3-6 勇者療養中につき
パソコンの電源を切り完全にシャットダウンしたのを見届けて
帰り支度を整える。
「おい、本山。終わったんならコッチ手伝えよ」
係長が声を掛けてくる。
「すんません係長。女房子供が腹すかせて待ってますんで」
「ああそっか、新婚だっけ。って、あれ?もう子供できたの?」
「それをこれから仕込むんっす」
「やらしいなお前!」
フロアに居る全員が笑う。
今日は金曜日だしノー残業デーなので皆早く帰るはずなのだが
係長は残業するつもりだろうか。
組合に怒られるぞ。
近くに行き係長が立ち上げてるパソコンを覗いてみる。
「あー、これは悩ましい展開ですね」
「だろう?まだ修正できるかと思うんだが。
いいや、これ切っちゃえ」
「あっ!」
「えっ?」
説明しよう。
係長は自分の仕事をさっさと終わらせて麻雀ゲームに没頭していた。
「うーん、今オヤなんですからノミ手で上がってリャンハン縛りまで
粘るべきかと」
「堅実だね。君は正しい、実に正しい。
だが沈んでるんだぞ?
ここは一発逆転を狙って三暗つけるべきだろ」
課長がニコニコ顔で寄ってきた。
「あのさあ、君たち。ゲームなら家に帰ってやれば?」
係長が言い返す。
「お言葉ですが課長は自宅に居場所があるとでも?」
「ないな」
「でしょ?」
「言いくるめられそうになってる自分がイヤ。
っつーか、さっさと帰れ」
課長と係長のコントには加わらずに会社を出た。
ユカリの方が先に帰ってるはずだ。
夕飯作って待ってるね!とメッセが入っていた。
帰り道にお気に入りのケーキ屋でショートケーキを購入。
「あいつモンブラン好きだったよな、確か」
ケーキの箱と共に帰宅。
結婚してから引っ越してきた2LDKのマンションだ。
玄関を開けるとユカリがキッチンに立っていた。
ん?なんか変な服着てるな。修道女のコスプレ?
しかも金髪だと?ユカリじゃない!
「う、うわ!お、お前誰だ!」
その金髪碧眼の女は振り返りなにか俺に向かって
しゃべっているがなぜか声が聞こえない。
しかも動きがスローモーション。
まるでうなされ系の軽い悪夢を見ているような・・・・
だんだん女の声が明瞭に聞こえてきた。
「・・・・ック・・・エリック!しっかりして!」
「う・・・・うわ・・・はうわー!」
突然意識が戻った俺はまだ朦朧とする視界に女性が居るのを確認。
「あ、あれ?ユカリ?」
「えっ」
「えっ」
視覚と同時に思考も明瞭になってきた。
そうだ、俺は魔王と対決して負けたんだ。
「セシリア・・・・直してくれたのか・・・・」
俺の左腕は繋がっていた。
ゆっくりと手のひらを広げたり握ったりして確かめる。
まだ痺れるし感覚が鈍いがちゃんと動く。
セシリアは俺を膝枕したまま顔をのぞき込んでいた。
「良かった。腕は動くみたいね。体は動かせそう?」
「いや、まだ魔力切れの余韻があって目眩がするな」
「じゃ、もうしばらくこのままでいましょう」
殿下が近寄ってきた。
「エリック、意識が戻ったんだな。良かった」
「殿下・・・・・すいません。魔王は強かったです」
「今は何も言わんでいい。担架を用意させた。
パールバディア側にいつまでも居るわけにはいかんからな」
それから担架に乗せられルド王国側の町に移動。
王族貴族用の本陣宿の一室に担ぎ込まれた。
殿下はグレインに文句を言いに再び部隊を引き連れて
関所に行ってしまった。
ベッドに寝かされ毛布を掛けられた俺は手足がじんわりと暖まり
眠気が襲ってきた。
「セシリア、治癒ありがとな。今は眠いから寝ちまっていいか?」
「うん。もちろんよ。ぐっすり寝て早く直して」
まぶたをを閉じるとそのままあっという間に落ちてしまった。
~~~~セシリア視点~~~~
「あ、あれ?ユカリ?」
「えっ」
「えっ」
ちょっ。どんな夢見てたのよ。
気になる。
でも今はその話は後回しね。
殿下が用意してくれた担架にエリックを乗せて兵士に運んで貰った。
ベッドに寝かせると緊張が解けたのだろうかエリックは本格的に寝てしまった。
ベッドの横のイスに座りじっとエリックの寝顔を見る。
すーすー寝息を立てている。
自分で言うのも何だけど私が居て良かったと思う。
欠損部位を繋げることが出来るのは聖女隊の中では私だけのはずだ。
「う・・・・ん、んー」
エリックがうなされている。
私は心配になり顔をのぞき込んだ。
「・・・の・・・うかい」
「えっ?今なんて?」
「だいのうかい」
はっきりと聞き取れる明瞭な日本語で寝言を言っている。
廻りに誰もいないし大丈夫だろうと判断した私は
日本語で聞き返してしまった。
「だいのうかい?」
「そう、大納会」
「なに・・・・言ってるの?」
「うちは土木コンサルなのに大納会というのはおかしい。
証券会社ならまだしも」
「う・・・うん」
「素直に最終営業日と・・・・ふえ、ふへへへ」
今度は笑い出した。
「なんなの」
「ふへっ、係長がハネマンに振り込んだ。ムニャムニャ」
しばらく様子を伺ったが今度は本格的に寝てしまったらしい。
そういや前世で一緒に暮らしてるときも時々寝言言ってたっけ。
「ふふ、夢の中でのユカリさんはどうでした?」
~~~~アレックス視点~~~~
聖女セシリアは傷ついた勇者に駆け寄りちぎれた彼の左腕を繋げた。
聖女の能力は度々戦場で見てきたが今回は凄まじいまでの集中力を感じた。
草原に座り込み勇者を膝枕するセシリア嬢の姿に見入ってしまったが、
私も自分の仕事をせねばならない。
担架で勇者をルド王国側に運ぶよう指示する。
速やかに移動し勇者をベッドに寝かせた。
「諸君、まだ仕事は終わっていない。
場合によってはパールバディアの魔人軍との戦闘になるかも知れない。
全員武装したまま関所に向かう」
部隊を引き連れて関所に戻る。
会談に使われた建物の前にはグレイン少将とワッツ副官が丸腰で立っていた。
帯剣していないとは言え彼等は魔法使いだ。
油断は出来ない。
「王子殿下。魔王様の突然の襲来深くお詫び申し上げる。
どうか今一度交渉のテーブルに着いてはいただけないだろうか」
「再び話し合う点には同意する。
だが今回は武装した兵を真横に控えさせるぞ」
「ご随意に」
「まず聞きたいのは国交断絶及び不可侵の条約は守る気はあるのか?」
「当然です。我々パールバディア占領軍はルド王国と
国交を断絶すると同時に不可侵を約束します」
「この関所は封鎖し我々は国境沿いに常に国軍を展開させておく。
よろしいか?」
「結構です」
「ではなぜ魔王は突然襲いかかってきたのだ」
「魔王様の目的は勇者の排除だからです」
「なにもこの席でやることはないと思うが」
「私もそう思います。が、先にも説明したように魔王様は
絶対君主です。例え気まぐれの行動でも我々は逆らえません。
それに魔王様が勇者と戦う事に関しては我々はおろか王子殿下、
あなたでさえも口出しできないはずですぞ」
「ほう、なぜそう思う」
「勇者はあなたの部下ですか?」
「いや違う」
「勇者は軍人ですか?」
「・・・・違う」
「そうです。勇者は国とは別個の独立した立場であると聞いてますが」
「その通りだ」
グレインは頭の切れる男だ。
釈然とはしないが彼なりの落としどころを決めているのだろう。
まずは話を聞いてみることにする。
「私は魔人と人間の共存計画を伊達や酔狂でやってるわけではないのです。
魔王様が勝とうと勇者が勝とうと、その後も魔人や人間の生活は続くのです。
願わくば魔王様が勝利し魔人主導での共和制国家を建設したい。
矛盾してるようですが魔王様もこの点は同意してるのです」
「言いたいことはわかる。
だがこちらは魔王の排除を勇者だけに丸投げしてるわけではない。
全軍を持って排除に当たると考えていただきたい」
グレインは少し間を置き応えた。
「理解しました。こちらも魔王様の命令があれば軍を動かさざるを得ません。
その点はそちらと同じです。
今回の不可侵条約はあくまでパールバディア占領軍との約束であると
念を押しておきたい」
「こちらも理解した。
魔王があなたに侵攻を命じたら逆らえないという事でよろしいか?」
「ええ、結構です」
「その時は全力でお相手する」
関所の外に出てから部隊に指示を出した。
「関所を封鎖するぞ。国境の塀は破られないように固めておこう。
土魔法使いを集めて平野部は土壁を築く」
戦闘に参加した兵士全員が居るのを確かめる。
「今日ここで勇者と魔王が対決したことは誰にも言ってはならん。
せっかく調印した不可侵条約をこちらから
破棄するはめになるかもしれんからな。
箝口令を敷く」
ここで勇者が魔王に負けたなどという話が広がれば
国民全体の士気を低下させることになりかねない。
箝口令は敷かざるをえないのだ。
それに魔王と実力で対峙出来るのはやはり勇者エリックしかいないのである。
エリックが目覚めたら今後のことについて話し合わねばなるまい。
部隊と一緒に移動しながらなぜ
私はこんなにいらついているのかを考えた。
それはおそらく、いや確実に。
セシリア嬢がエリックにつきっきりで居ることが
気になっているからに他ならない。
「私も案外矮小な人間だな」
中隊長が声を掛けてくる。
「殿下、今回の件は非常に上手く収めたと思います。
お見事でした」
「中隊長、気を遣わせてすまんな」
エリックとセシリア嬢にはしばらくクルトフ領内で静養して貰おう。
私は早急に馬車で王都へ戻らねばならない。




