酒と女
「最初に村長として、被害者を出してしまったことを謝罪しよう。そもそも原因は男達が普請に借り出されたのが――」
村長が話し始める。
『そもそも』とか言い出した時点で長くなることを覚悟した。
この爺さんは、厄介な事にたまに話を振ってくるのがウザい。
村長の話に耳を傾けながら周りの人間を観察するとニックがいた。
30代後半くらいのBBAと並んで座って小声で話している。
さっき言ってた嫁かもしれない。
ハリウッドのなイケメンだ、きっとヒモからのできちゃった婚だろう。
ほかのBBAもニックをチラチラ見てるしな。
「――と言う訳だが、長く話してしまうと料理が冷めてしまう。では食事としよう」
村長の長話が終わり、食事を始めるが、かれこれ10分以上話していたので冷めてきている。
内容は老人が何人か死んだけど、皆のおかげで若者が無事で良かったね、コレからはもっと注意しようねって感じだ。
「おお、これは中々に美味そう」
目の前に並んだ料理。
ここが異世界と理解したときに最初に諦めたものだ。
現代日本は庶民の料理でも様々な調味料が使われている、その味に慣れてしまってる俺は、物足りないだろうと考えた。
調味料も高価なんだろうしな。
「じゃあまず、これから」
シチューみたいなスープを飲んでみると、悪くはない。
黒パンを一口サイズにしてからスープに浸すと、硬い黒パンでも何とか食える。
生野菜も置いているが文化レベルを考えて、今回はスルーしておこう。
肉料理は何かの香草焼きのような物だが味は――
「美味い……なんの肉だ?」
鹿のような馬のような肉だ。
柔らかく淡白だが、この肉の旨味は強く、気持ち濃い目に味付けされた肉は十分に満足できるものだ。
出された料理には様々なスパイスや調味料が、使われているようだから食生活も希望がもてる。
「リュート様、如何ですかな?」
「うまいっス。シェフを呼んでほしいくらいっス」
ここは正直に答える。
予想以上の美味しさだ。
「それは良かった、この料理はニックの嫁のミランダが作ったものですじゃ。感謝を込めて素材も良い所を厳選したと言っておりました。酒は如何ですか?」
「酒ですか……」
ニックの嫁?
ああ、さっきニックの隣にいたBBAだな。
村長に酒勧められ、飲んでみようか考えていると後ろから声をかけられた。
「村長、それだったら私に任せてください」
この村で最初にあった赤毛の女性がお酒を注いでくれる。
緩めの服から谷間がコンニチハしているが、ジェントルマンとして視線を外す努力はしてみた(外してはいない)。
「今日は本当にありがとうございます」
「いえ、美しい貴女の力になれたならそれだけで十分です」
女性は褒めて褒めて褒めるのが俺流だ。BBAが作った料理よりこの子の料理が食べたかった。
「ふふ、お上手ですね、料理は口に合いましたか?」
「とても美味しかったです。貴女の作った料理もきっと美味しいんでしょうけど」
ここで秘技、『じゃあ一度食べてみますか?』を発動する。
この作戦は週刊誌でも特集された程の威力を持っている。
お弁当パターン、家においでパターン、料理できないパターンまで用意されていた。
「うふふ、この料理は私が作ったんですよ。ああ、そうそう、夫のニックからお渡しするものがあります」
「リュート様。この度はありがとうございます。男衆からですが気持ちばかりの謝礼金です。村長からも別にあると思いますが」
革袋を手渡される。
……え?
夫から?
ニックの嫁はBBAじゃなかったのか!
話が違うぞニック!
くそっ、このパターンは完全に想定外だ。
「あ……どうも、そっすか。ああ、お酒、キッツいお酒ないッスか……記憶が飛びそうな奴」
折れた。
心が、折れる音がした。
飲まないとやってられない。
抜け殻になってしまう。
目の前にあったコップの中身を飲み干すがこんなんじゃ足りない。
「おお、いける口ですな。では、この村特産の酒精の強い酒なのですが、火がつくことから火酒と呼ばれていて、これがとてつもなく――」
薀蓄を語りながら酒壺から注ごうとしてくるが、酒壺を奪い取り一気に飲み干す。
気分は歌舞伎町の新人ホスト。
心が。
心が、渇いているんだ。
「ぷはぁ……まだりゃ……まだこころりょが渇いて――」
そういえば酒を飲んだの初めて、なんて考えながら意識を失った。
食事会の翌日、吐き気と頭痛と共に目覚めた俺はベットの上でオバ……お姉さんに看病されていた。
薬師のコニーさん、40半ば位のの小奇麗な人だ。
「んー、どうにも熱が高いね。二日酔いだけじゃなくて風邪をひいちまったかね。まぁリュートちゃんは若いから大丈夫だとは思うけどね」
「そっスか……ありやす」
額を合わせて熱を測ってくれる。
ドキドキしてしまったのは風邪のせいである。
「昨日のことを覚えてるかい?」
「覚えてるッス」
思い出したくもないが。
村長スキルの一つの若者に酒を強要するの効果のせいだ。
「あんまり無茶な呑み方は辞めなよ。言っても若い男は聞きやしないがね」
「いえ、自重するッス」
しょうがないといった具合に微笑んでいる。
懐の広い優しさに、今誘われたら抱かれてもいいくらいの姉さんオーラ。
「他に変なとこはあるかい?」
「なんていうか……心臓のまわりが渦巻いている感じっス」
起きてからずっとモヤモヤしているのだ。
イケメンへの怒りもあるが、今まで体験したことのない感覚だ。
「心臓あたりねぇ……魔起みたいな症状だね。まぁ大方、胸焼けにでもなってるんだろう」
「魔起って何スか?」
ダメだ、心が弱ってるときの病気は必要以上に怖く感じる。
知らない病名とかやめてほしい。
「そういえば遠方からきたんだっけね、ほら子供が魔力に目覚めた次の日に熱を出すだろ?それをこの辺じゃ魔起って呼んでてるのさ」
「ああ、アレっすか。俺はなったことないんで魔起かもッス」
適当に合わせる、おたふく風邪みたいなもんか。
大人になってからは辛いって言うけど大丈夫か?
なんて考えてると大笑いされた。
「あっはっは、冗談はよしとくれ。10歳て宮廷魔術師、あの賢者サイオンですら12歳で魔起がきたんだ。」
「あー、サイオンでもそれくらいなんスね」
宮廷魔術師とは、中々のファンタジー職業だ。
「リュートちゃんは15位だろ?15で魔起が来たんなら魔王にでもなれるよ。まぁ、物心が付く前で覚えてないって子はよくいるんだけどね」
「そっスよねー、いや冗談っス。そういえば子供に魔起が来たら薬はどうしてます」
これが聞きたかった。
もし何か必要なら、無理を言ってでも手に入れよう。
「よその国でもおなじだねぇ。この国でもアタシが子供の頃から論争があってね。かなり無茶な実験もしたって噂だけど、結果はなにもしないが正解らしい」
「熱冷ましも飲ませないっス?」
人体実験をしているなんて、恐ろしい世界だ。
地球でも散々あったけど。
「薬を使っても効果がないからね。」
「効果ない?」
「普通の風邪とは勝手が違うみたいでね。そういえば教会が魔起強化の秘薬を作ってるなんて話もあったね、眉唾だけどさ」
話していると、気分も大分マシになってきた。
コニーさんが、有り難いことに、完治して体力が戻るまでの10日間分の滞在許可を村長にもらってくれたらしい。
時間に余裕ができたから暫くはここで今後についてかんがえようか。
「熱が引くまでは食事も持ってきてあげるよ。病人食だけどね。じゃあアタシはいくから、ちゃんと寝てるんだよ」
「ありやす。村長にもよろしくッス」
手をヒラヒラさせながら部屋を出て行く、様になってて格好いい。
色々考えないといけないが、とりあえず寝てから考えるか。