今の世界
かつて拠点にしていたビルの上。ソラはそこが気に入ったらしく、またここが待ち合わせ場所になった。
わたしもここが嫌いではないので、別に良いのだけれど、毎回空を飛ばないといけないのは神経を使う。
ソラはどうやってここまで登ってきているのだろうか。今日もわたしよりも先に来ていたので、真相は分からない。
「ソラ」
「遅かったな、レン」
「むしろ、なんでソラはこんなに早いの?」
働いていないの? と尋ねようかなとも思ったけれど、すでに普通の人の一生分は働いているはずのソラにそれを訊くのはいけない気がして、何とか踏みとどまった。
実際、各国から感謝され、一生を保障されても誰も文句は言わないだけの功績があるとは思う。というか、ソラって社会人なのだろうか、大学生なのだろうか。
「普段は世界見て回っているだけだから。戸籍とか国籍とかないから、働き口を探すのも大変だし」
「大丈夫? やっていける?」
「自由にやれているから、今のところは問題ないな。食事も必要ないし、睡眠も無理にとらなくてもいい。
不要ってだけで、どちらもやろうと思えばできるから、暇なら寝るし」
わたしは一応この世界で生まれて、成長してきたという事になっているから、戸籍などはちゃんとあるのだけれど、ソラは違うらしい。
それこそ、外からやってきた、神や天使みたいなものなのかもしれない。
ただ、ソラ自身はそこまで深刻に思っていないようで安心した。一応わたしの家で匿うこともできるけど、お父さんがなんていうかわからない。今のわたしは、ただの女子高生という事になっているから、出来る事も限られている。
「そういえば、この世界ってどういう風になっているの?」
「世界の観察は、レンの分野だったと思うんだけどな」
「施設がないから、さすがに何ともできないよ。
天使や神という存在がなかったものとして、新しく1から作られた世界に、たまたま前の世界の人と同じ顔の人が生まれたのか、天使や神のいない世界を作ったうえで元の世界の人を配置したかのどちらかだとは思うんだけど」
ソラが作った世界だから、ソラなら知っているだろうと思ったのだけれど、ソラは「それなー」と要領を得ないことを言う。
「神を倒して、新しい世界を作る時に、何がしたかったのかわからなくなってな。
別に世界平和のために戦っていたんじゃないような気がして、結局、神や天使がいない仲間が平和に過ごせたらいいかなくらいな感じにしたんだよ。
で、たぶん2年前に世界が出来て、そこにかつての人たちの魂的なのが配置されたって感じだろうな。
俺にしてみれば、別にレンがいてくれたらいいかなって、それだけだったよ」
「な、なに言っているのソラ」
恥ずかしげもなくソラが話すので、赤くなった顔を隠すためにうつむく。
でも、これでいくつか分かった。わたしだけがソラを覚えていた理由と、天使の力を使える理由。
予想はついているけれど、もう1つだけ、聞いておかないといけないことがある。
「ソラは世界を回っていたんだよね」
「元知り合いの様子を見るためにな」
「A部隊の人は見つかった?」
「今のところ1人も見てないな。
たぶん、天使を前提として生まれた存在は、この世界にはいないのかもしれない。
でも、まだ見つけてないだけって可能性もあるしな。何といっても、今の人類は何十億人だ。1日に1万人の顔を見たとしても、全員判別するためには何十年もかかるし、まだ生まれてきていないだけかもしれない」
エンジェル部隊。天使に対抗すべく、天使の遺伝子を組み込まれた人の部隊。わたしもそこに入るように言われていたのだけれど、いかんせん実力が伴わず、サポート能力はずば抜けて高ったため、入隊しなかったが。彼らがいないとなると、本当にわたしは、ソラが望んだからこうやっているのだろう。
「ねえ、ソラ。もしも、2人とも生きていられたらって時の約束覚えてる?」
「レンは1回死んでるけど」
「確かにそうだけど、でも、今は生きてるよ。こうやって、ちゃんと2人とも」
「分かってるよ」
最初ははぐらかしてきたのに、真面目な声を出して、ソラが近づいてくる。
心の準備は出来ていたはずなのに、心臓はその鼓動を速めることを止めなくて、気が付いたときには目の前にソラの顔があった。
目を閉じると、背中に手を回されて、グッと引き寄せられたかと思うと、唇と唇が触れ合った。