不便な事
風が強いビルの上、風の音に負けないようにソラと肩を寄せ合っていると、なんだか心がポカポカしてくる。昔は分かりやすく緊張していたし、心臓はバクバク言っていたから、自分の部屋に戻った後で妙な疲れがあったのを覚えている。
ただ今も昔も変わらないのは、ソラと一緒にいると幸せという事だ。
こんな、歯の浮きそうなことを考えていても、実際の会話に反映されないことは良く起こる。
そういうわけで、今日はソラとお店について話していた。
「今の世の中、一般人でも便利なものに触れられる機会が増えて、大きい目で見れば発展しているって言えなくもないと思うんだけど、今の店ってやっぱり不便だよな」
「うん。わかるよ。って言っても、わたしはお給料をやりくりしているだけだったから、そこまで恩恵を受けてなかったけどね」
「適当に何か拾ってきて売るって、前線の特権みたいなところあったからな」
「皆無事に帰ってきたときは、ほとんどお祭りみたいな感じだったもんね」
食料も物資も、何もかも足りていない状況で、おおよそどんなものでも買い取ってもらえたのが、かつての世界。紙幣という概念はすでに過去のもので、より資源として扱いやすい硬貨でのみ取引が行われていた。
今にして思えば、壊れかけた世界で、よくお金が通用したなと思う。お金を使った取引自体は大昔からあった事だから、たぶん人としての営みを続けることで、いつ死ぬかもわからない状況の中で日常を感じていたのかもしれない。
とにかく、お金がなんとか成り立っていて、買えるものは嗜好品と数の少ない武具くらいだった。
極限状態だからこそ、娯楽や嗜好品にお金をかける人は少なからずいたし、武器なんかは最低限しか支給されないため、生き残る可能性を高めるために買っていった人も多い。
お古の剣を売って、新しい剣の購入費用の足しにするというのは、日常茶飯事だったし、何処からか素材を見つけてきて、それを売ったお金を使って、その素材を元に作られた武器を買うって言うのも度々見かけた。
「でも今も、売ろうと思えば何でも売れる時代だよ。
この前、何でもないような石が5000円とかで売られていたし」
「売ることが出来ると、売れるって言うのも違うし、何より不便だって話だからな。
少なくとも、コンビニにもっていって売れるわけじゃない」
「それは分かるんだけど……ソラからコンビニって単語が出るとなんだか、変な感じだね」
以前の世界でも、コンビニエンスストア自体はあったかもしれない。以前の世界の、本格的に天使に襲われる前は、現在の生活水準とそんなに変わらなかったと記憶しているから。
全体的に戦闘方面に重点を置いていたのは確かだけれど。
「24時間営業とか、当時は絶対に考えられなかったからな。
エネルギーの無駄遣いだって、一蹴されて修了」
「そもそも、24時間開けていたところで、買い物する人いなかっただろうしね」
わたしがそう漏らしたら、ソラが何かを思い出したのか、意地の悪い顔をしてわたしを見る。
「確かレンは夜中に、買い物していたことがあったよな。
無理言ってお店開けてもらって、お偉方にバレてて、後日叱られたけどお咎めはなし、みたいな」
「あったね。もう半年くらい前にやっていたら、世界終わってたかも」
「本当にその辺、今もあんまり変わんないな」
呆れたように話すソラに、「やっぱりお金がないの?」と尋ねてみたら、「起きた時には全くなかった」と返ってきた。もしかして、ソラはこちらの世界になってすぐ、コンビニで物を売ろうとしたのかもしれない。