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36-40

―――36


 栗子は唾を飲み込んだ。その音でさえ、彼女たちの耳に入ってしまうのではないかと思うほど大きく感じられた。

 今、栗子は眞子とちひろと居る。場所は放課後の教室で、既に皆帰った後だ。手紙を忍ばせた翌々日のことである。

「なんなの、あんたたち。この手紙、何よ!」

 いきり立つちひろに眞子は努めて冷静に返す。

「そのままだよ。『仲尾くんのことで話がある。』そう書いてあるでしょ」

「だから何で仲尾くんのことなのよ!」

 ちひろはちょっと居心地悪そうにしながらも、強気だ。栗子はハラハラしながら眞子の背後に居るしかない。

「だって、畠さんが私を気に入らないのは仲尾くんのせいなんでしょ」

「なっ、なに言って……」

「本人に訊いたの。畠さんと話をしたこと、そこで私を好きだと言ったこと。だから私が嫌いなんでしょう」

「………」

 ちひろは顔を歪めた。青ざめて引きつっている。

「な、何よ。それで仲尾くんに告げ口でもしたの? 最近仲いいんでしょう!」

「してないよ! だって仲尾くん関係ないじゃん。ただのクラスメイトだし、仲良くしたいのは畠さんでしょ。私は仲尾くんは別に好きでもなんでもない。それなのに逆恨み? 訳わかんないのに怪我させられて教科書ボロボロにされて、原因もわかんなくて。失恋してつらいのかもしれないけど、こっちはもっとつらいよ」

 つられたように声を荒げてしまった眞子にちひろはさっと手を上げた。



―――37


 パシッと音が響いて、眞子の頬がはたかれた。キッと顔を戻して眞子もちひろを睨む。反射的に手を出そうとして、拳を握って我慢した。

「あんたにあたしの気持ちなんてわかんないわ!」

「知らないよ、そんなの。畠さんだって私とやっちーがどんな気持ちだったかわからないでしょ!」

「知る気なんかないわよ、あんたの気持ちなんて」

「それもこっちの科白。皆に無視されるつらさってわからないよね。涙が出るほど怖かったんだよ!」

 眞子の拳が震えていた。栗子はすごく、すごく泣きたくて逃げ出したくなったけど、その場に踏ん張って残った。眞子が泣いている。栗子の分まで怒って泣いている。

「だから何よ、あたしのこの胸の痛みだって……本当に好きだったんだもん……なのに」

 ちひろの目尻に滴が溜まっていく。それを見ながら眞子は言い放った。

「だったら、その痛みは仲尾くん本人にぶつけてよ。私とやっちーには関係ないことだよ」

 冷ややかともとれる言葉だったが、ちひろはぐっと涙を堪えた。その代わり、眞子は踵を返すと栗子の手を引いて教室を後にした。



―――38


 昇降口までずんずんと歩いていく眞子。栗子の方は振り向かないままだった。だけど鼻をすする音がして、泣いているのだとわかった。

「眞子ちゃん」

 眞子の足がぴたりと止まる。

「やっちー……」

 手で目を擦りながら眞子はやっと振り向いた。栗子に縋りついて、スンスンと鼻を鳴らす。

「ありがとう、眞子ちゃん」

「やっちー、ごめんね。私のせいだったんだ。やっちーは何も悪くないのにさ。畠さんにもうまく言えなくて、ごめん」

 眞子の背を撫でながら、栗子は苦笑を浮かべた。眞子が謝る必要は全然ないのに。

「ううん。本当はわたしも一緒に畠さんに言わなきゃいけなかったのに任せちゃった。私の方もごめん」

 眞子につられてか、栗子も目頭が熱くなった。同時に眞子が居てくれて本当によかったと思った。

 それはただちひろに対峙してくれるということではない。つらさも寂しさも怖さも、一人で溜め込まずに済んだ。共有して、分かち合った。

 たった二人だったけれど――それでも独りとは全然違った。



―――39


「眞子ちゃん」

 情けなく眉毛をハの字にして、眞子が顔を上げる。

「ありがとう。友達でいてくれて」

「やっちー、 ……違うよ。友達じゃない。親友だよ?」

 そっと手を握られる。二人目があって笑ってしまった。

 こうやってこれからも二人で笑っていられればいいなと栗子は思う。だけどまだ、問題は何も片付いていないのだ。今日はこれでよいとして、明日からちひろがどういう方向に進むかわからない。眞子も同じだろう。

 だけど今だけは、いやなことを忘れてしまいたかった。

「これからもずっと、親友だよ?」

「うん。うん、そうだね。そうだよね」

「そうだよ」

 眞子が涙を抑えた顔でふんわりと微笑する。その顔を見て、栗子も応じた。

 しかし、すぐに眞子の表情は沈うつなものに変わってしまった。

「……明日はどうなるか、まだわからない」

「……うん」

「だけど、だけどね、動かないときっと何も変わらなかったし、わからなかった。私は、明日も負けないよ」

 手を握る力が強くなった。栗子はそれをしっかりと感じていた。



―――40


 翌朝は緊張した。

 栗子は教室の中をこそこそと窺っていた。ちひろの姿がまだ見えないことに安堵して、そっと中に踏み入れる。

「おはよう、八代さん」

「わあっ!」

 背後から雪峯に挨拶をされて、驚いた。

「お、おはよう。仲尾くん……」

 なんとなく目を合わせられなくて視線を彷徨わせながら栗子は返した。しかし声は尻すぼみになってしまった。雪峯は気にした様子もなく、寧ろ他のことに気をとられているようだ。

「佐久さんはまだ来ていないの?」

「え? う、うん。まだ、みたい」

「ふうん」

 雪峯は少し迷った後、もう一度口を開いた。

「佐久さんから聞いた?」

 何のことを言われているのかすぐに予想がついた。栗子は反応に困り、俯いた。だがそれだけでわかったらしく、雪峯は苦笑する。

「……そっか。その様子じゃ見込みはないんだろうなあ。うん……予想はしていたけど」

 少しだけ残念そうに雪峯は溜息を吐いた。

「ね、ねえ!」

「ん?」

「い、いじめの原因って、知ってた?」

 訊かない方がいいのかもしれない。だけど栗子は知りたかった。雪峯は何度か目を瞬かせたあと、ゆるり首を振った。

「全く考えなかったわけじゃないけど、違うと思ってた。やっぱり、僕だったんだね」

 唇がごめん、と動いたのがわかった。



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