3-8 ジョンのスパイ大作戦 その2 伝説の大賢者
その壮年の男の小屋に入った。
暖炉には火が灯り部屋は暖かかった。
「すいません、助かります」
すすめられたイスに座る。
男も座った。
「俺の名はタイロスだ。あんたは?」
「ジョンです」
「そうか。ジョン、あんたは魔人だな?」
「・・・・・なぜそれを?」
胸のペンダントに偽装してある魔道具は作動してないのか?
「なにかの魔道具を使ってるみたいだが俺の前では効力を失うんだよ。
それでこの村に来た目的はなんだ?」
おそらくこんな辺鄙な山奥に人が住んでいることなど誰も知らないだろう。
魔道具が効力を失っている点に不気味な物を感じたが
ここで本当の事を言っても大丈夫だろう。
いや、正直に言った方が良いと俺の勘が告げる。
直後にこの判断が俺の命を救った事を知ることになる。
「実はパールバディアに行こうと思っていたんです。
ルド王国とパールバディアは国交を絶ってしまったので
正規ルートは使えないんですわ。
そんなわけで山越えのルートを選択したら霧に覆われて方角が
わからなくなってしまったんです」
「ふうん。嘘はついてないみたいだな。
あえて言ってないことはあっても。
ところでルド王国に勇者は現れたのかな?」
カマをかけてるのか?
勇者エリックが現れてから2年以上がたっているのに
それを知らないとは。
1000年ぶりに現れた勇者はルド王国が支援してる事を教えた。
「なるほど。で、今勇者はどこにいるんだね」
「さて、教えてもいいですがなぜそんな事を
知りたがるのか尋ねてもいいですかね?」
「うん、あんたになら教えてもいいだろう。
慎重に言葉を選んではいるが嘘は言ってない。
最初の質問に嘘をついていたら殺すつもりだったよ。
今から長老に会わせたい。ついてきてなさい」
タイロスは暖炉の脇に置いてあった松明に暖炉の火を移した。
一緒に小屋の外に出る。集落を抜け森に入る。
少し歩くと樹齢何年だか解らないほどの巨木が見えてきた。
その木の真横に小さな小屋が建てられている。
俺はタイロスの後につきその小屋に入った。
一人の若い女性が暖炉に薪をくべていた。
長老の世話をしているそうだ。
「タイロスさん、そちらの方は?」
「迷子だ。そしておそらくメッセンジャーだ」
メッセンジャー?俺になにか使い走りでもさせる気かな。
タイロスはベッドに寝ている老人に話しかけ起き上がるのを手伝っていた。
上半身を起こしたその老人は見た目に反してしっかりとした口調で話しかけてきた。
「お客人、近くに来なされ」
ベッドの近くに行きタイロスが用意してくれたイスに座る。
「ワシはサミュエルと申す。聞いた事は?」
「すいません、知りません」
「そうか。ワシの名は伝わっておらぬか。
勇者のパーティに賢者として加わり勇者と共に魔王を倒したのだがな」
「まさか・・・・勇者の物語に出てくる大賢者サミュエル・・・」
「そのまさかじゃ。ほれ」
老人は自分の白髪をどけて長い耳を見せてくれた。
「エルフ種でしたか。どうりで長生きなはずだ」
「当時はまだ300才の血気盛んな若者じゃった。
しかし年には勝てんのぅ。
もうすぐ寿命が尽きる。今はこの有様じゃ」
「現代ではエルフ種は絶滅したと言われております。
その生き残りのしかも大賢者様にお会いできるとは光栄です。
私はジョン。ルド王国から来ました」
「そうか。ジョン。魔人が人間の国で暮らしているのかね?」
「ええ、訳あって亡命してきました。
主にこの髪が金髪だったのが原因ですがね」
「魔人は皆黒髪だと思ったが」
「人間との混血が進み私のような金髪の魔石持ちも少数ではありますがいます」
「魔人と人間の混血か。時代は変わっていくもんよのう」
「で、私は何をすればよろしいのでしょうか?
実は国の命令でいまからパールバディアに潜入する予定でしたが
大賢者様の要請を優先したいと思います」
「タイロス?」
「長老、嘘は言ってません」
おそらくタイロスは嘘を見抜ける能力でもあるのだろう。
「すまんな客人、いやジョン。こやつはエルフと人間の混血じゃ。
魔力ではない能力が備わっている。嘘を見抜けるのじゃ」
「どうりで。解りました、私も嘘をつく気はありません」
「ではいくつかお願いしたいことがある。
アリア、アレを取ってきなさい」
アリアと呼ばれた世話係の女性が隣の部屋に行き
小箱を抱えて戻ってきた。
「これを当代の勇者に渡して貰いたい。
中身は今から説明をする。
そしてこの事は勇者以外に教えてはならない」
大賢者サミュエルの長い冒険譚が始まった。
聞き終えた頃にはもう真夜中だった。
「スマンが話し疲れた。
もう少し伝える事があるのでまた明日の昼頃にでも来てくれんかの?」
もちろんですと伝えタイロスと共に彼の小屋に戻る。
簡単な夜食をいただき、用意してくれたベッドで眠った。
次の日の昼前に再び大賢者の小屋に行く。
幾つかの補足説明を聞き約束を果たすことを誓った。
「この森の出口までタイロスが案内する。頼んだぞ」
「お任せください、大賢者様。成功した暁には報告に戻って参ります」
大賢者とタイロスが顔を見合わせている。
「なにか?」
タイロスが説明してくれた。
「この集落をとりまく俺たちの縄張りには結界が張ってあるんだ。
近くを通りかかった者は無意識のうちに
結界とは逆の方向に行きたくなってしまうのだ。
ところがあんたは迷うことなく小道をこの集落に進んできた。
おそらくあんたが持ってる魔道具が結界を無効化させたのだろう。
それはどこで手に入れたんだ?」
「ルド王国内の魔道具屋だよ。
効力があるかどうか確認できない眉唾物だと言っていたが
俺にとっては有り難い効果があったので買ったんだ」
「そうか。では出所ははっきりしないのだな」
大賢者が口を開いた。
「たぶんそれ作ったのワシ」
「えっ」
「当時人間の女性と結婚したがっていた魔人が居たので
作ってやった記憶がある」
「なるほど。大賢者様の作品でしたか。どうりで結界を超えられたわけだ。
では私はこの集落に出入りが出来るわけですが、いいんですか?」
「信用しよう」
「ありがとう御座います。では使命を果たして参ります」
「頼んだぞ」
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「タイロス、これは何を暗示しておるのかの」
「私もそれを考えてました。
当代の勇者が現れ魔王が復活した。
ちょうどその時期に結界を超えられる者、メッセンジャーが現れた。
すべて偶然なのでしょうか」
「わからぬよ。少なくとも1300年程度の寿命では
世の理をすべて解き明かすのは無理じゃな」
「少なくとも、ですか」
「タイロス。お主も数世代前とは言えエルフの血が混じっておる。
おそらく人間よりは長命のはずじゃ」
「そうですね私もすでに95才になりました」
「うむ。あと100年くらいは生きるじゃろ。
お主だけではない、村の皆のためにも結界は保持せねばな」
「御意に」




