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2-24  グレインの仕事 移民と共和制


 グレイン少将は十二人会議からの通達を読むと

渋い顔をしてうなった。

「うーむ。だから言わんこっちゃない」


 ワッツ副官が尋ねる。

「なにがあったんですか?」

「ああ、ガウンムア王国でヴァレリ中将が

農民を殺しすぎてしまったため

農作物の収穫が激減しとるそうだ。

パールバディアから小麦粉の支援、

それに農民1万人を移住させろとさ」

「1万人ですか。結構な人数ですな」

「なんとかなるか?」


 ワッツ副官は少し考えてから答えた。

「えー、そうですね・・・・。

『二級市民』を移住させましょうか」

「なんだ、その『二級市民』とは?」


「文字通りです。普通の市民の格下の階級があるんですね」

「そんな話は聞いたことがないな」

「ええ、二級市民という階級は正確に言えば存在しません。

しかし様々な理由で一般市民として受け入れて貰えない連中

の事をそう呼んでるそうです」


「例えば?」

「罪人やその子孫、著しく知能が低い者、犯罪者とまでは行かなくとも

それに近いはぐれ者などです」


「ほう、そいつらは普段なにやってるんだ?」

「農家の使用人、漁民の下働き、ゴミ収集などです」

「格下扱いされる基準が曖昧だな。

まあとにかくそいつらを集めて送り込むか。

何人くらい見込める?」


「戸籍もない者が相当数居るらしいので正確な数はわかりません。

調査してからまた報告します」

「頼んだぞ。可及的速やかにな」


 ワッツ副官はまず王城内の戸籍部に足を運んだ。

「部長はいるかね」

入り口付近にいた男性職員が笑顔で答えた。

「ワッツさんいらっしゃい。部長は隣の部屋にいますよ」

「うむ、ありがとう」


 隣の部長室に入る。

「やあ、部長。忙しそうだね」

大量の書類にサインを入れている部長にワッツは声を掛けた。

「これこれは、ワッツさん。なにかご用で?」

「実は二級市民の実態数が知りたいのだが」

「実態数ですか。彼等は戸籍を作っていない者が多いですし

正確な数はわかりませんです」

「やはりね。把握できる良い方法はないかね?」


 部長は書類にサインする手を止めて腕組みしながら

天井を仰いだ。

「うーん、なにか良い方法、良い方法・・・・

そうですな。まず農家は各市町村に何人使用人を使っているかを

届け出なくてはならないんです。全員が二級市民とは限りませんが

ほぼそうでしょうね。

同じように漁民の下働きも港湾委員会に届け出がなされます。

ゴミ収集やゴミ処理場の下働きも名前と人数は把握しているはずでして」


「なるほど、それらの機関を尋ねて廻れば良いのだな。

仕事をしてない者も把握できるかね?」

「ルンペンの類なら警察が把握してると思いますよ」

「わかった。それらの機関を手分けして当たって貰いたいのだが」

「ウチは今人手が足りない状況です。

総務に掛け合ってくれますかね?」

「総務部だな?わかった。

だが話をスムーズにするためにも戸籍部から一人派遣して貰いたい」

「ええ、一人なら何とかしましょう」


 一週間足らずで割と正確な人数が把握できた。

割と、と言うのは農家も漁民も使用人の数を提出するのは年に一回なので

その間に死んだり逃亡したり増やしたりした数は曖昧になってしまうからだ。


 ワッツ副官は各機関に二級市民を徴用する旨を伝えたのだが

各機関共に反発した。

二級市民とは言い方を変えた奴隷階級である。

安価な労働力をはいそうですかと簡単に手放すわけにはいかないのだ。


 グレイン少将に相談してみた。

「まあ、そうだろうな。奴隷が居なくなったら困るのはわかる。

で、二級市民は何人いたんだ?」

「約三万人です」

「意外と多いな。では使用人が2人以下の零細は免除だ。

3人以上の所は3人中1人の割合で徴用しろ。

それでも足りなかったらその時また考えようか」


「それでも文句は出てくるでしょうね」

「その時はパールバディアが魔人軍の占領下にある事を思い出させてやれ。

だが無駄な殺しはするなよ。

せっかく上手くいってる関係が台無しになりかねんからな」


 幸いにも秋の収穫祭が終わった後だったので

農家からはさほどの苦情もなく徴用ができた。


 とある農家の代表が教えてくれた。

「使用人にすらなれない日雇いの連中がいるんです。

そいつらを一時的に使用人として登録をして徴用に差し出した次第でして」

「なるほど、そんなからくりがあったのか。

まあ、人数さえ揃えられれば問題ないから目をつぶろう」


 南の港には船が用意され人員のピストン輸送を始めた。

数百人単位で徴用された二級市民がガウンムアに輸送される。


 行き着く先では一般市民として差別のない待遇が約束されているので

喜んでいる連中も多かった。

中には家族で移住を申し出てきた者達もいた。


「少将、第一便が出発しました。

港に集まり次第順次ガウンムアに送り出します」

「ご苦労だった。なんとかなったな。

しかし漁村で働いてた連中は農業などできるのかね?」

「ガウンムアでは壊滅した漁村もあるそうですよ」

「なら問題ないか。

さて、ワッツ副官。またまた本国からお達しがきたぞ」


 ワッツはあからさまに嫌な顔をした。

「今度はなんですか?」

「ヴァレリ中将の部隊がルド王国に侵攻するそうだ」

「しかしそれは食糧不足で延期になっていたのでは?

だからこそ徴用したのでしょう?

収穫があるのは早くて半年以上も先ですが」


「一回分の大侵攻ならなんとか保つそうだ。

もっともルド王国内で略奪する分も見込んでるわけだが」

「あちらの副官に同情しますな」

「おい、中将の副官はあの有名なブランカだぞ」

「前言撤回します」

「ははは、あの淫乱ネーチャンも気の毒だな、いろんな意味で」


「侵攻のタイミングは何時ですか?」

「そろそろかな。ルド王国の討伐軍はなにやら新しい部隊を設えてるらしいとの

情報が入ってきている」

「それはニナ情報ですかね?」

「そうだ。あの金髪ネーチャンは顔がばれてないので潜伏続行中だ。

うまいもん食べ歩きしてるだけじゃないらしぞ」


 彼女の食レポ、通称ニナ・レポートは第三弾が本国に届いており

大きな反響を呼んでいる。


「まあとにかく討伐軍がクルトフ奪還作戦を練っているみたいだ。

連中をクルトフに引きつけている間に中将の部隊が侵攻する手はずだ」

「わかりました。クルトフ常駐部隊はどうしますか?」

「適当なタイミングで放棄させろ。

国境まで誘い込めば国の反対側まで部隊を動かすのに相当時間が

かかるだろうな。

今回の俺たちの仕事は戦線を国境まで戻すことだ」


「了解しました。そのように手配します」


~~~~~~~~~


 クルトフ常駐部隊が帰ってきた。

グレイン少将は早速報告を聞くことにした。


「予定通り討伐軍はクルトフに張り付かせました」

「ご苦労だった。だがこちらも予想以上に損害が出たな。

なぜだ?」

「新兵器を持ち込まれました。

石弾を発射する魔道具ですね。

魔法を使えない一般兵士でも扱えるシロモノです。

それに魔力障壁の類も魔道具で作り出してるようでした」


「ほほう、敵さん考えてるな。

その新魔道具の数は把握できたか?」

「いえ、正確な数は解りかねます。

が、全兵士に行き渡るほどの数は認められませんでした」

「そうか。作るのにも手間がかかるのだろう。

大量に作り出される前に中将の部隊が侵攻出来ればいいのだが」


 クルトフから帰還した将校は報告を終え部屋を出て行った。


 ワッツ副官が今後の予定を尋ねた。

「連中は今頃慌ててウーファを目指しているでしょうね。

たどり着く頃にはすべて終わっているでしょう」

「すべて予定通りに事が運べばな。

そうだ、そろそろボイド班を呼び戻すか?」

「まだお目付役として残しておいた方がよろしいかと」


「そうだな、そうしよう。

それとしばらくの間魔人軍の軍人は軍服の着用を禁ずるぞ」

「なぜです?」


「クルトフ周辺を全くの手隙にするわけにも行くまい。

かならずパールバディアに部隊を差し向けてくる。

ルド王国軍が来たらすんなり入れてやれ。

たいした数は来ないだろう。


 役所や王城で働いてる魔人はこちらで着る一般的な服に着替えて

何食わぬ顔で仕事を続けさせろ。

軍人はパールバディア国防軍の制服を着せて

各駐屯地で訓練のまねごとでもさせておけ」


「了解しました。そのように通達します」


 現在パールバディア国内では共和制を実験的に導入する

準備が進められている。

市民からの代表は大都市からは2~3人、中規模の市や町からは1人

村は幾つかの単位でまとめて1人選出することになっている。

最初のうちは試験的に事前通達無しで市民を選ぶ事にした。


 その市民の代表者達が集まり生活全般に関する法律の原案を提出し

王城内で検討される仕組みだ。


 今までは王家や貴族が決めた事は絶対で

一般市民が口を出すことなど出来なかった事を考えると

かなりの改革になる。


 もちろん出された原案がそのまますべて通る事はないだろうが

通らなかった時もその理由を説明することにしたので

少しは不満が解消されるだろう。


 魔人軍に占領されていることは国民の誰もが知っている。

だが殺されたのは軍人だけで一般市民の犠牲はなかった事もあり、

国民は魔人に対しおおむね好意的に接している。

国が魔人のおかげで民衆の意見が通る国に

生まれ変わるかも知れないという希望も

好意に拍車を掛けていたのだ。


 グレインがワッツと話を続ける。

「ルド王国から来た将兵はどんな顔するだろうかな」

「まさかこんなに平和だとは思いますまい」

「だな。さて、我々もお洒落な服に着替えるか」


 ワッツはグレインの筋骨隆々の体を見ると

タンクトップにねじりはちまき、それにツルハシでも担いでいれば

完全に風景にとけ込めるだろうと想像した。


「おい、なに笑ってるんだ?」

「いえ、なんでもありません」

 

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