変わったこと・変わらないこと
放課後、ユイからの追求を逃れる……というわけではなく、約束があったから、すぐに学校を飛び出した。
待ち合わせ場所は、とあるビルの屋上。当然、一般的な女学生がやすやすと行けるところではない。同時に、一般人もほとんど来ない。だから、待ち合わせ場所をここに選んだのだろう。
横道に入ってまばらな人通りの中、懐かしさを感じるビルの前に立つ。
そのまま正面から中に入りたいのだけれど、ロビーまでしか入れないのは、以前試した。
それに、記憶が正しければ、屋上につながる階段は封鎖されていたと思う。
まさか、またこの力を使うことになるとは思っていなかったけれど、彼に会うためならためらう必要もない。
まずは騒ぎにならないように、認識を阻害してから、1対の真っ白な羽を出す。
この羽は鳥や飛行機とは役割が違い、コントローラーのようなものだと考えるとわかりやすい。
そのため、垂直に飛べるし、ホバリングも思いのまま。あくまでわたしの力が持てばだけれど。
今のわたしだと、せいぜい数分飛べるかどうかというところだろう。
でも、ビルの屋上に行くには、充分な時間だ。
バサッと大きく羽ばたかせると、少し足が浮く。あとは、そのまま上昇するだけ。
柵もない、ビルの屋上に降り立つと、彼が物憂げな顔で、街を眺めている。
それから、わたしに気が付いた彼が、嬉しそうに声をかけた。
「本当に飛べるようになったのか」
「もう、飾りとは言わせないからね。もしかして、それだけのために、ここを待ち合わせにしたとか?」
「それも理由にはあるけど、なんとなく懐かしくてね。
ここから何度も見送られて、何度もここで迎えてもらったから」
「知らない建物はたくさんあるけど、知っている建物も結構あるよね」
ビルの屋上から見渡す世界は、懐かしくもあり、目新しくもある。
ずっとこの街に住んでいるわたしとしては、慣れ親しんだ街にはなるのだけれど。
「世界が変わっても、相変わらず人は権力に固執しているし、争いはなくならないし、空は青いし、赤信号はとまれだし」
「でも、変わったこともあるよね。知らない建物がいっぱいあるし、何より人がこんなにたくさんいる」
「確かにな。レンの身長がちょっと伸びた」
「もう高校2年生だからね」
自分の成長に少し得意げになってみるけれど、気になっているところもある。
聞かなくても想像はできるのだけれど、聞かない方が良い気もするのだけれど、聞かずにはいられなかった。
「2年経ったはずなのに、ソラは全く変わらないね」
「俺は成長期過ぎたからな」
からかっているのか、自嘲しているのか、乾いたような笑いが、ソラの隠した真実を教えてくれる。
「やっぱり、ソラはもう人じゃないんだね」
「それを言ったら、レンは半分天使だと思うけど」
今度ははっきりと、ソラが冗談のように言うけれど、本当の事だから、言い返す言葉が思いつかない。
「これからどうするの?」
「この先何万年生きるかわからないからな。
レンが俺を覚えてくれていたし、好きに生きていこうと思ってるけど」
「わたしも付き合っちゃダメかな?」
「付き合う?」
「何万年も生きる事。たぶん、今のソラなら難しくないよね」
「どうなんだろうな。今の俺に出来る事を全部把握しているわけじゃないし」
「出来そうだったら教えてね。今すぐじゃなくていいから。
ソラとお酒飲むって約束もあるし、せめて大人にはなりたいからね」
「はいはい。了解」
「それじゃあ、宿題しないといけないから。またね」
ソラに別れを告げて、上ってきたときと同じように降りようと思ったのだけれど、「レン」と声をかけられた。
どうしたのかと思ったら、ソラがスマホをもって、こちらを見ている。
「ソラ、携帯持ってたんだね」
「元々現代っ子だからな。それにしても現代社会は、よくもこんな便利なものを作ってくれたものだよ」
「あの頃は、通信機1つで大変だったのにね。
でも、どちらかというと携帯って、過去の栄華って感じしない?」
「俺たちが生まれた時には、すでになくなってたからな。
レンはもっと、高機能な通信機使っていたと思うけど」
「それはお互い様だよ。連絡先、交換するんだよね」
「俺が昔のままだったら、レンが勝手に見つけてくれると思うんだけどな」
軽口を言うソラからスマホを奪い取って、わたしの番号とアドレスを登録する。
その時に気が付いたのだけれど、ソラもだいぶこの世界に順応しているらしい。
ソラにスマホを返して、「あとで連絡してね」と言い残し、今度こそビルから飛び降りた。