる。


「ほらベレちん、そーゆーところがダメなの~お。そこはウソでも涙ながらに感謝するところでしょ~お?」


 ルチカにとってアイシャ派閥から学べることは多く、楽しい気もする。

 しかし日ごとに先行きが不安にもなる居場所だった。



 衛兵たちが迎えに現れ、ベレンガリアが立ち上がる。


「おいベレ公、ちゃんと手加減してやれよ? 相手のネクタちゃんはいたいけなシロウト娘さんだからな。モッサリした感じの」


 アイシャは酒をすすめるが、ベレンガリアは丁重に辞退する。


「とても手を抜くわけには……五戦で三勝、一期前の新人では最高の成績と聞きましたよ?」


「ただのまぐれって噂も聞いてんだろ? 妙な『天の力』なんてのも……」


 アイシャはいつの間にか曇っていた空を見上げ、驚いたようにモニカと顔を見合わせる。


「ベレちゃんお待ち。『雨女』が勝った三試合はね、どれも雨が降っていたの」


「その内の二試合は大降りになって、格上がふたりとも死んでいる」


 モニカとアイシャが真顔になり、ベレンガリアは驚く。


「怖いですね。どうしようもない運命なら、笑って流すしかなさそうですが……なにか対策はありませんか?」


「おあいにく、偶然にしか見えない勝ちかたなのよ~」モニカ。


「理屈はともかく、少し余計に気をつけろ。そんで対策を見つけてこい」アイシャ。


「ここは涙ながらに感謝するところですかね?」有望新人。


「カモにも手駒にもならねえ内から死なれちゃ困るんだよ!」現役チャンピオン。



刺又さすまた使い『雨女ネクタ』対、長棒使い『一角獣ベレンガリア』!」


 アイシャは暗さを増す雲を見上げる。


「この島じゃ、雨はあまり降らねえ。降っても長くは続かねえ。雨天の試合だけでも珍しいのに……さすがに天気ばかりは、イカサマでしこみようがねえしな~?」


 小雨がぱらつきはじめた時、打ち合わせたかのように入ってくる選手がいた。

 剣闘士としては小柄で、背は女性の平均ほどしかない。

 暗い色の髪はまっすぐに長い。

 おとなしそうな顔はこわばって緊張している。

 裾の長い庶民着のローブだけで、防具らしき装備はない。

 手にした棒は身長に近い長さで、先についた輪の一端は首が入る程度に開き、内向きに針がいくつも出ていた。


「体格を武器で補う戦いかたですか……ん?」


 ルチカは棒に切れ目がいくつか入っていることに気がつく。


「折れやすくしてあるんだよ。あの長さだからな。突く時にはそれほど影響しないが、たたいたり受けたりは厳しい」


「よくもまあ、ろくでもない工夫を次々と……」


 ルチカの口をプレタがあわててふさぐ。

 貴賓席にいる小さな女が、仮面のような笑顔で視線だけ向けていた。


「ベレ公なら見てすぐ気がつくだろうが、まぐれ勝ちしやすい武器ではある。突きだけならべらぼうに有利な長さだし、とにかく輪へ首をつっこめば、相手は降参するしかない」


 アイシャは解説しながらも納得いかない顔で、モニカもうなずきながら首をひねる。


「あと、さらったばかりの村娘みたいな見てくれも気が抜けるわよねえ?」


「実際、動きはシロウトなんだよなあ? 一戦ごとにマシになっちゃいるが、いかにも『才能はないけどがんばりました』って感じの……」



 ベレンガリアはすでに入場している。

 小手とすね当ては銀色。頭飾りは異名を演出した一本角がついている。

 胴鎧がない代わり、棒にいくらか長さが足されていた。

 対戦相手を見てとまどい、次に武器をながめまわし、顔をひきしめてほほえむ。


「おてやわらかに」


 ネクタもにらみ返すが、顔は青ざめ、震えていた。


「か、勝ちます! まぐれでもなんでも、活かせるものは活かして!」


 雨が強まる中、開始の鐘が打ち鳴らされる。

 ベレンガリアはゆっくり近づく。

 網使いと戦った時のような激しい動きではなく、棒の振りを抑え、探るように細かく動かしていた。

 ネクタは変化のある棒さばきを次々と見せるが、攻めきれないでいる。


「折れる棒の不利が目立っている……あの裏返った声の宣戦布告で警戒をゆるめないあたりも、さすが優等生」


 アイシャは軽口をたたきながら、目は真剣に『雨女』を追っていた。


「どうして雨で変わるのかしらねえ……? 塗料とかどうかしら? あとあのだぼついた服……」


 モニカの目も鋭い。


「なるほど。ただでさえ地面の感触が変わるのに、あのお嬢ちゃんの握りがすべって、服の重さであせりも加わって、動きが大胆になれば……」


 ベレンガリアは執拗に守りを固め、打ちこませていた。


「馬ヅラのヤロー、余裕を残してやがる。それでも間合いをあんなにとったまま……?」


「予想外の動きをされてもいいようにでしょ? 徹底しているわねえ」


 ネクタの息がきれ、動きが粗くなり、壁際までじわじわと追いつめられていく。


「たしかに『雨女』の勝ちは、とっさに突き出して『なぜか』当たったのが二回、かまえていたら『勝手に刺さった』のが一回。シロウトの意外な動きと、手足のすべりまで含めて警戒すれば……えらい手間だが、中堅以上なら負ける理由がねえ」


「なんの変哲もないけど、模範解答かしら? 一杯おごってあげなくちゃねえ?」


「お、しかけるか? もう『雨女』の武器が完全に死ぬ間合いだ」


 酔っぱらいのふたりがようやく表情をやわらげる。

 ネクタが壁に追いつめられ、ベレンガリアは自分の棒が届くギリギリの間合いに入る。

 ネクタの武器のほうが長く、壁が邪魔で突きの動きは制限される。

 しかもたたいたり受けたりすれば折れやすい。


「完全に……?」


 モニカがかすかに首をかしげる。



 ついにネクタの武器がへし折られた。

 折れた一方がベレンガリアの顔に飛ぶが、目の前を横切るだけ。

 しかもベレンガリアは徹底して慎重に、いったんは距離をとっていた。 

 ルチカにはそう見えたが、ベレンガリアの顔は驚き、ゆがんでいた。


「あ……!? こうさ……ん!」


 胴鎧の無い脇腹に、針の輪がはまっている。

 背中に二本の針が刺さり、血がにじんでいた。


「折れて間合いが変わったか……!?」


 アイシャが酒の手を止める。


「……だがネクタの崩れた姿勢じゃ、輪はひっかけただけに近い。間合をとろうとしたベレンガリアが、自分で刺しちまったんだ……」

 

「せめて目をふさぐ一瞬がなければ……どういう偶然よう?」



 ネクタが先に武器を放し、へなへなとへたりこむ。


「お医者さん! 早くお医者さん!」


 審判がその悲鳴で決着を宣言し、衛兵がなだれこんでくる。


「『雨女ネクタ』の勝利!」


 ベレンガリアも棒を捨て、自分で針の輪をそっと外す。

 背中の傷を探そうとしたのか、押さえようとしたのか、手をのばしながら倒れた。

 血は広がり続け、駆け寄った審判女は傷口を診ながら、衛兵に指示を怒鳴り続ける。


「あの位置だと、根元まで刺さっていたら……」


 モニカが小さく首をふった。

 不意に、審判女が立ち上がる。


「『雨女ネクタ』の勝利! ただし『一角獣ベレンガリア』の『捕獲』は成らず!」


『捕獲勝利』……『相手を生かしたままの勝利』に失敗。

 ルチカは実感がわかない。

 中堅や上位陣にまで警戒されていたベレンガリアが、二戦目でただ負けただけでなく、あっさりと死亡を宣告された。

 勝者は悲鳴を上げ続ける。


「なんでわたしの相手は死ぬの!? わたしはただ勝てればいいだけなのに!」


 模範新人ベレンガリアならどう返答したか、ルチカは考えてみる。


『どうしようもない運命なら、笑って流すしかなさそうですが』




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