6-10
―――6
休んだ翌日に学校へ行くと、少し教室の雰囲気が違っていた。特に女子が。
栗子は内心、ああまたかと思った。その空気には覚えがある。とても、とても嫌な思い出と共に蘇る。
だが、その空気の中心に眞子がいることに気が付いた。栗子の血の気が引いた。
「あ、やっちー。おはよう」
「……おはよう」
消え入りそうな声になってしまった。眞子の反応が気になったが、彼女は挨拶に対しては何も言わなかった。表面上はあくまで普通に接していた。
「数学の宿題やってきた? 実は解けない問題があってさ」
にこにこと笑う眞子に翳りは見えない。
栗子は嬉しい反面、少しだけ、本当にほんの少しだけ怖くなった。
―――7
「八代さん、ちょっといいかしら」
眞子が教室から居ない時に、ちひろが声を掛けてきた。栗子は心の中で眞子に謝りながらちひろの後を付いて教室を出た。
栗子はただどうしよう、どうしようと答えの出ないまま渡り廊下まで出た。そこでちひろは栗子を振り返り、顔を歪ませた。
「八代さん」
「……何、畠さん?」
すぐに声が出なかった。ちひろは腕を組んで笑う。
「あたしね、佐久さんが嫌いなの」
息を飲んだ。酸素が欲しいと切実に思う。ちひろの顔を見ることが出来ない。
「だからさ、八代さんも協力してよ」
「協力って……何をするの?」
顔はみれなくても、声で笑っているのがわかった。
じわじわと感じていた栗子の恐怖が今、正面からやってきた。
―――8
ちひろから解放されて教室に戻った栗子の顔は青ざめていた。
「やっちー?」
あからさまに体がびくついてしまった。無理矢理に笑顔を貼り付けて眞子の方を振り向く。
「どうしたの、眞子ちゃん」
「やっちー、顔色が悪いけど大丈夫?」
「え、うん。大丈夫」
「もし具合が悪いなら保健室に行って来た方がいいよ。ついていこうか?」
心から心配しているように見える眞子に、栗子の心は痛んだ。心配されることが苦しくて、息が詰まりそうだった。
「だ、大丈夫だって。ちょっと漫画を遅くまで読んじゃって寝不足なだけ。自分の席でちょっと寝てるから気にしないで」
明るい声を振り絞って出すと、眞子はほっと安堵したように微笑んだ。
「じゃあ、具合悪いわけじゃないんだ。よかった」
「……うん。だからちょっと寝かせてね」
「うん。ゆっくり休んでね」
自分の席について、顔を腕の中に埋める。栗子は苦しいと思った。
ちひろに言われた言葉が頭の中を駆け巡る。眞子と友達で居て嬉しい。まだずっと仲良くしていたい。それなのにうまくいかない。抵抗する勇気を持たない自分がひどく不甲斐なかった。
―――9
眞子と親しく、そしてちひろ達とも仲良く。それは拷問以外の何者でもなかった。
授業中に回ってくる女子の手紙。先生の視線を避けてそっと覗けば、中には陰湿な仲間外れの計画が企てられている。
『佐久さんと話したやつも仲間外れ』
見なかったことにしたい。けれど栗子が手紙を開いたことは誰かが見ているだろう。逆らえないと思った。こんなことにはもう二度と関わりたくないと思っていたのに、栗子は抵抗する力を持っていなかった。
眞子と友達になったことを悔いてはいない。だけど、自分の不甲斐なさに気分が沈んだ。
―――10
「やっちー」
名前を呼ばれるとどうすればいいのか、一瞬迷う。普通に話をするべきか、それとも無視をするべきなのか。だが栗子にはどちらも選べなかった。
「……どうしたの、眞子ちゃん?」
迷った分だけぎこちない言葉になる。眞子には気づかれていないことだけが、栗子には救いだった。
「鵺のイラスト集が出るんだって、知ってた?」
「えー! うそ、欲しい!」
叫んでから普通に会話をしている自分に驚いた。
「欲しいよねえ。どうにかして買えないかなあ」
「本屋さん! 今日帰りに本屋さん行こうよ」
「うん! 行こう」
けれど好きな話題を見過ごすことは出来ない。それにやっぱり眞子は栗子にとって大切な友達なのだ。無視することなんて、栗子には出来なかった。