3-7 ジョンのスパイ大作戦 その1 隠村の入り口
外務部調査室に帰り報告を済ませる。
ダレスはスフィーアの亡命政府が預かる事になるだろう。
たまたま城にはスフィーアの姫の従者エドが来ていたので
連絡して貰った。
ニコラ室長と話を続けた。
「ではガウンムアは現在のところ圧制下にあるわけではないのだな?」
「ええ、多少税が上がったみたいですが国民はいつも通りの生活をしてます」
「新国王は?」
「ヴァレリ中将の部隊がツイーネに拠点を移してから
いろいろと動いたみたいですね。
貴族の生き残りを集めて大臣に任命し、新たな評議会を立ち上げました」
「占領下でそこまで出来るものなのかね」
「それも調べました。どうやら魔人の中に協力者がいるみたいですね」
「うむ。よく調べたな。詳細はレポートで提出してくれ。
終わったらすぐにパールバディアに潜入して欲しい」
「休み無しですかね」
「そのかわり高給取りだろう。すまんが我慢してくれ。
女王陛下からの肝いりの命でもあるのだ」
「では逆らえませんね。せめてボーナスの査定を良くしてくださいよ」
ジョンは外務部の部屋を出る。
女王か。
まず言わせて貰えば彼女は本当にオリビア家のマチルダなのか?
所作は完璧だしオリビア訛りもある。
なにより前国王の世継ぎを生んでいるし誰も彼女の存在自体を
怪しんでいたりはしない。
たぶん俺以外は。
説明できない違和感の正体を知りたい。
「ま、それは『趣味』としてのんびり調べるか。
感づかれたら俺の首が物理的に飛んでしまいかねないからな」
レポートを提出し支度を調える。
一瞬ダレスの事が頭に思い浮かんだがすでにスフィーア亡命政府に
彼のことはまかせてある。
これ以上接触すると情が移るからな。
ま、何かの機会に会うこともあるだろ。
そうだ、その前に国内で気になることを一つ片付けなければ。
つい昨日のことである。
件の彼女を見かけたのは某有名レストランでの
食べ放題ランチタイムでのことだ。
一品ずつ皿に取りじっくり食べてからなにやらメモ書きしていた。
さりげなく後ろを通りメモを覗いたが
簡単な絵まで描いてあるレポートといった印象。
やってることは俺の仕事と一緒だがあまりに堂々としている。
まあ店内のウェイター達は気にとめてないし
おそらく他店のスパイ行為など見逃してやる、
といった有名店ならではの余裕でもあるのだろう。
それだけなら俺も気にしなかったのだが彼女は
『魔石持ち』だったのだ。
つまりは魔人なのである。
なぜそんなことがわかるかって?
俺自身がルド王国に亡命してきた魔人だからな。
もっとも俺の場合は自分の魔石から漏れ出す魔力を遮蔽する魔道具を
身につけているので他の魔人にはばれない。
レストラン街の中心で意識を集中する。
魔道具が多数使用されている都会では
常日頃から魔力があふれているので
感覚が麻痺しがちだが、集中すれば
魔人が発する生の魔石から漏れ出す魔力を感知できるのが俺の得意技。
「お、いた。あの店か」
早速入ってみると広い店内の中央のテーブルに彼女はいた。
空いてる隣のテーブルに座り聞き耳をたてる。
「ねえニナさん、今日は何食べるの?」
「ハンバーグランチで決まりね。
この店は牛とボアの合い挽き肉を使ってるのよ。
パンも焼きたての中から好きな物を選べるの」
「さすがニナさん!私もそれにする」
一緒にいる女性は私服姿で地味な印象ではあるが
間違いなく聖女のイヴォンヌ嬢だ。
どういう関係なのだろう。
その後二人はたわいもない話をしてランチを食べ
店を出てから手を振ってサヨナラをしていた。
ニナと呼ばれた女性をつける。
一度王城前の広場に行き今度は商店街に入っていく。
買い物でもするのか?商店街の路地を曲がったのを確認。
行ってみると行き止まりの路地には誰もいなかった。
「空使いか。やっかいだな」
俺はカミーラ嬢と連絡をとるために教会へ行くことにした。
彼女の部屋のベランダに忍び込む。
ノックはゆっくり二回。
カミーラ嬢が中に入れてくれた。
「良かった、部屋に居てくれて」
「ええ、ほんとに。相変わらずアポなしで
独身女性の部屋に突然来るのね」
「まあそう言うな。今回はイヴォンヌ嬢の件で来た」
かいつまんで事情を話す。
「なるほど。イヴォンヌの実家はここ王都にあるし
友達も大勢いる。誰に会っているかなんて
今まで気にしてなかったわね」
「わざわざ魔人を友人にするとは思えん。
魔人の方から聖女に接触してきてるのだとしか思えないな。
俺は今から任務で王都を離れる。
そこでイヴォンヌ嬢の事はあんたにまかせたいと思ってな」
「わかった。よく知らせてくれたわね、ありがとう」
「じゃあ頼んだぞ」
カミーラの部屋を後にした。
王城が抱える諜報組織は俺が所属する外務の他に内務と軍務がある。
各諜報機関は横の連係を取っていない。
それぞれがスパイの素性を知られるのを嫌がっているためだ。
それは教会が抱える別働隊にも同じ事が言える。
表向きには我々は街ですれ違ってもお互いのことは
何もわからないという事になっているのだ。
だが俺たち現場を飛び回るスパイは秘密のネットワークを持っている。
このネットワークは昇進し課長以上になると自動的に外される仕組みだ。
外されるというか自発的にコンタクトを取らず秘密は墓場まで持って行く
誓いがあるのだ。
歴史はかなり古いらしくニコラ室長だって知っている。
彼もかつて所属していたはずだがそんなことはおくびにも出さない。
カミーラは教会の裏の仕事に精通している上に
スフィーア亡命政府がらみで王城にも出入りしている。
お互いに情報を持ち寄る持ちつ持たれつの関係なのだ。
イヴォンヌ嬢の事はこれで良いだろう。
さて自分はどのルートでパールバディアに入ろうか。
「クルトフまで行ってみるか。
それから南南東の山岳地帯を抜けて進入しよう」
このルートは人が住んでない密林と山岳地帯を通るので
魔物に襲われる危険はあるが人目にはつかない。
サフラスを通り抜ける事になるが険しい山岳地帯となっているし
ばれないだろう。
今回はこのルートで行く。
次の日。
空を繋ぎ地図を確認しながらサフラスの山岳地帯に入る。
そこで深い霧に覆われてしまった。
俺の能力では視認出来る範囲内でしか空を発動できない。
「仕方ない。野宿できるところを探すか」
視界はせいぜい10m程度だ。
方角はわからないが晴れれば確認できるだろう。
しばらくなにもない岩肌を歩いていると小道を発見した。
「獣道ではなさそうだ。こんなところに人が住んでいるのか?」
小道は坂を下りていく方向に向かっている。
たどっていくと森林地帯に入って行った。
その森の奥で小さな集落を発見する。
たまたま小屋から出てきた一人の壮年の男性が俺を見つけた。
こっちから挨拶をする。
「こんにちは。実は道に迷ってしまいまして」
「・・・・・・本当か?」
「え?本当ですが。ここはどこですか?」
「まあいい。中に入りなさい」
結局俺はこの集落に一泊することになったのだが
何とも不思議な体験をさせて貰った。
そしてこれはレポートには書けない。
念を押されたのだ。
誰にも教えてはいけない。
勇者以外には、と。