僕がそばにいるから
私は兄を失った。敵国の弾丸に射抜かれて。
両親はもういない。兄のカイが最後の家族だった。
残されたのはカイが作った一台のロボットだけ。
カイは将来、セラピーロボットを作りたいと言っていた。手元のロボットに弾丸を撃つ能力はない。一ドルのCPUに二つの車輪と光センサ、あとはLEDと液晶の文字表示器がついている。
「大丈夫、僕が守ってあげる」
液晶はそう言ったまま動かない。
純白の体で私を貫くはずの弾丸を受け止めたから。
でも、私一人でどうしろというの?
どうやって生きればいいの?
いっそカイと一緒に逝きたかった。
どうして私を助けたの?
ロボットは答えてくれない。
シェルターに残された乾燥食料に手を伸ばす。だけど口にした途端、戻してしまった。もう全身が地獄の現世で生きるという罰を拒んでいる。
ポケットからナイフを出した。その刀身はかすかな光を受けて白銀にきらめき、とても美しかった。
もうこの刃に全てを預けよう。
喉元に刃を向ける。
全身が熱くなり汗が止まらない。手はずっと震えて動かない。
どうして? どうして行かせてくれないの?
貫いてしまえば地獄から抜け出せるのに。
揺れる視界の中で小さな光が灯った。
その光はゆっくりと近づいてくる。
お願いします。天国の使者ならどうか私を連れて行って下さい。カイの許に行かせて下さい。私、一人じゃ生きていけないんです。だからお願いします。
どうかこの世から旅立たせて下さい。
光はさらに大きくなる。だけど天国には行けなかった。
聞こえてくるモーター音に膝元で空転する車輪、それが使者の正体だった。
白色LEDで照らされた液晶画面に文字が浮かんでいる。
「大丈夫、僕が守ってあげる」
さっきと同じ、弾丸に射抜かれたロボットが呟く虚ろな言葉。
もういいよ。あなたに私は守れない。
喉元から痛みが伝ってくる。もう少しで終わる。貫けば地獄から解放されてカイの許に行けるんだ。
顔をゆっくり下ろす。
そのとき目に映る液晶の文字が鋭く瞬いた。
「行かないで!」
LEDが点滅し、空転する車輪はうなりをあげている。
どうして? 壊れたはずなのに。
「どうか泣かないで、傷つけないで」
ロボットにカメラはない。何も見えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?
「それはね、僕がそばにいるから」
「カイがここにいるから」
手からナイフが落ちた。
純白の体は刃を受け止め、優しく床に下ろした。
「大丈夫、僕が守ってあげる」
「僕がそばにいるから」




