1-6勇者村を出る
1-3勇者転生からの続きになります。
時間が動き出した瞬間、レッドボアの勢いにビックリして
短剣から手を離してしまった。
その瞬間後ろ足のヒヅメが
こめかみのあたりをかすめ皮膚をうっすらと裂いていった。
どぅ、という地響きとともに倒れたレッドボアは、
しばらく痙攣した後動かなくなった。
呆然とそれを見つめる、こめかみから血を流しながらへたり込む俺。
静かになった街道に皆がソロソロと顔をだし、
レッドボアの廻りに集まってきた。
バリーが短剣を引き抜き血糊をぬぐって俺に返す。
「とっさに潜り込んで心臓を突いたのか。
狙ってやったわけではなさそうだが」
「当たり前だろ。
逃げ遅れてもんどり打って
いい加減に振り回した短剣が偶然心臓を貫いただけだ」
「偶然か・・・・うむ。とにかくかすり傷で良かったな。
ほれ、これでこめかみ押さえてろ」
手渡された布きれでこめかみを押さえる。
その後誰かが荷車を取ってきた。
数人がかりでレッドボアを荷車に乗せ村の広場まで運ぶ。
魔物の解体の経験があるバリーが指示して解体作業が進む。
肉は食えるそうだ。
どうやら倒した俺に所有権があるらしいが、
一人で食いきれるものではないし日持ちもしないだろう。
村の皆で分けることにした。
バリーが拳よりもやや大きい魔石を手渡してきた。
「これはエリックが持っておけよ。
冒険者ギルドに買い取って貰えば金貨10枚にはなる。
相場が変わってなければ、だがな。
本来なら肉や牙や毛皮も素材として売れる。
全部合わせりゃ金貨15枚にはなるんじゃないかな?」
金貨一枚あればかなりの買い物が出来る。
金貨10枚といえば大金だ。
「肉は皆で分けちまっていいよ。
毛皮はなめしたら俺にくれ。
牙とか骨とかはどうすりゃいいんだい?」
「ああ、骨は矢尻にしたり煮込んでスープにしたりできる。
牙はコレクターが買い取るな。
牙付きの頭蓋骨はそれなりの値段が付くだろうね」
「そっか。俺は魔石と毛皮と肉の一部がありゃいい。
あとは皆で相談してわけてくれよ」
「わかった。ありがとな」
数日後、依頼した冒険者パーティーがやっと来てくれた。
数日滞在して魔物を討伐し、
街道沿いはしばらくは安全だろうと言ってくれた。
パーティーのリーダーが話しかけてきた。
「へぇ、お前がレッドボアしとめたのか。やるじゃん」
ばんばんと俺の背中を叩きながらニヤニヤ笑っている。
「魔石はどうする?俺が買い取ってもいいぞ?
もちろん手数料はさっ引くが」
「いや、まだいいです。当面大金は必要ないですし」
「そうか。それじゃあ今回の件を証明出来るように
俺が一筆書いておいてやろう。
もし冒険者ギルドに売りに行くことがあったらそれを見せろ。
ライセンスなくても買い取ってくれるぞ。もしくは」
急に真剣な顔をし、声のトーンを落とした。
「おまえ、冒険者になれよ。
自分でライセンス取得してから売れば間違いがない。
それにな、俺にはわかる。
お前なら冒険者としてやっていけるぞ」
リーダーは再び笑顔に戻った。
「俺の名はエド。パーティー名は
『とにかく明るい狼』だ。なに笑ってんだよ」
「いや、かっこいいなあと思って」
「わかるか?センスあるじゃん」
「はは、それほどでも。でもなんで俺が冒険者にむいてるんですか?
レッドボア倒したのは偶然ですし」
「偶然でもなんでも経験値が入ったのは間違いない。
あとは俺のカンだ。
だいたい当たるんだぞ」
「だいたいですか。でもまあ俺も身の振り方を
考えなきゃならない年ですし検討しておきますよ」
「うん、なんだか大人びた返答だな。
子供らしくねぇところも向いてると思うぞ」
じゃあまたな、と言いエドとパーティーメンバーは村を去っていった。
~~~~~~
その夜、皆が寝静まったのをみはかり家を抜け出した。
色々と確認しなきゃならないことがある。
鈴木の説明はざっくりしすぎていて細かい説明はあまりなかった。
特に魔法の説明なのだがどうやったら発動するかさえもわからなかった。
まずはこの世界では魔法を使えるのはせいぜい全人口の1割程度らしい。
その大半がLV1で生涯を終えるそうだ。
もっともLV1でもバケツ一杯程度の水は出せるし、
たき火の火種になるくらいの火もおこせる。
それだけでもかなり便利だという。
俺が元々居た村やこの村は人口が少なく魔法使いはいなかったため、
これらの知識は鈴木との質疑応答で得た知識だ。
そもそもLVってどうやって計るんだ?なにがしかの基準があるのだろう。
そこいらあたりもボチボチ探っていかないといけない。
月明かりを頼りに拡張した麦畑予定地まで行く。
ここなら誰にも見られない。
鈴木の説明では「転生すればわかる」だった。
まずは水だな。
定番だし。
右手のひらを広げ水よ出ろ!と念じる。
出ない。
体の内側からなにか得体の知れない
ゾワゾワした感覚が沸いてくるのだが、
魔法は発動しない。
俺はふぅとため息をつき多少ずり落ち気味のズボンを直す。
その瞬間。
『ジョボッ』
なんか出た。最悪のタイミングで。
右手でベルトのバックルを掴んだ瞬間発動した水魔法。
コップ一杯程度であろうその水は
俺の股間をしめらせるのに充分な量だった。
ひんやりとした股間の感触に顔をしかめつつ今の現象を反芻する。
魔法の元?となるモノが体の内側とういか
胴体の中心部よりもやや下あたりから沸いてくる。
しかし沸いてきた魔法の元が解放される部位、今のは手のひらだが、
ここに余計な力が入っていると魔法は発動されない。
力を入れるべき部分と抜く部分、この辺の制御が出来ればいいのか。
とにかくやってみよう。
手のひら広げ前方にかざしコップ一杯程度の水が
手のひらから出てくるイメージを作った。
出た。
今の感覚を忘れないようにしよう。
次に形を整えられないかどうかを試してみる。
今の状態ではコップでもないとせっかく出てきた水が貯めておけない。
手のひらの上に水の玉が出てくる様子をイメージしてみる。
まずはピンポン玉くらいの大きさで。
上手くいった。それをそのまま口に運ぶ。
飲めたぞ。もう一回だ。
次に手のひらの上の水の玉を眺めてみる。
かなり綺麗な球体だ。よく見ると手のひらには触れていない。
宙に浮いてる状態であることに気がついた。
これ、このまま投げられるかな。
キャッチボール感覚で軽く手近な木に向かって投げてみた。
水の玉は軽い弧を描き木に命中し幹を濡らした。
面白いなこれ。次は全力投球だ。
イメージしたのは時速150km/hのストレート。
水の玉は物凄い勢いで木の幹にぶつかりただの水になった。
今の水の玉はホントに150km/h出てたみたいに物凄い勢いで吹っ飛んでいった。
野球の経験など子供の頃の草野球程度しかない俺がそんな事できるわけがない。
しかしできたな。
これってもしかしてイメージ次第なのか?
次に手のひらを木にむけて広げ水の玉が
猛スピードで射出される様をイメージして見る。
射出された水の玉は幹に当たり勢いで揺れた木は
ハラハラと数枚の葉っぱを舞い落とした。
なるほど想像力次第なのかもしれないな。
さて、あまり遅くなると寝不足になるし、
数発水の玉を発射しただけで相当疲れた。
今夜はこれくらいでいいだろう。
パンツも履き替えたいし。
あれから一ヶ月。
水魔法でコツを理解した俺は
ほぼ毎晩家を抜け出して訓練に励んでいた。
鈴木が言っていた魔法の種類は空、風、火 水、地と癒し系。
癒し系は確かめようがない。自分で自分を傷つけるのも嫌だし後回しだ。
空、もなんだかよくわからない。
くう?そら?そらと言えば風?風魔法とかぶってないかな。
うん、後回しだ。そうしよう。
訓練は風、火、水、地の4つを
使いこなせるようになることだった。
風はそのままの意味。風を起こせる。
前髪を揺らす程度の微風からおそらく台風並みの暴風まで。
おそらく、というのはこの場所では最大級の魔法を
発動するのは危険だと判断したためだ。
火、もそのままの意味で火を出せる。
水、もそのままだね。水を出せる。
地、は最初の頃はイメージ出来なかったが、土や岩石を出す、
あるいはそこにある土や石を加工できる。
訓練を重ねていくと魔法は単体ではなく
同時に発動出来ることもわかった。
例えば火と風の組み合わせで
ドライヤーのような温風を作り出すことができる。
初日にこれが出来ていれば
濡れた股間をその場で乾かせてたのにな。
残念。
ドライヤー魔法を発展させてみる。
風の魔法を両方向からぶつけ、つむじ風を作り出す。
そこに風に消えない位の火を加えると渦を巻く火柱が完成した。
俺はこの魔法にファイヤァートルネードと命名。
もう一回やってみよ。
「ふぁいやーちょるねーどー!」
噛んだ。でも出た。
技名を叫ばなくても出るのだが
叫びたい気持ちを抑えられないときもあるだろう。
むしろ叫びたい。
噛まないように練習しないとな。
しかしこれ結構明るいな。
ばれるからさっさと消そう。
そのほかにもその辺にある土で団子を作り射出してみたり。
水分を含ませた土壁を作り火魔法で焼き締めて強度を持たせたり。
風単体でもいろいろできる。
まずはつむじ風のサイズ調整をやってみた。
髪の毛一本程度を巻き上げるくらいの極小つむじ風、
トルネードナノと命名。
おそらく戦闘では使えないと思うが魔力制御の練習にはなる。
そんな感じで日々仕事をし魔法の訓練を重ねているうちに
俺は14才になろうとしていた。
この世界では15才で成人となる。
大人になるまであと1年ほどはまだ
この村で過ごした方が良いのかもしれない。
しかし魔法や剣の習得は独学ではこれ以上無理だと感じていた。
少し早いが独り立ちしよう。
~~~~~~
誕生日をきっかけに俺は親戚の家を出て行くことにした。
当初引き留められもしたが、
家の再興のため長男である俺が頑張らないと!
言い張り無理矢理了解を得た。
姓もない家に再興もなにもないのだが、
親戚の子として引き取られた俺は使用人でもなければ奴隷でもない。
無理には引き留められないのだ。
でもね、わずか1年ちょいの期間だったけど感謝してるよ。
餞別に、と俺がレッドボアに突き刺した短剣を手渡された。
ありがたく頂き親戚の家を後にする。
村の出口ではバリーとクリスが待っていた。
バリーから干し肉を、クリスからは綺麗な布きれを数枚受け取った。
使用人である彼等は財産というべきものはほとんどなにもない。
あったとしてもそれは自分が生きていく上で必要な品だ。
おいそれ他人にくれてやるわけにはいかないのだ。
たかが干し肉、たかが布きれだがその価値はプライスレス。
「わりーな、ほんと。でもありがたく貰っておくよ」
バリーが頭をかきながら言う
「よせよ、照れるだろ。それに永遠の別れってわけでもないだろ。
冒険者になったら出世してこの村に凱旋しにこいよ」
めったにしゃべらないクリスが一言言う。
「・・・・・・おみやげ期待してる」
「はは、わかったよ、約束する。
どっかでのたれ死にしないよう祈っててくれ」
俺はひらひらと右手を振りながら
振り返らずにまっすぐ歩き出した。
あばよ、バリー、クリス。また会おうぜ。
村を出て街道を南へ進む。目的地はこの地方の中心都市ザクレムだ。
徒歩で3日かかる。
しばらく森の中の道を歩く。
途中誰もいないことを確認し、森に分け入る。
お、いた。スライム発見。
魔法だけで倒せるかどうか実験だ。
まずは小石ほどの土塊を生成。
収縮させ指向性を持たせた風魔法に乗せ射出。
夜中の訓練では地面に結構な大きさの
クレーターが出来てしまい焦ったことがある。
今回はその10%程度でやってみる。
たぶんこれで倒せるだろう。
土塊はスライムにあたりその体を飛散させ
さらにその奥にある大木を根本からなぎ倒した。
「やりすぎだな、こりゃ」
もっと力を制限することも覚えないと。
魔石を回収し街道に戻る。
ガサガサと音をたて藪から姿を表した俺を
数人の集団が目を丸くして見つめる。
一人は腰の剣に手をかけていた。
「わー!待った待った!魔物じゃないよ人間だよ!」
剣から手を離した男が聞いてくる
「お前。森の中で何をやっていた?」
「え・・・えっと・・・ウンコ!ウンコしてました!」
「大木がなぎ倒されるような物凄い音がしたぞ。気がつかなかったのか?」
「りきんでました!そりゃもう難産で!だから聞こえなかったんでしょう!」
「ふうん。まあいい。
定期的に魔物を間引いているようだが
以前より数が増えているのは確かだ。
うかつに森に踏みいらない方がいいぞ」
「はい、いや、なんか、すんません」
別に謝る必要はないのだが。
前世の習性が出てるな。
集団が北へ向かって去っていったのを見届け、
自分もザクレムに向かって歩き出した。