3-18 ガウンムアのレジスタンス
俺の名はラスケイル。
国王に命じられルド王国に来ている。
ルド王国が開発した魔道銃の取り扱い訓練を受けている最中だ。
リチエルド陛下からの伝言は初日に
アレックス殿下に謁見したときに伝えた。
今俺が手にしているこの兵器は凄い。
使い方さえ解れば訓練期間は短くて済む。
剣、槍、弓矢などの武器は一人前レベルになるまで数年かかる。
持って生まれた資質にも左右される。
だが魔道銃はあまりにも簡単に敵に致命的なダメージを
与えることができるのだ。
国を出立する前に国王に密かに謁見したときの事を思い出す。
かすかな月明かりが差し込む陛下の寝室でのことだ。
「ラスケイル。頼んだぞ」
「お任せください陛下」
「そういえばレジスタンスの連絡網を構築したのは君だと聞いているが」
レジスタンスの連絡網はオバチャンの井戸端会議ネットワーク
を利用している。
各市町村のオバチャン達に空使いが情報を流す。
オバチャンがげらげら笑いながら立ち話をしていても
なんら不自然ではない。
たまに怪しんだ魔人が近寄って来るが
おばちゃん達にさんざんいぢられてすごすごと退散していく。
「いぢられる、というのは?」
「はい陛下。ビヤ樽みたいな体型のオバチャン達が
『あらあんたいい男ねえ、旦那に内緒で×××しない?』
『ぎゃっははははは!アネさんの旦那もう使い物になんないのぉ?』
『うっさいわね、味見よ味見、で、どう?どうなの?うりうり』
こんな事言われたらたいがいの魔人は引きます」
「うむ。私も常々思っているのだが、この国最強の生物は
オバチャンなのではなかろうかと」
「さすがは陛下、御慧眼です」
「ではルド王国魔王討伐軍司令官アレックス殿下に伝えて欲しい。
反攻の機が熟した時にこちらから連絡するとな」
雑談の後、訓練を充分に受けてから戻って来いと言われ
陛下の寝室を後にした。
ルド王国軍が使用してる練兵場に作られた射撃練習場は
夕方になり人もまばらになってきた。
俺もそろそろ帰りたいのだが
魔道ライフルの照準器がどうしても合わず四苦八苦している。
そこに一人の男が近寄り声を掛けて来た。
「随分苦労してるみたいじゃないか」
見ると少佐の階級章を付けている。
即座に胸に手を当て敬礼した。
「自分はガウンムアから来たラスケイルと言います。
元ガウンムア国軍大尉であります。
照準が合わなくて苦労してるところであります」
「どれ、見せてみなさい」
魔道ライフルを手渡した。
少佐は50m先の的に向けて一発発射。
的の端に当たる。
二発目は的の中央を捕らえていた。
「さすがですね、少佐殿。今のはどうやったんですか?」
「どうもこうもないな。この銃のバレルは多少ゆがんでいる。
何発も撃つと少しずつ歪むんだ。調整に出しなさい」
「しかし今少佐殿は的に当てました」
「簡単だよ。左に20cmずれることが解れば右20cmを狙えばいい」
口で言うのは簡単だが正確な射撃が出来るからこその技術
であることくらい初心者の俺にもわかる。
少佐は俺に銃を返しながら言った。
「私は魔王討伐軍のギルバート・エステスだ。
困ったことがあったら尋ねてきなさい」
銃をメンテナンスに預けてから宿舎に戻ることにした。
俺たち三人は国軍の一般兵卒用の宿舎を利用させて貰っている。
食堂に行くとジミーとルージィが先に夕食を取っていた。
「ようラスケイル、おつかれ」
「おう、疲れたよ。そっちはどうだった?」
二人は魔道ハンドガンを持って軍の山中訓練について行ったはずだ。
ジミーが答える。
「ハンドガンと魔道障壁があれば
魔法が使えない兵でもかなりの戦力になるんだな。
これを国に持ち帰れたら、と思うと胸が高鳴るね」
「そんなに凄いのか」
「ああ、今までは空を使って突然現れる魔人に
対抗できるのは人並み外れた反射神経ととぎすまされた剣技を
持つ者だけだったろ?
ところが魔道障壁で最初の攻撃を防いだら
ハンドガンで撃つだけだから何年にも渡る厳しい修行は必要ない」
「それでもある程度以上の訓練は必要だろうな」
「剣技を達人レベルまで持って行けるのは一部の天才だけだ。
だがハンドガンの扱いにはそこまでの才能は求められない」
ルージィがステーキの最後のひとかけらを嚥下してから言う。
「討伐軍はすでに万単位の魔道銃を保有してるそうだ。
ガウンムアにどれくらい供給してくれるか気になるね」
「うーん、ガウンムアの財政も厳しいからなあ。
魔人が税を重くしたし何より農民を減らされてしまったし」
戦争が始まる前に締結した安全保障条約には
『最大限の支援をする』と書かれていた。
だが高価なミスリルを使った魔道銃は
それなりの値段はするはずだ。
大量に供給して貰うとなるとそれに見合った
対価を用意せねばなるまい。
「なあラスケイル、それは俺たちが心配することじゃないぜ。
俺たちの任務は銃の扱い方を指導出来るレベルになることだぞ」
「ああ、ジミー。その通りだと思う。
だがタダで貰うのを当たり前と思ってもいかんだろ」
「まあそうだけどさ。くれるんならそれに越したことはない」
「帰ったら陛下に相談してみるよ」
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漁師のサンチエゴはいつもの航路でツイーネ沖にある漁場で
漁をしていた。
夜には碇を降ろし沖合で停泊する。
今夜もツイーネ側から小舟が近づいて来た。
自分の母港がある町には魔人は滅多に来ない。
生の魚は日持ちがしないし何より
内陸育ちの魔人達は海の魚を食べる習慣がない。
臨検を受けても生臭い魚を詰めた樽など一目見ただけで
顔をしかめてすぐに離れていってしまう。
最近になりサンチエゴもレジスタンスのネットワークに加わった。
魔人に申告している漁場は実際の場所よりもさらに沖にしてある。
サンチエゴの船がツイーネ経由で北の大陸と通じている事は
今のところばれていない。
小舟が接近してきた。
甲板からロープを投げ係留する。
網を上げる手動クレーンを小舟に降ろし荷をつり上げた。
小舟の船長が縄ばしごを伝い甲板に昇ってきた。
「サンチエゴ船長、いつもご苦労様」
「なんの。国のためだからね。
で、今回の荷は随分重いね」
「ああ、これはルド王国から供与された新兵器だそうだ。
いつもの荷受け人に渡してくれ。
それとこれは差し入れだ」
小舟の船長は一本の瓶をサンチエゴに渡す。
「貰い物で悪いんだがワインだよ」
「いつもスマンね。魚持って行くかい?」
「こっちこそスマンね。マアジか。干物にするわ」
いつもの物々交換を終え小舟は岸に戻っていった。
受け取った荷物を『荷受け人』に渡せば
サンチエゴの仕事は完了である。
その後荷がどこに行くかは知らない。
当初は空使いが少しずつ運ぶ予定だったことも
当然知らされてない。
貰ったワインをビンから直接一口だけ飲み
近くにいた船員に渡す。
「うまいぞ。全員分には足りないから
今甲板に上がってる連中で開けてしまえ」
朝日が昇ったら碇をあげて帰港しよう。
サンチエゴは一眠りするために自分のハンモックを目指した。