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46-50

―――46


「同じこと、してあげようか?」

 眞子の声が低くなる。

「教科書もノートも全部塗らして、机の上に悪口書き込んで、すれ違うたびに嫌味言って、階段の上から突き落として――」

 されたことはそれだけではない。栗子は思い出して憂鬱になる。誰にも話してもらえなかった。自分が泣いていても皆が自分を空気のように見ない振りをしていた。加担した人だって居たし、とてもとても寂しかった。

「悪かったわよ! ごめんね!」

「謝って済むと思ってたの? 同じことされたくないでしょ、畠さんだって!」

 想像してしまったのか青ざめた顔でちひろが叫んだ。だけど眞子も気が昂ぶっているのか叫び返した。

「だから悪かったって言ってるでしょ! 確かに煽ったのはあたしだし、ちょっとやりすぎだったのは自覚してる。……もうやんないわよ。やっても意味がないんだもん」

 しょんぼりと肩を落とすちひろの言葉はきっとこう続くのだろう。もう仲尾くんに嫌われてしまったのだから、と。

 嫌いたくないと言われた時点で、望みがないことは理解しているはずだ。

「そう……。でも私は可哀想とは思わないから。ただ、残念だったね、とは思うわ」

 眞子が静かに呟いた。




―――47


 ただの傍観者であったなら、栗子はきっとちひろに同情した。ちひろが肩を落とす様は女子の栗子から見ても、可哀想と思ってしまう。いや、同じ女子だからこそそう思うのかもしれなかった。けれど被害者という立場からすればその感情だけでは成立しない。

 栗子は一歩下がった場所で二人を見ていた。

 眞子とちひろが睨み合う。それをただ見ていた。内面は口を挟もうか、下がっていようか、或いはもう逃げてしまおうかと感情が渦巻いていた。ちひろがそれを見透かしたように、眞子から標的を変えた。

「八代さんも悪かったわね。でも抵抗ぐらいすればよかったのよ」

「……そ、それは」

 栗子は口ごもる。抵抗もさせてくれないほど怖かったのだ。

「やっちー、言っていいんだよ」

 眞子が栗子の背中をポンと叩いた。やさしく背中を押す。だけど、ちひろは眞子のようにやさしくはない。

「八代さんっていつもそんなよね。卑屈っていうか、あたしに対していっつもびくびくしてる。なにそれ、自分は弱いって主張してるの?」

「ちがっ、う……違う……」

 反射的に漏れた言葉は段々と細切れになってしまった。




―――48


 怖いと思う。だけどそれではいけないとも思う。

 栗子だって言いたいと思うことならある。けれど言葉にしようとするとうまく口が回らない。

「何よ。結局何も言えないの?」

 栗子は震えた。

 言いたかった。つらかったこと、泣き出したい気持ち、ちひろに対する心。

 唾を飲み込む音がした。

「わ、わたしも畠さんを可哀想とは……思えない」

 じっと上から見下ろされている。前が見れない。視線が定まらない。

「だって、ただの八つ当たり、だよ。わたし、昔もいじめられて、すっごい怖かった。また……いじめられたいなんて思ってなかった。でも口答えしたら、また、……もっと嫌な目に合うんじゃないかって……」

 視界が滲む。栗子はだけど、目尻を拭うと思い切って顔を上げた。

「か、可哀想とは思えない。だけど、残念だとは思う」

「はあ?」

 ちひろの眉が大きく跳ね上がった。

「馬鹿にしてんの? それさっき佐久さんが同じこと言ったよね」

「あ、あれ? 言った?」

「言ったあ!」

 呆れ顔で溜息を吐かれた。栗子は同じことを言ったつもりはなかったのだけれど、眞子の言葉が強く耳に残っていたらしい。



―――49


「もう、いいわ……」

「へ?」

 へなへなと力が抜けたような仕草をして、ちひろがまた息を吐いた。

「え、あの、畠さん?」

「やっちー……」

 眞子が苦笑いを浮かべた。栗子はよくわかっていなかった。だが、ちひろがひらひらと手を振った。

「もういい。あたしが何かしても無駄だってことわかったから。もういいわよ」

「も、もういいって……その……」

 どういう意味かと栗子は困った。

「いいって言ったらいいのよ。もう、どうでもよくなった。仲尾くんのことは好きだけど、あんたたちに頼る気はないし。あたしの方が魅力的なんだから、自力で振り向かせて見せるわよ」

 ちひろが顔を背けつつ、言い放つ。少し照れているらしい。眞子が隣で笑った気配がした。

「そうだよ。私たちに構ってる場合じゃないよ。私も仲尾くんのことなら応援するし」

「な、なんであんたが応援するのよ!」

「だって、仲尾くん好みじゃないもん」

 あっけらかんと眞子が答える。

「なんてこと言うの! 格好いいじゃない。あの穏やかで控えめなところが素敵じゃない。あれ以上格好いい人なんていないわよ」

「いるよ。私は茶髪で藤色の目をした世話焼きの傭兵さんの方がいいな」

 にこにこと告げる眞子にちひろが眉を潜める。

「馬鹿なの、あんた?」

「馬鹿じゃないよ。分かる人がわかればいいんだよ」

 ね、と栗子の方に眞子は顔を向けた。藤色の瞳はきっと鵺のことだ。二人できゃあきゃあ騒いだ漫画のヒーロー。二人で格好いいと言い合った日があったことを、久しぶりに栗子は思い出した。



―――50


「また漫画読んでんの? お子様ね」

 結局あれからどうなったかというと、ちひろは相変わらずのままだ。性格は早々変えられない。だが前のような目に付く態度で意地悪を言ったりは減ったと思う。減ったというのは彼女の性格の問題だと二人は結論付けたからだ。

「何言ってんの、今度アニメもあるんだから。仲尾くんに貸したらはまってたよ」

「ちょ! 何よそれ、あたしにも貸しなさい!」

「お子様の読み物は読まないんでしょう」

「別に読まないとは言ってないわよ。ちょっと、八代さん、貸して!」

「え、ええー……」

 上からの物言い。だけれど前よりは少しだけ変わったように思える。友達と言えるかは難しい。つらかったことを忘れることはないし、やはり時々栗子は怖いと思うこともある。

 けれど、笑って話が出来るなら、それは楽しい日々だ。


 こんな日々も悪くないかもしれない。

 そう、栗子は思った。



【了】

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