昔の世界
今日も一日、つつがなく学校が終わった。
ソラとの約束もないし、ユイたちと一緒に帰れるかなと思っていたら、ユイとサユがわたしを取り囲む。
サユは楽しそうだけれど、ユイはどこか必死さも感じる、形相をしていた。
「今日は逃がさないからね」
「別に昨日も逃げたわけじゃないんだけど。約束があったから、早めに学校を出ただけで」
「じゃあ、今日は私が納得できるまで、あの人の話を聞かせてくれるってことね」
今日のユイは面倒くさいなと、サユの方をチラッと見たのだけれど、サユはサユでワクワクしているらしい。わたしの視線に気が付いたのか、サユが口を開いた。
「ユイは、あの人がどうだっていうよりも、レンに隠し事されているのが気に入らないんだよね。
というか、いつの間にか、隠し事が出来ていた事……かな。3人でずっと一緒にいて、それぞれが相手の事を何でも知っているって思っていたし。あたしもそう思っていたし」
サユの言葉が図星だったのか、ユイはバツが悪そうにギュッと口を結んだ。
サユはいつもと変わらない、明るい雰囲気のまま、言葉を続ける。
「あたしは別にレンに隠し事があっても気にしないんだけど、あの人については、なんか引っかかるんだよね。初めて会ったはずなのに、そうじゃないような気がするって感じかな」
「2人はわたしが天使だって言ったら信じてくれる?」
「天使って、真っ白な羽が生えてる、神様の使い……みたいな?」
「見た目は近いけど、たぶん根本は違うかな。天使って言ってもいろんなのがいたから」
わたしの話を聞いて、ユイが難しい顔をしているのに対して、サユの表情はどんどん晴れやかになっていく。一般的な反応としては、ユイの方が正しいとは思うのだけど、サユは何を考えているのだろうか。
昔から、あっと驚くようなことを言う子だったから、何かを感じ取っているのかもしれない。
「神がいて、その下に天使がいて、複雑だからあえて間違った説明をするけど、神が世界を壊そうとしたから、その神を倒して世界を救ったのが彼」
「そんな話」
「信じられないって言ったら、怒るよ?」
感情的に言葉を出したユイを本気でにらむ。こちらで、こうやって怒ったのが初めてだったからか、ユイは怖気づいたように黙ってしまった。
今回はわたしにも非があるので、気にしないけど。
「まあ、先にこれを見せなかったわたしも悪いとは思うけどね」
いった直後に、大きな翼を出現させる。
長さにして、両手を広げたよりも一回り大きい位だろうか。
感覚はあるが非常に鈍く、切断されても痛くはない。切断されても時間が経てば、また復活もする。そして、無くても空を飛ぶこと自体はできる。
「本当に真っ白なんだね。触ってもいい?」
「いいよ」
サユが翼に触っている感覚が、やんわりと伝わってくる。
サユの方は心配していなかったけれど、ユイはどうだろうか。ユイの方に目を向けると、プルプルと手を震わせながらゆっくりと、わたしの翼に近づいてくる。ちょっと怖い。
ほどなく、ユイの手が翼に届いた。
「ヤバい。このフワフワヤバい。駄目になる。これ、絶対人を駄目する。
気持ち良い。このまま寝たい」
「ねえ、ユイ」
「何よレン。いまレンの翼を堪能してるんだけど」
「さっきの話、信じてくれた?」
わたしの言葉を合図に、ユイが動きを止め、ゆっくりと翼から離れる。
それから、恥ずかしいのか顔を真っ赤にしたと思ったら、後ろを向いた。
「こ、こんなの見せられたら、信じるしかないって」
「ユイがこんなにフワフワ好きだとは、知らなかったな。
何かとぬいぐるみを持っていたのも、そのせいだったんだね」
昔のことを懐かしみながら、わたしのような非現実的存在を簡単に受け入れられる現代人に、少し感動する。むしろこの2人だから受け入れてもらえたと考えた方が自然かもしれない。
どちらにしても、よかったと胸をなでおろしたところで、「なんでレンがそのこと知っているの!?」とユイが大声を出した。