3-9 ジョンのスパイ大作戦 その3 メッセンジャー
森の出口、すなわち結界の境界線までタイロスに案内して貰った。
「じゃあ行ってくる」
「頼んだ」
小道は下り坂だ。
少し歩くと霧が晴れてきた。
来た道を振り返る。
「もうどこから来たのか解らなくなってしまった。
この偽装方法は学んでおきたいね」
空を使い一度上空に出る。
疲れるのであまりやりたくないのだが
空中で空を繋ぎ北を目指した。
途中の平原に降り立ち地図を確認する。
「ふむ。北北西に行けばクルトフか」
確か勇者はアレックス殿下の護衛でパールバディア国境に行き
そのまま聖女セシリアとクルトフのどこかで静養しているはずだ。
なぜか軍には箝口令が敷かれておりこれ以上詳しい情報はない。
が、いつもの通り現地調査でなんとかなるだろう。
クルトフの城壁にある南門で身分証を提示する。
「B級冒険者のジョン、か。ここにはなにしに?」
「ここのギルドに魔石を売りに。
路銀が底をついちまってね」
「そうか。今魔石が足りない状況だそうだ。
ギルドにふっかけてやんな」
「ははは、あんた面白いな。
まあ買い取り価格は国内統一されてるので
あまり無茶はできないよ」
「それもそうか。
じゃ一応規則だから入場者への訓辞を聞いて貰うぞ。
トラブル起こしたら即退去。
場合によってはその場で殺されることもあるが
おとなしくしていればなにも起きないよ。
俺たちの仕事を増やさないでくれ。
ようこそクルトフへ!」
まずは外務が使用してるセーフハウスに行く。
裏口から入った。
クルトフ支部の職員が出迎えてくれる。
「ジョン、もう帰って来たのか。忘れ物か?」
「察しがいいね。その通りだよ。
さっさと片付けて任務に戻らなきゃ。
で、勇者の居場所を知りたいのだが」
「理由を聞いてもいいか?」
「デリバリーだ」
「なんだ運び屋もやっているのか。アルバイトか?」
「ああ、アルバイトというかボランティアだ。
カネにならないのでさっさと終わらせたい」
「大変だな。勇者は王族が使う別荘に居る。
将軍の家の隣だ」
「ありがとよ」
忍び込んでも良いのだがデリバリーで来ているのは本当なので
正面玄関から堂々と入ることにする。
もちろん伝票は偽造済みだ。
門番に伝票を見せる。
「ご苦労さん、荷物は詰め所で預かるよ」
「いえ、これは王族からの荷物でして。
直接本人に手渡して本人からサインを貰ってこいと言われてるんです」
アレックス殿下の筆跡をまねたニセの封書を見せる。
「中を見ますか?」
「いや、それは王族が使用する封筒だし蝋印があるので
自分は開けられない。一応一人付けさせてもらうぞ」
案内兼監視役の衛兵に勇者の部屋まで案内して貰う。
衛兵が部屋をノックした。
「勇者殿、お荷物が届いております」
奥から声がした。
「ちょっ!ちょっと待ってて、今開けるから」
2分ぐらい待たされただろうか。
聖女セシリア様がドアを開けてくれた。
勇者はソファに座っていた。
二人の顔が少し紅潮している。
聖女の髪も服も少し乱れている。これは・・・・・
まあ、若い二人だ。詮索はするまい。
「勇者殿、荷物と共に伝言があります。お人払いを」
衛兵がいぶかしんだが勇者が何かあったら呼ぶと言い
廊下で待って貰うことにした。
聖女は隣の部屋で待機すると言い素直に退出してくれた。
勇者は人なつっこい笑顔で言った。
「さあ、これで良いだろ。暗殺にでも来たの?」
「まさか。本当に荷物と伝言を持ってきただけです」
「誰から」
「大賢者サミュエル様です」
勇者の顔から笑顔が消えた。
じっと俺の顔を見ている。
「1000年前の勇者のパーティの一員の大賢者サミュエルだよね?
確かエルフ種だったはずだ。
だがいくら長命とは言えもう生きてはいないんじゃないのかい?
冗談にしてはあまり質がよろしくないな」
「私が今からする話に嘘偽りはないと誓います」
普段は自分がスパイであることは絶対に明かさない。
だが今回は特別だ。
信用して貰わねば話が進まない。
俺は身分を明かしパールバディアに向かう途中で大賢者と出会った
話をした。
「ふむ。続けて」
勇者に促されて話を続ける。
「まずこの箱を開けてください」
勇者は小さな木箱を開け中身を取り出した。
「ペンダントとノート?」
「はい。このペンダントは先代の勇者が使っていたものだそうです。
魔力を増幅させ魔素を大量に集める事が出来る
固定化が施されているそうです。
サミュエル様が先代の勇者のために作成されたようですが
先代勇者が晩年に返しに来たそうです」
「これを俺に?」
「はい。勇者以外が身につけてもなんの効果もないそうです。
身に付ければわかると言ってました」
勇者は躊躇せずにペンダントを首に掛けた。
「・・・・・・まじかよ。これすげぇ」
見た目には何の変化もないので
俺には効果があったかどうかは解らない。
「サミュエル様からの伝言です。
自分は間もなく寿命が尽きる。
今回のパーティに加わることはできない。
もし賢者のポジションが空いているなら一人派遣する、とのことです」
「また大賢者のところに行くのかい?」
「ええ、この件を報告に行く約束になってます」
「俺も行っていいかな」
「村には結界が張ってあります。
もしかしたら入れないかも知れませんが」
「それでもいいよ。
先に村に行って俺が入る許可を貰ってくれないだろうか。
俺も大賢者に会ってみたい。」
「わかりました、そうしてみましょう」
「ありがとう。で、このノートは?」
「それは先代勇者の日記だそうです。
文字はサミュエル様も読めないと言ってました。
自分が持っているより当代の勇者に
預けた方が良いだろうとのことでした」
「わかった。俺が預かるよ。
さて、このペンダントのおかげで力がみなぎって来た。
療養にもう少しかかるだろうと思っていたけど
すぐにでも行けそうだね」
「すいません、私もクルトフに到着した
その足でここに来たものでして」
「そっか。じゃあ今晩はここで休んでいきなよ。
明日の朝出発しよう」
「明日の朝ですね。今夜は外務のセーフハウスに泊まるので
勇者様と聖女様のお邪魔はいたしませんよ」
「ありゃ、ばれてた?」
勇者は笑いながら頭をかいていた。
勇者と聖女なんて似合いのカップルじゃないか。
黙ってなきゃならん理由でも・・・・・あ、殿下か。
殿下がセシリア嬢に惚れているという噂を聞いたことがある。
「私もそんなに野暮じゃありませんし他言もしませんよ。
では明日の朝にお迎えに上がります」
約束通り次の日の朝早くに勇者を迎えに行った。
門の詰め所で待っていると勇者が屋敷から出てきたので
一緒に例の森を目指す。
まずタイロスの小屋に行き勇者が結界を
越えられるようにして欲しいと頼んだ。
「ジョンが手を引いて入れば大丈夫だよ」
「そうか。じゃ連れてくる」
三人で一緒に大賢者の小屋に向かった。
大賢者に勇者を引き合わせると俺の仕事は終わりだ。
「では、私は自分の任務に戻りますね」
大賢者が俺を呼び止める。
「せっかちじゃな。茶くらい飲んでいけ」
「ではお言葉に甘えて」
「ジョンはパールバディアで何をするんかいの」
「国内の様子を探るだけですよ」
「そうか。手間賃代わりにお前さんのペンダントに
オマケを付けてあげよう。貸してみなさい」
俺は首からペンダントを外し大賢者に手渡す。
手渡されたペンダントは大賢者の両手の中で一瞬光った。
「これでいいじゃろ。お主は魔石の魔力を選別できる能力があるな?」
「そこまで解ってしまうんですね。流石です」
「世辞はいい。その能力を増幅する効果を加えておいた。
魔人の魔石の個体識別が出来るようになり
位置の把握も正確さを増すぞい」
「素晴らしい機能ですな。大変助かります」
「なに、金銭での報酬を払えんからの。
これで我慢しておくれ」
ペンダントを受け取りお茶を飲み終えた俺は
いよいよ小屋をおいとますることにした。
勇者エリックと握手を交わす。
「ありがとうジョン。また会えるよね?」
「しかるべき機会があれば。
私の職業柄街で見かけても無視してくれると助かります」
「わかったそうする。武運を祈るよ」
再びタイロスに道案内をして貰う。
「この道を下っていけばパールバディアに行ける。
気をつけて行ってくれ」
「ありがとう。また来てもいいかな?」
「ああ、たまには外の話も聞きたいからな」
「じゃあまた」
これでメッセンジャーとしての任務は終わった。
この後勇者が大賢者とどんな話をしたのかは知らない。
振り返ると来た小道はすでに霧に覆われていた。
「ではスパイ大作戦をこなしに行きますか」