村長
「いやーまさか剣がこんな事になるとは。いやーすごい剣だ」
絶賛言い訳大セールを実施中である。
万が一、建物の弁償を求められても今の俺は無一文。
財産といえばスウェットとスリッパしかない。
大工でもない俺は補修なんて出来ないし、するつもりもない。
「おお、不思議な格好をしておられますが冒険者様ですかな?」
初老の爺さんがスウェットをディスりながら話しかけてくる。
某魔法学園の校長みたいな見事な髭をしているが、この爺さんはスウェットの素晴らしさをわかっていない。
「おい爺さん、スウェットを馬鹿にして良いのはジャージ派だけだ、言葉には気をつけろ」
「……? は、はい。失礼しました。ではお名前をお伺いしても?」
どこかしら納得が言っていないお顔だ。
まさか、爺さんはブルジョアジーの特権、上流階級しか着用を許されないナイトガウン派か?
こいつは偉い爺さんかもしれない。
地主の可能性もある。
「名前はリュウトっス。爺さんは偉い人っスか?」
「偉い人がわからんが、この村の村長ですじゃ」
な……村長だと?
態度を改めて正解だったな。
村長の肩書きがあれば村八分なんて朝飯前。
余所者イビリから若者への飲酒の強要も得意技。
敵に回すのは辞めておきたい。
出来ればご飯奢ってほしい。
「村長っスか。村長が俺に何か用事でも?」
もし、壊した家の賠償関連なら全力でスルーする覚悟だ。
前フリとして完璧な言い訳もしている。
いくら村長といっても剣からお金は取れないだろう。
「村を救っていただき、ありがとうございます。男衆が街道の普請で出払った時に襲われましてな、警戒はしておったのですが……いや、コレは言い訳ですな」
男らしく無い見苦しい言い訳をしている村長だが、仏の心を持つともっぱら噂の俺は許してやる。
ご飯もほしいのでヨイショもしておく。
「仕方ないっス。コレは誰にも予想できないッスから」
だから壊した建物の件も許してほしい、俺は悪くない。
ていうか本当にお腹が空いてきたし、喉も渇いてきた。
「そう言って頂けると救われますじゃ。年配の者たちに何名か被害が出ましたが、女や子供を守れただけでも身体を張った甲斐があったという物でしょう。それもリュート様がいなければ守りきることも難しかったでしょう」
「いやいや、でも力になれて良かったっス。俺がした事なんか、ゴホっ、全然、ゴホっ、おかしいな、喉の調子が」
『あれ? 喉の調子が、からの茶でも如何ですか?』作戦を発動する。
相手が極悪人以外なら通じる神算鬼謀。
「コレは失礼しました、大仕事の後でお疲れでしょう。我が家で何か飲み物でもお出ししましょう。粗末な家ですが今夜の寝床とお食事は提供させて頂きます」
「え?何か悪いなー、でも断るのも失礼だからお世話になります」
作戦通り完璧だ、自分の才能が恐ろしい。
しかも食事と寝床の確約まで貰えたので、これ以上ない成果だろう。
最悪の可能性に『のど飴舐める?』パターンがあったが見事に回避に成功した。
村長に案内され、村長宅で世間話をしながら茶をのんでいる。
先程、村人達が避難してきた屋敷なので広い。
村長曰く、村に領主や貴族が来た場合に宿を提供しないといけないので、必要以上に大きくしているとの事。
そう、村長と話していて理解した。
漫画のような話だがここは異世界だ。
何故か言葉は通じているが、村長や村人は日本の顔つきではなく、西洋寄りの顔をしている。
確定的だったのは、ノリで『村長の髭って魔法使えそうっスね』って言ったら本当に使いやがった。
魔法と言ってもライターや扇風機、手から水がチョロチョロくらいだが、仕込みも無しだったからトリックではないだろう。
「では、リュート様はニホン国のトーキョーから来られたのですな。失礼ですが聞いたことがない。かなり遠方からお越しで?」
「あーそうッス、そんな感じっス。東方の島国何で知らないかもです。この国と国交や交易も無いですし」
さり気なくアメリカ、ロシア、中国などのキーワードを言っても反応なし。
本当に異世界なんだな。
ここはアナスピア帝国のネメガ男爵領らしい。
「――とまぁ、儂も若い頃は旅をしたものです。今時の若者は世界を見たいなんて――」
村長の思い出話をうんうん、はいはい、そうですねと聞き流す。
老人の昔話は長いから敵わない。
まぁ壊した建物の話題が出ないならどうでもいいや。
「村長、失礼します! お怪我は無いと聞きましたが大丈夫ですか!」
飛び込んで来たのは、ハリウッドなイケメン。
服は少々見窄らしいが、短髪と鍛えられた肉体はどんな服を着てもそれなりに着こなしそうだ。
だか、ノックも無しに飛び込んてくるとはドコの蛮族だ。
「落ち着けニック、儂は問題ない。こちらのリュート様の尽力によって若い者の被害もなかった。お前の嫁も無事じゃ、リュート様にお礼を言うといい」
「なっ、こ、コレは失礼しました。ニックです、猟師をしています。話は聞いています、村を救っていただき本当にありがとうございました!」
年は20くらいで、猟師だが嫁持ちイケメン。
こういう輩が爆発していけば、世界から戦争は無くなるんじゃないだろうか。
ぜひ盛大に爆発してほしい。
「ドンマイっス。気にしたら負けッス」
正直イケメンに感謝されても嬉しくない。
若いお嬢さん方なチヤホヤされたい。
「ニック、男衆は皆無事に帰ってきおったか? 盗賊が二手に別れていたかもしれんくての」
「はい、皆無事です。こちらには盗賊は来ませんでした」
村長とニックで状況を確認しあっている。
それぞれの朝から現在まで誰がどんな行動をしたか、盗賊と繋がっていそうな村人は居ないかなどだ。
知らない固有名詞が多すぎて完全に聞き流すことにした。
「――で報告は以上です。他の男達も村を救って頂いたリュート様に感謝していました。男衆を代表して感謝を、おっと、そうでした。村長、食事の準備が整ったと集会所の女達が言ってました」
「準備ができたか、ではリュート様。今日の食事は皆と集会所で取りますのでご足労願えますかな」
「了解ッス」
集会所には30人ほどの村人が集まっていた。
盗賊に襲われ死者も出たので、村の有力者が集まり結束を固める意味もあるんだとか。
集会所に入ると村長にいちばん奥に案内され、村長はオバちゃんと話をしてから俺の隣に座った。
「リュート様は花はお好きですかな? 用意させて頂く事もできますが」
「花? 別に好きじゃないっス」
「おお、武人の方には失礼でしたかな、英雄色を好む何て言いますが、リュート様は高潔な方なのですな。では食事と酒をご用意させて頂きます」
村長は少しホッとしたような顔で、女性に食事と飲み物を並べるように指示を出した。
何で宴会に花?
……まてよ?
もしかして両手に花の花、つまり女性=花?
サラッとやらかしたかもしれない。
「ま、まぁ当然のことっス。ち、ちなみに花って?」
「当然……素晴らしいです。村の男衆もこれくらいの志があればのう。お恥ずかしながら、あの娘に今夜のリュート様のお世話を頼もうと思ってたのです」
チラリと目線を向けると、20代半ば程のやや露出の多いナイスバディなお姉さん。
ハリのある胸元、引き締まった腰、キツイ系の顔をしているが色気があるので嫌な感じはしない。
村長は、お酌をするではなく『今夜の世話』と言った。
当然の夜のお世話も込みだったんだろう。
「ま、っまぁ、キレイな子っスね。そっかー、そっか……」
「ええ、死んだ者の中にはあの子の祖母もいましてな。仇を取ってくれた恩人がもし望むなら、と夫を説得したそうです」
なんだと……ムチムチな人妻が夫の許可を得てお世話。
こんなチャンスは2度と来ないだろう。
神は何故、俺に試練を与えるのか。
「夫を説得したんスか……」
「ええ、じゃが良かったです。独身なら村から援助すればいいんですが、結婚していると子供が両親に似てない場合は問題の種にもなるのです」
「まぁ、そうッスよね……良かったッス、気持ちだけ頂きます」
己の迂闊さをここまで呪ったことはない。
で、でも赤毛のあの子がいるから!
そう思わないとやってられない。
「では、揃ったようなので始めようかの」
村長の挨拶から食事会が始まった。
今日は一話だけ。