2-33 実験国家と魔人達 その3 魔王現る
「ここなら誰にも聞かれないだろ。
『おい、小僧。お前は元日本人か?』」
日本語だった。
なんと返答すべきか一瞬迷ってしまった。
「・・・・・・・」
「わからんかったか。俺の勘違いかな?すまん忘れてくれ」
「『そういうオッサンこそ』」
ここからは久しぶりの日本語での会話となった。
「ふ、やはりな」
「なぜ気がついた?」
「『アイドル』、の発音がもろ日本語だった。
それに転移人であるアケミが日本語で
お前に手紙を書いていたことも知っている」
「詳しいね。あれはアケミがドワーフに託した秘密の手紙だったはずだが?」
「アケミの護衛をしているのは俺の息のかかった者だよ。
それくらいのスパイ行為はお手のものさ」
グレインは勝手に前世の事を語り出した。
「俺は通り魔に刺されて45才で死んだ日本人だ。
小さいながら会社をやっていてね。
それなりに充実した人生を過ごしていたんだが残念だったよ。
気がついたらコッチの世界の魔人の子として生まれていた」
俺も合わせて軽く自己紹介だ。
「俺は29才の時に交通事故で死んだ。
平のサラリーマンだったよ。
13才まで前世の記憶は封印されていた」
「封印?なんだそりゃ?」
「文字通りだよ。13才の年に前世の事をすべて思い出した。
あんたは前世で死んでから誰かにこの世界に行けと言われたのか?」
「いや。前世で死んで気がついたらこっちで生まれ変わっていた」
鈴木みたいな存在には会わなかったのか。
「グレインさん、あんたも転生日本人だと言うことはわかった。
だが今の生ではあまり関係ないと思う。
話はそれだけか?」
「いや。本題に入ろう。この世界で『日本』を作りたい。協力しないか?」
「何を言ってる?俺は敵だぞ?」
「ふうむ。お前は魔王様と対決するんだよな?
はっきり言うが今のお前じゃ勝てないぞ」
「・・・・・知るか。やって見なきゃわからんだろ」
「やれやれ。やはり小僧だったか。
魔王様との和解の道を模索する選択肢だってあるはずだ。
考えたことはないのか?」
「ないね。戦争が始まる前なら考えなくもなかったかもしれない。
だがあんたらは俺の仲間達を殺し過ぎた。もう遅い」
「わかった。無理強いはしない。
先ほどの提案通りパールバディアはルド王国とだけではなく
サフラスやグレンヴァイスとも国交を絶つ。
その間にこの国を政治的に作り替えて行くつもりだ。
気が変わったらいつでもここに来い。歓迎する。
もっとも魔王様に殺されたら話は別だが」
「あんたはどっちの味方なんだよ」
「もちろん魔王様だ。
勇者君、君を誘ったのは同郷のよしみ以外のなにものでもない」
「話だけは覚えておこう」
「ああ、それで良い」
俺たちは連れだって殿下達が待つ建物に入って行った。
一週間後にまた会談する約束をし、護衛の部隊と共にクルトフに帰った。
部隊はクルトフで一週間後まで待機して貰う。
俺たち三人はさっさと王都に帰ってきた。
殿下と一緒にすぐにマチルダ女王に報告するため
女王の執務室におもむく。
「話はわかった。国交断絶をあちらが守ってくれるなら
クルトフ方面軍は人員を削減してもいいわけだし、
メリットはあるわね。
でもスパイは仕込んだ方が良さそうね」
「はい、母上。やはり外務部に頼みますか?」
「内務も軍務も諜報組織があるので三機関集まって
話し合ってみるわ。
一週間後に間に合うように返事をまとめます」
殿下はその他にも打ち合わせがあるのでそのまま女王の
執務室に残った。
俺と入れ替わりに数人の役人が入室していった。
「殿下も大変だなあ」
俺はセシリアを誘って王城内の食堂に行った。
俺たちは王族や貴族用のレストランやカフェテリアの
利用を許可されているが
一般職員用の食堂を利用することが多い。
これはまあ育ちの関係もあって
庶民チックな雰囲気の方が落ち着くからだ。
「じゃあアケミさんはやっぱり無事なのね」
「ああ、無事どころか魔人の国ではアイドル状態だとさ」
「はい?」
簡単に事情を説明する。
「なんだか面白そうな人ね。
どんな服を流行らせたのか見てみたいわ」
「女子高生だったからその年代の女の子が
興味を引くような物じゃないのかな。
ん?待てよ。
俺たちがもうすぐ17才だからアケミは19才・・・20歳手前か。」
「じゃあその年齢層向けの服かしらね」
それから俺たちはそれぞれの部屋に帰った。
セシリアは完全に勇者のパーティ専属になったので
王城内の部屋を与えられている。
部屋に帰りえーちゃんと会話した。
『えーちゃんはどう思う?この世界に日本を作りたいという話』
『面白いと思うよ。でも俺は興味がないな』
『意外と冷めてるね』
『まあ異世界に来た元日本人とは言え俺は人間じゃなくて剣だからね』
『そっか。自由には歩けないもんな』
『でも俯瞰能力があるから飽きないよ』
『俺が手を離している間はなにやってるんだい?』
『おもにノゾキ』
『おお、ピーンピングトム』
『もっとも性欲も性器もないから
女のハダカ見てもピクリともしないけどね』
『ちょっと待った。今なんて言った?』
『ん?ピクリともしないが?』
『そこじゃない。女のハダカなんてどこで見てるんだよ』
『女の部屋に決まっとるが』
『・・・・・・まじか。今度、俯瞰映像送ってくれる?』
『おういいぞ。だがそろそろ
セシリア嬢の部屋に忍び込む時間じゃないのか?』
『そこはノゾかないでね。恥ずかしいから』
『ははは。まあエリックも若いんだから
今のうちに楽しんでおきな』
『ありがとな』
俯瞰できる半径は限りがある。
だが最大限に広げればこの王城はすべてカバー出来るのだ。
しかしそれなりに精神力を使うためすぐに能力の限界が来るので
めったにやらない。
そう、めったにやらないだけでたまにはやるのだ。
『じゃ、俺は寝るから。エリック、おやすみ』
もちろん嘘であった。
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約束の一週間はすぐに過ぎた。
俺たちは再び関所で会談しマチルダ王女の決定を伝えた。
女王からの親書をパールバディアの王に渡して貰うよう
お願いし会談は無事終了。
これでしばらくはパールバディアとは国交を絶つことになる。
関所は封鎖されることになった。
建物から出る時にグレインが小声で話しかけてきた。
「俺が言うのもなんだが・・・・・死ぬなよ」
「ん?あ、ああ」
今のはどういう意味だ?
関所を後にしようとしたその時意味がわかった。
突然巨大な岩塊が俺と殿下めがけて飛んできた。
とっさに同じ程度の質量の岩塊をぶつけて相殺する。
「殿下!護衛部隊まで走ってください!
今のはあきらかに俺を狙ってきた!」
「わかったエリック。そこで待ってるぞ!」
パールバディア側の門を見ると二人の女性が立っている。
そのうちの一人の女性は・・・・・
「ア・・・アケミ?」
空間を俺の目の前に繋ぎアケミらしき女性は
俺の目の前に降り立った。
黒地の襟カラーがある軍服には二列の大きなボタンが着いている。
肩には紐の装飾があった。
マーチングバンドが着るような服に似ている。
黒いミニスカートに黒いストッキング。
ふくらはぎまで隠れる皮のブーツを履いている。
姿形はアケミだが中身は確実に違う。
圧倒するような禍々しいオーラを身に纏っているようだ。
「ふーん、君が当代の勇者エリックか」
「わかった、お前が魔王か!」
「そう。場所を変えるわよ。ついて来て」




