第四話 咲き競い 四 運不運
「なんで負けるの? わたしの賭け札まで売れなくなるんだけど?」
短い黒髪の小柄なルチカがじっとりとにらむ。
「わりーな。いくら期待の新人『薮蚊のドルジェ』様でも、格づけ七位の上位陣『幸運なるダッキー』さんには歯が立たなかったんだよ」
やせぎす長身のドルジェはのどをさすりながらヘラヘラと返すが、ふと止まって眉をひそめる。
「てゆーか、なんでルチカがそんなに偉そうなんだよ?」
「まぬけな連敗やらかした八つ当たりに決まっているでしょ!」
ルチカにとって最悪の初戦となった競技祭から一ヶ月。
最悪は続いた。
アイシャはよりによって、ルチカをめった打ちにした『薮蚊のドルジェ』を仲間へ引き入れた。
「そこそこ強くたって性格がひでえから、どうせ誰も声かけてねーだろ?」
本人に正面から言う勧誘文句ではない。
しかしドルジェは苦笑いで流し、時おり立ち寄るようになった。
性格は最悪だった。
ルチカは悲惨な敗退から練習にのめりこみ、死にかけた恐怖にあらがおうとしていたが、元凶であるドルジェがニタニタと近くでうろつくようになって『死なない』ことより『殺す』意欲が大幅に強まり、アイシャに感謝した。
「いや、ほかの新人ちゃんたちに逃げられただけで……まあ、結果よしで」
いつかはチャンピオンの座を狙う向上心までわいた。
低身長仲間である『ネズミのベフィ』は傷が治っても『壊れたルドン』の仲間から離れられないでいた。
そして今月のベフィは負けた新人同士で『水牛リーシーン』とあたり、大ケガを負う。
ベフィは鎖で小剣をたたき落とされ、降参を叫んだ。
しかし頭を割られそうになり、利き腕でかばった。
「規則上の問題はない。賞金が倍の『捕獲勝利』がいらないなら、殺すのは勝手だ。まあ、そこまでやるとほかのやつらにも警戒されて損だけどな。恨みを買っても怖くない相手なら、余分にいたぶりたがるやつも多い」
コルノがそっけなく解説する横で、ドルジェは嬉しそうにうなずき、ルチカは再戦を心から願った。
ルチカは自分で戦い、他人の戦いも見て、多くのことを学んだ。
俊敏な足さばきがなければ、逃げまわることすらできないで負ける。
素早い連続攻撃を使いこなせば、小柄な自分でも勝ち目を広げられる。
駆け続け、斬り続け、息がきれない体力は大きな武器になる。
そして今月のルチカは負けた新人同士で『鯨のコーナ』とあたり、不様に捕獲された。
鍛えた技術を発揮して、初戦でコーナに勝った『一角獣ベレンガリア』の一撃離脱を真似するつもりだった。
しかし日に焼けた浅黒い巨体はいきなり突撃してきた。
ベレンガリアを相手にした時のような牽制は一切なしに、網を振り回しながらまっすぐ走ってきた。
ルチカがいくら脚力を鍛えていても、跳び下がるだけでは全力疾走から逃げられるわけもない。
中途半端に逃げた足元へ網がひっかかり、そのままのしかかられて殴られ、まったく身動きができなかったため、降参の勧めを受け入れるしかなかった。
客席のルチカは清掃中の試合場を恨めしげに見下ろす。
「よりによって網使いとぶつかるなんて……ただでさえ背が足りなくて武器も短いのに、あんなバカにした戦いかたをされるなんて思わなかったから……」
「アホ~。おまえが鯨ちゃんをなめすぎたんだ。やつだって負けて学んだ。やつのほうがおまえのことをよく見ていた。反撃が致命傷にならないなら、突撃で押し切るのも堅実な手になる。自滅したおまえがマヌケなだけだ」
ルチカは悔しさで涙をにじませながら、歯を食いしばってアイシャの教示にうなずく。
「というか、運がいいじゃねえか」
「え?」
「新人同士は加減がきかなくて、大ケガや死人がでやすい。なのにベフィは生きているし、おまえなんかは一発殴られただけ」
「でも、もう二連敗で……」
「負けかたは一回でも失敗すりゃ、永遠にサヨーナラだっての。ベフィはまあ、来月まで厳しそうなケガだけどな。ちっこくてオツムも足りないおまえが三戦目もできるなんて、運がよすぎるだろうが」
隣で聞いていたドルジェが腹をかかえて吹き出し、ルチカの落ちこみを怒りに精製しなおす。
「ま、どーしよーもないツキってのもあるけどねえ?」
銀髪美人の酒乱仲間は格づけ二位の『ささやくモニカ』で、『無冠の女王』という異名もある仮病使いの第一人者だった。
「ダッキーちゃんなんかは、実力より勝率が高い代表よねえ?」
大杯が指す方向から、プレタなみの長身に、男好きする豊満な肉体が胸をゆすりながらやってくる。
両手にはついさっき、試合場でドルジェをぶちのめした短い棍棒が一本ずつ。
「や~ん、ごめんなさ~い! でもほらあ、ドルちん強いから~、アタシもけっこうドキドキっていうかあ? 捕獲するかされるか、いちかばちかのドンてな感じで大当たり!? みたいな!?」
愛想のみなぎる『幸運なるダッキー』は厚いくちびるに大きな目の童顔を最大に活かし、脱力をふりまく。
格づけ七位の上位陣でありながら、十五位付近の中堅であるプレタやコルノにも肩もみや髪すきを率先して先輩あつかいし、うっとうしがられていた。
「いや、戦ってみてわかりましたけどね。やっぱ体格だけじゃなくて、目もいいし勘もいいですわ。特に妙な思い切りがよくて、一見『ツキ』に見えるような、流れを引き寄せる素質があるというか……とりあえず、その態度だけでもすげーやりづらいです」
「やだ~ん、ドルちんありがと~!」
笑顔で大きな尻をふり、敗者の肩にまですりよる。
「そういや次は……『ルクレレ』が出るのか? アイツは運の悪さを引きこむ典型だから、ルチカちゃんはよ~く見ておきな」
アイシャは高まってきた観客席のざわめきで、試合開始の近さに気がつく。
「投剣使い『悲しきルクレレ』対、鎌使い『屠殺人リュノ』!」
試合場で向かい合ったふたりの背は女子の平均よりやや高い程度で、女剣闘士としてはやや低い。
やせた黒人少女ルクレレは手足が長く、ルチカは自分よりも恵まれた体格に思えた。
しかし眉間に深いしわをよせ、異名どおりの悲しげな表情をしている。
「無愛想が悪いんですか? ……あの棍棒、なんです?」
背には中ほどで曲がった平べったい木の板があった。
試合開始の直後、黒人少女は奇声を発して跳びまわり、板を投げつける。
「ウヒューアアアー!」
それは回転しながら大きく軌道を変え、投げた位置の近くまでもどって突き刺さる。
そこにはすでにルクレレが走りこんでいて、トンボ返りをしながら引き抜いた。
しかし鎌使いは開始直後から全力で逃げ、投剣の巡る範囲外へ出ている。
「変わった武器……それにあの身のこなし……」
ルチカはうなるが、モニカは苦笑いを見せる。
「入った時には『上位陣』の素質と期待されていたのだけどねえ? なぜだか『中堅』の二十位以内にも入れない『下位』にとどまる『ツキがない』選手なのよねえ?」
相手のリュノは栗色髪に丸っこい体型で、新人でも未経験組にいたひとり。
手にした鎌は柄が板金で補強されている。
腕を守る小手のほかに、拳を守る金属製の手甲も追加されていた。
息は乱れているが、小さな目は落ち着いている。
「あいつも前回は欠場したひとりか?」
「練習中にケガをしたらしくて」
アイシャにはそう答えたが、ルチカも教官から聞いた話だった。
リュノの片手にはまだ、血の染みが残る包帯も巻かれている。
ルクレレが投げなおし、リュノが逃げなおす。
そのくり返しに飽きた客は罵声を飛ばしはじめた。
「あの武器、投げなくてもよさそうな?」
ルチカがつぶやくと、プレタとコルノは大きくうなずく。
「アイツなら標準装備で普通に戦うだけでも、とっくに中堅だろうな。今、二十五位くらいか? 十位は損してそうだ」
「あの武器も使えないわけじゃない。妙な飛びかたをするから、知っていたって対処はしにくい。ただ、扱いも難しいのに連携をねらって何度も投げたがるから……」
ルクレレがまた飛びかかるように木製投剣を引き抜いた拍子に、足をすべらせて倒れる。
壁際まで追い詰められていたリュノが急いで引き返し、倒れこみながら鎌を相手の腕へ突き刺した。
「ヒーヤーアア!?」
ルクレレがあわてて起き上がると、傷が一気に裂けて血が噴き出た。
リュノはあわてて起き上がると、黙々と逃げ出す。
「勘が悪いというか、判断もちぐはぐだ。格上が相手だったら、きわどい曲芸で意表をつく必要もあるが、新人相手に連発して自滅じゃどうしようもねえ」
「上位陣に勝てそうな素質もあるのに、格下に安定しない。がんばらなくていいところで降参を迷って、傷を深くして、不戦敗を広げちまう。いろいろ『運の悪い』原因はありそうだが、一番は……人の話を聞かないところか?」
プレタとコルノの解説を念押しするように、アイシャがルチカの頬をピタピタとはたく。
「わかりましたよ……」
「アホ~、それもだ。その必死そうな顔。人の言うことを聞きたくねえなら、自信と余裕くらい持てっての。『わたくし手詰まりに向かっております』なんて顔に書いてあるやつが、勝てると思うかあ?」
ルクレレは腕を抑え、迷ったあとで降参を宣言し、青ざめた顔でフラフラと膝をつく。
「でも、あんな不器用なのにまだ生き残っているんだから、本当は運がいいのかもな?」
コルノは担架で運ばれるルクレレを呆れて見下ろす。
「ダッキーちゃんにしたって、アイシャにつかまったんじゃ、運がいいんだかどうだか?」
モニカまでルチカに腕をまわし、あらぬところをさぐりだす。
「や~ん、アイシャさんはアタシにとって幸運の女神様ですよ~う? どシロウトのアタシが、せちがらい闘技場ですこやかに成長できましたのは、お姉様の愛あるご指導のおかげです~う!」
ダッキーまでルチカを後ろから抱え、黒い短髪を大きな胸へ埋ずめてゆさぶる。
「でもダッキーは、姐さんたちの派手な遊びにつきあわされて借金を増やしていなけりゃ、今ごろ勝ち抜けしていたよな……」
コルノがぼそりとつぶやく。
プレタだけは勝者の『屠殺人リュノ』をじっと見続けていたが、小声でつぶやく。
「相手の新人……」
「ん? ……ああ、そうだな。つぶせ」
アイシャの言葉はそう聞こえたが、ルチカは反応しないでおく。