帰還
いつもと変わらない高校からの帰り道。夕日に染まった道が、こんなにも愛おしく感じるのは、おそらくわたしだけで、一緒に歩く二人は気にも留めていないだろう。
その証拠に、2人で楽しそうに話をしている。わたしも混ざって良いのだけれど、今日はそういう気分に離れないから、適当に話を合わせるだけの機械となり果てることにした。
「この時期になると、レンってちょっと雰囲気変わるよね」
「え? わたし?」
2人のうちの、眼鏡をかけて髪を一つに結んでいるユイが、急にわたしの話をするので、素っ頓狂な声を出してしまった。
ユイと背が低い元気印のサユは、昔からわたしと仲が良かった友達という事になっている。
実際、わたしとしても、他の人といるよりも2人と一緒にいるのは落ち着くのだけれど、同じくらい寂しさもある。
「今日からちょうど2年前だよ。レンが変わったの」
「そうそう。サユよく覚えていたね。変なところ記憶力いいんだから」
「ユイ、それ褒めてないよね」
「褒めてないよ。せめて、テストで平均とれるようにならないと」
「で、レンの話だよ」
わたしの話から、サユの話に変わったから安心したのだけれど、旗色が悪くなったのかサユが話を戻してしまった。
ユイが思い出しように、私の方を見る。ジッとこちらを見る眼鏡の向こうで、何を考えているのか探ろうと思えば探れるのだけれど、それをしようとは思えない。
「急に大人っぽくなったよね。好きな人でもできたのかなと思ったんだけど、ずっと私達と一緒にいるから、そんなことなさそうだし」
「気のせいじゃないかな?」
「昔のレンならこの時点でだいぶ慌ててたと思うんだけど?」
「そうそう、レンなら『好きな人? いないよ、いないよ。もう、からかわないでよ。そういうユイの方こそ好きな人出来たんじゃないの?』みたいな?」
「そんな感じ」
サユが急にわたしの真似をして、ユイが面白がるように手を叩く。
昔はそうだった気もするのだけれど、遠い昔の事のようで、自分自身の事だったという実感はない。
世界は変われど、幼馴染という事か。下手に隠しても納得はしてくれないと思うので、信じてくれる範囲で、正直に話すことにした。
「好きな人ね。いるよ」
「……レンが? あのレンが!?」
「隅に置けないねえ」
ユイが驚き、サユが肘で横腹をつついてくる。ちょっとくすぐったい。
リアクションが終わり、ユイがしげしげとわたしを見る。
「自分で言っておいてだけど、レンに好きな人が居たなんてね。
私の感覚も捨てたものじゃなかったってことかな。やっぱり2年前に好きになったの?
私の知っている人? クラスの男子は落ち込むだろうなぁ」
「えっと……」
ユイがここまで食いついてくるとは、どのように答えようかと迷っていたら、ふと道の先で立っている人が目に入った。
夕焼けで、少し見づらいのだけれど、帰ってくるのを何度も何度も待ちわびたあの人で間違いない。
決して華奢というわけではないけれど、そんな細腕でよくやっていけるなといろんな人に言われていた、年上の青年。わたしは彼に希望を見て、彼に憧れていた。
2年前、全てを思い出した後も姿を見せない彼と、会えないのではないかと不安に思った日もあるけれど、ずっとずっと今日という日を待ち望んでいた。
気持ちが抑えられなくて、手に持ったカバンを投げ出して、走り出す。
わたしを見つけた彼が、いつものように安堵した表情でわたしを見てくれたことが嬉しくて、彼の両手をぎゅっと握った。
やっと言える。ようやく言える。
「お帰りなさい」
「ただいま」
照れくさそうに、彼は笑った。