2-10 ガウンムアからツイーネへの侵攻 その1 ボイド編
「ヴァレリ中将はやりすぎだろ、何考えてるんだ」
グレイン少将はガウンムアに侵攻したヴァレリ中将の部隊が残した惨状を見てつぶやいた。
村々は焼き払われ住人達は皆殺しになっていたのだ。
「まったく。中将は今回の任務を理解しているのかね」
副官のワッツが答える。
「グレイン少将、彼はやり過ぎですが・・・・その・・」
「解ってる。俺より階級が上だからな。
それにやっこさんの性格じゃ何か言ったところで聞く耳持たないだろうさ」
ここはガウンムア王国の西の端。
グレイン少将とその部隊はパールバディアに潜伏し工作及びスパイ活動を行っていた。
ヴァレリ中将の部隊がガウンムアからツイーネ方面を受け持つ話を聞き
嫌な予感がして現地に飛んできたのだ。
「俺たちもそろそろ出番だからな。
パールバディアからあまり離れるワケにはいかん。
そこでだ、ボイド上級尉官」
小柄でがっちりとした体格。細い目で黒髪を短く刈り揃えた一人の将校が前に出た。
「五人連れて行け。俺からの餞別だと言ってな。ヴァレリ中将の指揮下に入れ」
グレインはボイドに顔を寄せ小声で命じた。
「現場では君の裁量に任せる。ガウンムアとツイーネの王族の皆殺しだけは避けて欲しい」
「あいわかりました。お任せください」
グレインはボイドが自分の部下達と共に空に消えるの見届けた。
「俺たちは俺たちの任務をまっとうしよう。戻るぞ」
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「おいみんな見てみろ!けなげな魔獣使いが犬っころをけしかけてきたぞ
わはははは!殲滅しろ!」
「いけませんわ、中将殿。テイマーはこちらの側に引き込まないと」
「なんだブランカ、口答えするのか?」
「まさか。賢明なる中将殿が『一二人会議』の命をお忘れになるはずないですもの」
「む!そうだった!お前を副官にして良かったぞブランカ・アブロ中級尉官!
おい、犬共は殺していいが操ってる人間は生け捕りにしろ!」
私の名前はブランカ・アブロ。
自分で言っちゃうわね、それはもう美人な魔人軍の中級尉官よん。
此度のガウンムアからツイーネへの侵攻作戦の指揮を執られるヴァレリ中将の副官として
戦場を駆け回っている最中。
クレイグの金髪野郎がスフィーア・レポートではあまり私のことを良く書かなかったので
あれだけの戦果を上げたのに出世はお預け。
冷や飯食ってる期間にヴァレリ中将に取り入って副官にして貰ったのよん。
ついでに階級上げて貰ったわ。
どうやって取り入ったかって?
んーとねー、簡単に言うと中将は大きいオッパイが好きみたいなの。
この体で出世できるならやっすいもんだわさ。
ガウンムアの首都はガウンドワナ大陸の中央よりもやや右。
平野部の中央にある緩やかな丘陵地帯にある。
首都に近づくに従い軍も多少は強力になってきたが相手にならないわね。
使えそうな魔法使いは確保しておいて後は中将と一緒に殺戮を楽しみたかったのだけど
邪魔が入った。
グレイン少将からの助っ人がヴァレリ中将に余計な事を吹き込んで
楽しい虐殺の時間が減ってしまったのよん。
穀倉地帯の農民は生かして食料供給の要にしましょう、
王族は生かしておいて国民を押さえて貰いましょう等々。
まあこれらも十二人会議で決まった事なのだけど。
武闘派でちょっとオツムが単純な中将は
ライバル将軍が送り込んだスパイが『十二人会議』の名を出すと
言うことを聞かざるを得ない。
それでもボイドとかいう生真面目そうな細目士官の良いなりになるのも
面白くなかったので王と王妃は殺したわ。
後釜にはまだ成人したばかりの若い長男を即位させた。
あんましイケメンじゃないけど若いってイイわねー。
一晩抱かれてやったら毎晩のように呼び出される始末。
こちとら中将の夜の相手も務めなきゃならないってのに大変なのー。
なーんて嘘よん。私もキライじゃないし。
そんなワケで若い新国王は私のと・り・こ。うふん。
もちろん副官としての仕事もバッチリこなしてるわ。
食料の供給体制とルートの確立をしていよいよツイーネに侵攻するわ。
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「ボイド隊長。王族の皆殺しは避けられましたが」
部下の一人、ドルマーが報告する。
「王と王妃は残念だった。が、息子を即位させられただけでも良しとしよう」
ドルマーの報告は続く。
「ブランカ中級尉官殿が新国王を体で釣ってますね。どうします?」
「あの淫乱女、見境無しだな。ドルマー軍曹、君が代わりに王を手なずけてみるか?」
「私は娼婦ではありませんので」
「だな。失礼した。隙を見て私が謁見できるように手配して欲しい。
見た感じでは割と知的な印象を受けたんだが直接会って見極めたい」
「了解しました」
私はグレイン少将の命を受け今はヴァレリ中将の指揮下にいる。
ガウンムアとツイーネの王族の全滅だけは避けろと言うグレイン少将の密命を遂行中である。
それだけではなく無駄な虐殺を阻止できなくともできるだけ減らすよう日々努力している最中だ。
ことあるごとに十二人会議の名前を出しているので、ヴァレリ中将も我々がお目付役を兼ねていることを承知しているだろう。
「ドルマーは引き続き王家の監視を頼む。
バートルとアガールは国中飛び回って虐殺防止に努めてくれ。
サラとトルグは先にツイーネに入り現状を視察してきてくれるか?」
バートルとアガール、この二人の男はそれぞれ細身の割に格闘術に優れている。
イザという時は魔法はあてにならないから、との理由だそうだ。
荒事が起きても二人なら対処出来るだろう。
トルグは兄、サラは妹の兄妹だ。
二人とも小柄ですばしっこいので密偵の仕事を頼むことが多い。
今回もツイーネの様子を探って貰おう。
ドルマーは女性で一番信頼できる部下である。
幼少の頃の火傷が原因で顔の左側がケロイド状になっている。
が、本人は隠そうともせず堂々と振る舞っている。
魔法もレベルが高いし何より頭が切れるこの女軍曹を
グレイン少将も高く評価しているのだ。
全員がお休みを言い自分のテントに帰って行った。
一人になり思うことはいろいろある。
グレイン少将の目指す魔人と人間の共存できる社会、そして共和制。
政治や思想の事は良くわからない。
一介の軍人である私が口を出せる物ではないと思っている。
それにもし私が最初からヴァレリ中将の配下に居たならば
虐殺命令も躊躇なくこなしていたであろう。
軍人とはそういうものだと教育を受けている。
魔人の国は1000年もの長きにわたり密林の奥を切り開き
人口と耕作地を増やして発展してきた。
その原動力は人間とかつての勇者に対する怨みがある。
だが今や食う物があり寝る場所があり魔人の国は
それなりに住みやすい環境が整っているのだ。
1000年もの間怨みを当時のまま受け継ぐのにも無理があるのだと言う
魔人が少なからずいることは理解できる。
「私がなすべき事、か」
私は命令を遂行するだけだ。
グレイン少将とヴァレリ中将、どちらが正しいかなど私にはわからない。
ただ行く末を見届けたい。
それだけだ。




