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第四話 咲き競い 三 縁無縁


殻竿からさお使い『水牛リーシーン』対、小剣使い『銀胡蝶ぎんこちょうシアン』!」


 新人のリーシーンは背も太さも男まさりで、鎖つきの棒をふり回し、得意顔で追い回す。

 同じく新人である銀髪のシアンは背が平均なみで、逃げまわる一方だった。

 訓練場と同じく、寡黙で表情も少ない。

 ルチカが最初にシアンを見た時は、ひどくやせていた。

 その頬がいつの間にか健康的にふくらむと、かなりの美貌になっている。


 リーシーンは優勢だったが、壁へ追い詰めきれないで逃げられ、駆け合っている内に息がきれはじめた。

 そのころにはシアンがちょこちょこと、飛びこむそぶりを見せはじめる。

 動きがにぶったリーシーンの手先や膝を狙い、つかず離れずに攻め続け、ついには利き腕へ斬りつける。

 リーシーンは武器の持ち手を変えたが、すぐに足にも斬りつけられ、降参した。


「勝てた……?」


 ルチカは初日、戦闘経験の浅い組でシアンといっしょに指導を受けていた。


「そりゃまあ、体格の差があったって、斬って血を奪えば倒せる。首なら一発で勝てる。だが……」


 コルノの心配そうな声の途中で、衛兵たちがルチカを迎えに来る。

 アイシャは笑ってひらひらと手を振った。


「いいから『うまく負けて』きな」



「拳闘使い『薮蚊やぶかのドルジェ』対、小剣使い『子猫のルチカ』!」


 ドルジェは経験者組にいた。


「それでも、刺せば殺せる……」


 衛兵に囲まれて通路を歩きながら、ルチカは自分を守った父が『人殺し』と呼ばれていたことを思い出す。

 自身も『人殺しの娘』と呼ばれ、それを誇りにしてきた。

 村ぐるみの陰惨な嫌がらせに囲まれようと、殴り返し続けて自分を守ってきた。


 ルチカは思う。

 自分はケンカに慣れている。

 ベフィには悪いが、自分はあんなに臆病ではない。体格もいくらかマシだ。

 自分が誇り、望んでいた『人殺し』になれる時がようやくきた。

 父が大ケガのように悔い、忘れようとしていた『人殺し』

 村のみんなが疫病のように恐れ、非難した『人殺し』

 しかし自分は『人殺し』で産まれ、『人殺し』で生きる。

 ここはそれを誇っていい場所。

 それを栄誉と認めてくれる場所。

 そんな場所があることに感謝し、讃えられる勝利を捧げたい。

 ……もう、帰れる場所もない。



 控え室で装備の検査をされるまでの記憶がない。

 少し早く脱いでしまい、若い男の衛兵があわてて退室していた。

 試合に関する注意も聞かされたようだが、最後の確認にうなずいただけ。


 試合場へ通じる暗い通路に立たされ、ようやく自分が緊張していることに気がつく。

 大きな扉が開きはじめると、熱気をはらんだ風を感じた。

 背後の衛兵にうながされ、歩けはしたが、ぎこちない。

 試合場の砂場には訓練でも何度か入ったが、やけに広く感じる。


 客席を埋めつくす歓声は屈辱的な『子猫』の異名で自分を呼んでいる。

 小さな体格と、アイシャたちに飼いならされている姿をからかった命名だ。

 アイシャには『子猫と思われているなら好都合だ。思わせておけ』と助言されていたから耐えていたが、公開での大合唱はこたえた。



 向かいに立っているドルジェはやせぎすだが背は男の平均に近く、固そうな肉もついている。

 両拳を延長するように太い鉄輪が手甲から出ていて、金属製の胴鎧はつけているが、腕とすねの革当ては薄い。


「長さのほかに、投げやすい武器や複数持ちも強いあつかいなんだってよ」


 訓練場でもたまに話しかけられていたが、口調がなれなれしく、馬鹿にしている表情に見えたので、相手にしなかった。


「鎧をはずしたり、裸踊りみてえな格好になりゃ、もう少しマシになるらしいが……おい、そんな怖い顔すんなって。同期の仲じゃねえか『子猫』ちゃんよう?」


 訓練場と変わらないニヤニヤ顔。乾いて暗いたれ目。

 遠慮なく斬れそうな点では感謝すべき組み合わせだった。


 挑発がかえってルチカの頭を冷やす。

 一ヶ月近く、体を鍛え続けた自負がある。

 息が長くもつようになり、斬りつけてすぐに離れる型も身についた。


 練習場で見たドルジェの連打は素早く、腕も長い。

 しかし小剣を持った自分ほどの間合ではない。

 もし殴られても、首を刺し返せば勝てる。



 ルチカは開始の鐘にも素早く反応できた。

 一気に間合いを詰め、腰を落として剣を突き出す。

 ドルジェにフラリとかわされ、ほぼ同時に顔面へ拳を受けていた。


「子猫ちゃ~ん? アイシャ様には寝床の技しか習ってないの~?」

 

 意識が遠のく。

 故郷では年上の男とも何度か殴りあった。

 勝てない時もあったが、ひっかき、かみつき、無事では済まさなかった。

 石や棒で殴られたこともあったが、一発で意識がとびかけたことはない。


 視界に星が散ったまま、どうにか倒れないで踏みとどまる。

 後退しながら、細かく刃を振りまわして牽制する。


「ぶっははははは! そんな怖がるなって! 降参していいでちゅよお? 子猫ちゃ~ん!?」


 視界が定まらないまま踏み出した瞬間、ふたたびかわされ、腹に重い衝撃。


「なに必死こいてんだよ虫ケラ」


 胴鎧ごしでも、臓物を背へ広げられたような圧迫。


 ドルジェは鉄輪を握っているとはいえ、それほど力を入れているようには見えなかった。

 しかしとにかく速く、気がつけば殴られている。

 にぶい痛み。体に広がる熱。吐き気。噴き出る汗。

 息ができない。守りをかためて、息を整えたい。

 そう思いながらも頭をめった打ちにされ、倒れて口に砂が入っても、吐き出すことすらできない。焼けつく痛みに縛られている。


「ほらあ、降参していいってば!」


 そう言いながら、腹や頭を蹴ってくる。


「虫ケラじゃ……ない」


「虫ケラなみの死にざまなら、虫ケラなみの命ってことだろ?」


 故郷で受けたどんな袋だたきよりもきつい。

 自分の頭は今、どんな風にへこんでいるのか。

 殺される実感で心が包みつぶされた。



「息はしている……目がさめたか?」


 ぼやけた視界に、コルノらしき声。

 全身に痛みが暴れ、くちびるもほとんど動かせない。


「もちそうだな。袋じゃなくて担架を頼む」


 おそらくは控え室の暗い天井。近くに衛兵もいるらしい。


「あ……あぐぁ……」


「頭か? ひでえことになってるけど、骨はやられてないらしい」


 そんなバカな。


「相手も殴り慣れている感じだったからな。まだ動くなって……おまえ、意外と頑丈がんじょうだな?」


 自分でも体を起こせたことには驚いたが、痛みで涙は止まらない。

 まだ恐怖のほうが強く、悔しさは実感できない。


「やっぱ、担架もなくてだいじょうぶそうだ。これだけ借りるな?」


 コルノは水をしぼった布をルチカに渡すと、水桶を片手に肩を貸す。


「くり返し冷やせ。治りが早くなる……部屋にもどるか?」


 ルチカが小さく首を横にふると、コルノは無言で客席へ向かう。



 客席では酔っぱらい女がのん気に笑っていて、ひどく腹が立った。


「よくやったルチカちゃん」


 なにが。


「あの『薮蚊』は賭け試合の拳闘に慣れてやがるな。だから歩けるだけでも上々。わざわざケガを増やすような不器用な負けかただが、あれだけやりゃあ、おまえの賭け札も売れるぜ?」


 そんなわけあるか。一方的にぶちのめされただけだ。


「んだよ、そのケンカ売ってる目は~!?」


あねさん、ケガ人ですから。新人で初試合の」


 プレタがアイシャに酒壺を押しつけ、ルチカの布を代わりにしぼる。


「でもおまえ、最後まで武器を放さなかった根性はたいしたもんだ。倒れてからも足をかけようとしたり、つかもうとしたり……おぼえてないのか? 勝ちを決めたつもりだった『薮蚊』が、あせって蹴り続けた気持ちもわかる」


 かつて故郷だった地で身についた、無意識のくせ。


「ともあれ生きてりゃ結果よしだ。こっちを見に来た根性もよし……次はちょうど、ルチカちゃんがしっかり見といたほうが良さそうな……」


 アイシャはぞんざいにうなずきながら試合場を指す。



「拳闘使い『始末屋ボリス』対、小剣使い『つむじ風のコムリバ』!」


 コムリバはきつい顔つきに長い巻き毛で、経験者組にいた同期の新人だった。

 最初に亡くなったギルマの話では、窃盗団の頭だという。

 ドルジェに近い長身で、防具は革製になっている代わりに覆う範囲が広い。

 こぶになるような筋肉はないが、ルチカよりは肉づきもよかった。

 つばのない小剣をクルクルと器用に振り回し、一瞬で二回も三回も斬りつける。


「あの新人ちゃん、足はこびも悪くない。表情も落ち着いている……でも中堅のボリス相手じゃ、さすがに無理か?」


 アイシャはそう言うが、ルチカの見る限り、コムリバの剣さばきはベフィを圧勝した中堅選手『女狐バローア』にもひけをとらないように思える。

 相手の拳闘使いも同じくらいの身長だが、動きはドルジェほど速くない。

 しかし腕や脚は太く、それもほとんど筋肉だけに見える。

 両拳の手甲は鉄鋲の補強があるだけで、ドルジェのような鉄輪はついてない。

 代わりに両肩から指ほどの鉄針が何本か出ているが、ほとんど真上を向いていて、実用性のない飾りに見えた。

 ボリスは首や腹を守り続けるだけで、一方的に刻まれている。

 その全身には古傷が無数についていた。



 コムリバは鋭くにらみながら冷や汗を浮かべ、息が乱れはじめていた。

 ボリスは腕や脚のあちこちから血をたれ流しながら、暗い笑みを浮かべている。

 両腕で守るだけで、じわじわと前進を続け、ボソボソとつぶやき続けていた。


「マリネラさん、いい新人を見つけてきたな……おいおまえ、あまり無理すんなよ?」


 コムリバが返答の代わりに振りを強くすると、ようやく上半身をそらしてかわす。

 そして包帯を厚く巻いた腕を盾に、大きく間合いを詰める。

 さらなる斬りつけに包帯はほとんど役に立たず、刃が半分埋まるほどの深い傷が開いた。


「ここの領主はけちな泥棒くらいじゃ『始末屋』の仕事はぶつけねえよ。今日はただの穴うめだな」


 深く斬られたばかりの腕が、コムリバの腕と頬を殴りつける。

 革の手甲には鉄の鋲の補強しかない。しかし大鎚のように響きが重かった。

 コムリバは小剣を取り落とし、転がってひろいながら間合いを離す。

 利き腕がだらりとたれ、持ち手を変えていた。

 それでも刃をクルクルとまわし、同じように扱えることを示して強がる。

 砕けたあごからは血がしたたっていた。

 ボリスは何度も斬られた両腕から血をばらまきながら、困り顔になってボソボソと続ける。


「頭を冷やせって。もうほとんど、勝ち目ないだろ? おまえ……名前なんだっけ? とにかく、筋はよさそうだから……」

 

 コムリバが怒り顔で血を吐き捨て、大胆に踏みこむ。

 ボリスはとっさに腰を落としてうめく。


「ばかやろうっ」


 振り下ろした刃はボリスの背中をとらえたが、厚い筋肉に刺さったのは先端だけ。

 ボリスの肩はコムリバの革胴へ根元までめりこんだ。


「オレぁな、たいして強くねえから、加減が下手なんだよ」



 コムリバは口をパクパクと開く。


「こ……うさ……」


「おいおい……まあ新人なら、しかたねえか? 『降参』ならまず、武器から手をはなしな」


 言われたとおりにすると、ボリスは両肩をつかんで引き離し、地面へ下ろす。

 コムリバは立とうとしたが、足に力が入らない。

 自分の体を不思議そうに見下ろす。

 胴にいくつかの穴が開いていた。


「だめそうだな。当たりどころがまずかった」


 残念そうにつぶやくボリスを見上げ、コムリバは表情で助けを乞う。

 激痛に身がよじれはじめる。歯を食いしばり、悲鳴だけは漏らさない。


「痛いだろ? もう少しの辛抱だ。今度はちゃんと狙うから、一発で済む」


 傷だらけの無骨な顔は、まじめに同情していた。


『見た目より、ほんの少し親切だね』


 コムリバはそう言いたくても、まともな声は出せそうにない。


『ちくしょう……しくじった』


 客の楽しげな歓声が遠く聞こえ、視界も薄暗くぼやけてくる。


『最初に盗んだ財布だって、謝って殴られてりゃ、人を殺さないですんだかもしれなかったんだ』


 倒れかけた体をつかまれ、勢いよく引っぱり上げられ、フワリと全身が浮き、晴れ渡る青空が見えた。


『けどまあ、盛り上げ役くらいには気張れたか?』


 歓声が頂点に達し、少女の頭骨と背骨は『始末屋』の両肩に貫かれる。

 ボリスは両拳を振り上げ、四方の客へ生贄を見せつけながら、傷だらけの顔はどこかさびしそうに笑う。



 ルチカは全身の痛みも忘れ、呆然と見つめていた。


 ここは『人殺し』を誇れる場所。

 ここは『人殺し』を讃えてくれる場所。

 でもここは、自分が望んだ場所?


 敗者の死に顔は笑っているようにも見えて、ルチカの背にいやな汗がにじむ。

 いつだったか、コムリバが何気なく言い捨てた言葉を思い出す。


『どうせくたばるなら、少しはかっこつけたほうがいいだろ?』




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