2-9 『あの日』 マチルダ編 その3 洗脳解除
マリアンは精神干渉装置の破壊に行った。
私は私でやらねばならいことがある。
まずはブラン将軍と連絡を取った。
彼は魔王討伐軍の顧問のような立場でアレックスを補佐してくれている。
クルトフへの遠征にはついて行かなかった。
「王妃様、この度はなんと言えば・・・」
「将軍、その話は後にしましょう。
このままではクレイグにこの国を乗っ取られるわ。
集められるだけ兵を集めて欲しいの。
どれくらい集まりそうかしら」
「はい、約300人かと」
「そんなに?軍の兵士に影響を受けてない者がそれだけの数がいたの?」
「いえ、私達のようにまったく影響を受けてない人間はごく少数でした。
そこで過去の叙勲記録を調べ例のメダルを持っていると思われる家系を
片っ端からピックアップしました。
今は国や軍とは関係ない仕事に就いている子孫でも
お守り代わりに身につけている者は多かったのです。
そうでなくとも、家宝として家に置いてある者には身につけさせたところ
洗脳が解除されたんです。
ほとんどは軍人の末裔です。
予備役として登録してある家系なので問題なく
私の配下に組み入れることができました」
「その様子だとある程度の訓練は施してあるみたいね」
「ええ、国の一大事です。誰もが陛下のお役に立てるなら、と
秘密を厳守した上で訓練に参加してくれました」
「頼もしいわ。今マリアンに装置の破壊を命じています。
洗脳が解除されたら一般の兵も仲間に加わるでしょう。
その時を待ってクレイグ捕縛作戦を開始します」
「生け捕りにできない場合には?」
「殺してちょうだい」
クレイグは既に自分の部下である魔人達を王城内に入れているはず。
正確な数は解らないがこの間酒場に集まっていたのは20人だった。
それ以上いると想定しなければならない。
「将軍、その中に魔法使いはいるの?」
「います。数は少ないしあまりレベルも高くありませんが
ロウ老師が講師を務める魔法部隊の訓練に潜り込ませておいたので
全くの素人ではありませんぞ」
「ありがとう、将軍。それではいつでも動けるように準備しておいて」
「はっ!」
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触手は斬っても斬っても沸いてくる。
なにか私の胸や股間の辺りを狙って攻めているようだが気のせいではないだろう。
コンビネーションの上に着込んでいたメイド服はもはや跡形もなく裂かれてしまっている。
「このスケベ触手!ペットにしちゃうぞ!」
そう言いつつも生かしておく気はない。
先輩からインカムで連絡があった。
「こっちは部隊の出動準備を済ませたわ。
そっちはどんな状況?」
「ぬめぬめしてます!」
状況をかいつまんで説明。
すぐに先輩が来てくれるそうだ。
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マリアンを助けに行かねばならない。
触手ってなによ。
どんな罠なのか見てみないとわからない。
指定された部屋に到着。鍵をレーザーで焼き切り中に入る。
マリアンが開けた穴を見つけ中を覗いてみたのだが・・・・
「ちょっとマリアン、あんた一人でなにやってんのよ」
「え?え?この触手と戦ってるんですけど!」
私にはマリアンが一人で身もだえしながらレーザーを撃ちまくっているようにしか見えない。
「どうやら罠ね。ちょっと待って」
どこかに罠の元となる物があるはず。
見るとテーブルの裏側に小箱が貼り付けられている。
「それか?いちかばちかね」
狙いを定めてレーザーを射出。小箱は煙を上げて消失した。
「あ、あれ?触手は?メイド服も元に戻ってる!」
「あんた最初からその格好よ。どうやら幻覚を見せられていたようね」
私も小部屋に入る。
「これが装置なのね。このミイラ頭を破壊しましょう」
「しかし、構造が解ってない状態では危険では」
「マリアン、この近距離だからあなたも幻覚の罠にかかってしまったのよ。
今どんな感じ?私はクレイグが本当の息子のような気がしてきたわ。
つまりは時間がないってこと」
私はレーザーでミイラ頭を灰にした。
なにも起こらない。
「魔石をどかしてみて」
敷き詰められた魔石を床にバラバラと投げ捨てていく。
下から現れたのは白骨化した死体だった。
心臓があったと思われる場所に整形されてない魔石が一つあった。
私はその魔石を取り上げレーザーで破壊した。
すると頭の一部にあった妙な圧迫感が消えてなくなり、
クレイグが息子であるかのような錯覚も消え去っていたのだ。
「マリアン、原因究明は後でね。戻るわよ」
「先輩、魔石の集積されている場所はすべてこの装置があるんじゃないでしょうか?
各都市の装置をすべて破壊しないと全国民の洗脳は解けないかも知れません」
「じゃあやって。私は王城を奪還する。お願いね」
「か、簡単に言いますね」
「個人装備のすべての使用許可を出すわ。ちょっと後ろ向いて」
マリアンのベルトに付いているメイン制御パックの番号を確認。
スクリーンを展開しコードを入力、制限解除の信号を送った。
「これでS級装備が使えるわ。ステルスモードと反重力モードの使用を許可します。
インパルスジェットパックを背負って国中を飛び回ってちょうだい」
「本当にいいんですね?」
「かまわない。今は出来ることを全力でやっておかないと後で後悔するわ。
お願いマリアン、あなたにしかできないの」
「はぁ、わかりました。先輩の『お願い』ですものね」
「ご褒美にあとでイイ男紹介するわよ」
「ホントですか!?絶対ですよ!」
「そういやあなたの好みを聞いてなかったわね」
マリアンはもじもじしながら教えてくれた。
へぇ、アレがいいのか。
聞いて見ないとわかんないものね。
再びブラン将軍に会う。
「様子はどう?将軍」
「正規軍の兵士達が混乱し始めました。
洗脳が解除されてきたのでしょう」
「クレイグはどこ?」
「王城内に居ます。おそらく玉座か国王の執務室か」
「うん、あなたの配下を集めて城に突入させて。
正規軍には今から演説をするわ」
私は門前広場に集まった将兵達に事情を大声で説明した。
「クーデターはクレイグの自作自演であり
彼は魔人の国が送り込んだ工作員である。
このままでは全権が掌握されてしまう。
洗脳が効いている間に魔人の侵攻を進めるつもりだったのだろうが
いまや洗脳は解除された。
アレは私の息子などではない!国王ウォルターを殺したクーデターの首謀者である!
討たねばならない!私に力を貸して頂戴!」
既に洗脳が解除されている者達は状況を理解したのだろう、
武器を取り門を目指して来た。
ブラン将軍の部隊は既に王城に入り込んでいた。
後から駆けつけた正規軍の将兵も含めかなりの人数が武装して王城内を駆けていく。
魔人とおぼしき数人が反抗してきた。かなりの数が犠牲になったが
こちらは数で押している。
魔人共は空を使いちょこまかと逃げ回りつつ反撃してきた。
謁見の間の玉座にはクレイグが座っていた。
不敵な笑みを浮かべている。
「これはこれは母上、いや、元国王の王妃。
もう王権は俺の物だぞ」
「ふん、洗脳装置は破壊したわ。
術者の亡骸を使うとかおぞましい固定方法ね」
「ほほう、そこまでバレたか。もはやこれまでかな、うん」
クレイグは妙に落ち着きを払っている。
「かかれ!」
私は全軍に命令した。
兵士が一斉に飛びかかったが振り下ろされた剣は
玉座を斬りつけただけだった。
「おい、どこを見ている」
声は外から聞こえる。
クレイグはベランダの手すりの上に立ちこちらを見ていた。
「これで私の作戦はほぼ成功なのだよ。
アレックス達は果たして生きて帰ってこれるかな?
そうそう、魔王様は私ほど甘くはない。
滅ぼされるその日までせいぜいおびえて暮らせ。
じゃあな」
手すりから後ろ向きにこちらを向いたまま飛び降りたクレイグは
空中に開いた空間の入り口に消えていった。




