2-5 『あの日』 クレイグと魔人編 その2 グレインの野望
「グレイン少将、国境線を突破しました」
「いや、速すぎるだろ。もうちょっとゆっくりやれ」
パールバディア王国とルド王国の国境線は丸太で組上げた壁が出来ている。
両国を繋ぐ街道には関所が設けられ、その両側には宿場町が形成されていた。
パールバディア側は条約があるため国境沿いに軍を置けない。
が、ルド王国側にはクルトフ方面軍の国境警備隊が常駐している。
もっとも戦争があったのは50年前の話である。
パールバディア側も侵攻する気はないしする意味もないことをルド王国も承知しているため
国境警備隊も型通りの警備をするだけで警戒心はまるでない。
関所も形だけの審査をするだけで双方ともにほぼ自由に行き来できる。
例外として回状が出回っている犯罪者や逃亡者は関所を通る事は出来ない。
「むう、もう少し骨のある軍だと思っていたのだが」
グレインは少々気落ちした。
「まあいい。今日は俺たちが『ルド王国に侵攻した』という既成事実が作れればそれでいい。
王都ルドアニアから軍と勇者のパーティが到着するまで時間がかかるだろうからな」
次の日、ルド王国側の地方都市クルトフに向けてゆっくりと進軍を開始した。
迎え撃つクルトフ方面軍は人間同士の戦争なら精鋭と言って良いほど良く訓練された軍だった。
クルトフの手前にある平原に並んだ一糸乱れぬ隊列は見事であった。
「中央の集団を吹き飛ばせ。派手に火魔法で消し炭にしろ」
数人の魔人が隊列を組んで行進を始めたクルトフ方面軍に向け魔法を放つ。
「ほう、全滅はしとらんな。盾を組み合わせて防護壁を作ったのか」
冷静に観察をしていると10人前後の兵が盾を縦横に並べ炎を耐えきっていた。
その陰から魔法使いがこちら側に向かい石弾を射出し始めた。
グレインが腕組みしながら立っている小高い丘の上まで石弾は届いた。
「おっとっと、危ないね。
少しはまともな魔法使いがいるじゃないか。
感心感心。おい、ちょっと本気出して中央二つの隊を殲滅しろ」
今度は数十人の魔人が平原に躍り出た。
炎を耐えきった盾の壁も容赦なく降り注ぐ岩塊になすすべもなく押しつぶされた。
「撤退を始めたな。こちらも進軍開始。ただしゆっくりとだ」
圧倒的な力の差を見せつけながら魔人軍は
クルトフ方面軍を高い城壁のある都市に追い詰めていった。
伝令から連絡が入る。
王都を出発した魔王討伐軍は意外と速いスピードでこちらに向かっているらしい。
「そうか、ならちょっと調整しよう。今日中にクルトフを落とす。
今回は遠慮無しで良いぞ。市街戦に民間人の犠牲はつきものだからな」
戦争とは言えない一方的な虐殺が始まった。
市内にいたクルトフ方面軍が壊滅した時点で戦闘終了の命令が行き渡る。
民間人の半数以上も犠牲となった。
「おとなしくしていればこれ以上命を奪うことはしない。
少しでも反抗の色を見せたら皆殺しだ。わかったな」
グレインは生き残りの市民に宣言した。
王都方面からアレックス王子率いる魔王討伐軍と勇者のパーティが駆けつけた。
今度はグレインの部隊が城壁の内側で迎え撃つ形となった。
魔王討伐軍はその名に恥じない戦いぶりだった。
魔法が使えない歩兵は盾役に徹している。
空を使える魔法部隊が隙を突いて魔人を一人づつ屠っていく。
城壁の上から腕組みをしながら戦況を眺めるグレインはまたも感心していた。
「そうそう、戦争だものこうでなきゃいかん。
ところでワッツ副官、『対象』はどこだ?」
ワッツは勇者らしき若者の背を守るように剣を構える一人の少女を指さした。
空間から現れた魔人を剣の一降りでまっぷたつにしている。
「なんだあの剛力は。魔王様が欲しがるわけだ。
まずは勇者と対象を引きはがせ。数人同時に対象の廻りに出ろ。
四人が盾を持って四方から対象を囲め。ひるんだ隙に縛り上げここに連れてこい」
勇者とアケミに攻撃が集中し始めた。
何度目かのトライで魔人は縛り上げたアケミを担ぎ上げ空間に消えていった。
「お、勇者が動揺してるっぽいな。アチラは撤退命令を出したぞ。
深追いするなよ、森の手前で全員引き返してこい。
対象はさっさと連れて行け。鬼神の速さで魔王様の元にお届けするのだ!」
グレインは自分も城壁を降りようとすると背後に気配を感じた。
確認せずに振り返りすかさず抜いた剣を振る。
「よけたか。間合いが遠かったかな。で、お前は誰だ」
恐ろしい形相の若者はそれに答えず叫んだ
「アケミを返せ!なぜ彼女をさらった!」
「ふふ、わかったぞ。お前が勇者だな。残念だが何も答えられないね」
グレインは火と水の魔法を組み合わせ大量の水蒸気を二人の間に発生させつつ空間に消えた。
その後勇者は神出鬼没に市内中に現れアケミを探したが手がかりは掴めぬまま日が落ちていった。
闇が押し迫り夜が訪れる。
そして日が昇り朝になると城壁と森の中間地点に勇者が生成した土壁が出来上がっていた。
「ここは任せたぞ。俺はパールバディアに戻る。
戦線はここで止めておけ。これ以上侵攻してはならんしクルトフを奪還されてもならん。
うまくやれよ」
グレインは部下に命令すると空間を繋ぎパールバディアに戻っていった。
グレインは王の部屋を訪ねた。
「国王、いるか?」
「ああ、入れ」
執務室でなにか書き物をしていたらしい王は筆を止めた。
「ところで王よ、名前を聞いてなかったぞ」
「エインリヒ・H・パールバディアだ」
「わかった。が、めんどくさいから王と呼ぶぞ」
「存外面白い男だな、君は」
「気に入って貰って光栄だよ。俺のことはグレインと呼びつけにしてくれ」
「将軍ごときとタメ口で話をせねばならぬとは、な」
「ま、そう言うな。位はあんたの方が上だが立場は俺の方が上なんでね」
王はソファーに移動した。
グレインも勝手に向かいのソファーに座る。
「で?王としてやって貰いたいことがあると言っていたな」
「ああ、そのことで話しに来た。今後のこの国の在り方についてだ」
「傀儡として存在しろとでも言うのかね?」
「傀儡ではないな。言うならば『象徴』だ」
「意味がわからん。象徴とはなんの権限も持たぬお飾りだろう。
そんな物ならいっそなくした方がお主らにとっては都合が良いだろうが」
「最初はそう思っていた。
だが俺たちがこの国の内情を調べてるウチにいくつかの特徴に気がついたんだ。
その一つはこの国の王室は国民の支持を得ていると言う点だな」
「ふむ。で?」
「最終的には王室はなくなるかも知れない。
だがいきなりなくすのは国民から反感を買うおそれが大きい」
「王や貴族がいなくなれば誰がこの国を運営するのかね?」
「国民だ」
王はじっとグレインの顔を見る。
「自慢ではないがパールバディアの国民は優秀だぞ。
教育には力を入れているし、生産活動も盛んだ。
だが政治となると話は別だぞ」
「ああ、この国の教育水準の高さには敬意を表するね。
その調子で政治を教えればいい。
最初のうちは細々した生活全般の法律を国民同士で話し合って決めるようにすればいい。
外交や軍事と言った大局を見るべき部分は王室・・・
ま、しばらくは俺たちが見るべきだな」
「最終的には王室や貴族はいらなくなるな」
「そうだ。だが、この国でいきなり王室をなくすのは先の理由で上手くいかないだろう。
王はあくまで国家元首として君臨し政治を民に委託する形をとる」
「グレイン、実にユニークな発想だ。
だがなぜそんな実験まがいのことをウチの国でやろうとしてるんだ?」
「魔人にとって人類は敵だ。
1000年前にこの大陸を追われてから南の大陸の密林で細々と、しかし着実に力を蓄えてきた。
人類に逆襲するためにな。
だが1000年は長かったのだよ。
その間に人類に対する恨み辛みも薄れてきた国民も少なからずいるんだ。
ところが、魔王様の復活がきっかけで再び人類滅ぶべし!の声が高まってきたんだ。
スフィーアを滅ぼしたのは前哨戦を派手にやる必要があったからだ。
しかし俺の考えでは滅ぼす必要はなかったと思っている。
この国のように牙を抜き属国化してしまえば良い。
この国の生産品は我が国に輸出できるし商売の範囲は広がるぞ。
魔人の国も生活や文化が豊かになるし双方に取ってメリットがあるはずだ」
「話がそれてないか?グレイン」
「まあ最後まで聞け。俺たちは魔王様不在の間、国の運営を皆で選んだリーダー達に委ねてきた。
そのリーダー達は10年に一度入れ替わる。
誰にするかは国民全員で決めるシステムが採用されている」
「なるほど。要するに魔人の国で採用されている政治形態をパールバディアでやりたいのだな?」
「そうだ。いや、そうだった。
パールバディアが今後どうするかの説明はさっきした通りだ」
「魔人の国がそれで上手くいっているのであればそれはそれでいいではないか。
何も我が国にやらせる必要はないだろう」
「いや、魔人の国は魔王様の復活に伴い絶対君主制度に戻ってしまった。
リーダー達の選出システムは変わらないが、君主である魔王様の権限が大きすぎるんだ。
俺はこの共和制とも言うべきシステムを残しておきたいと思っている。
そうすれば此度の戦争が終わった後魔人も人間も共存できる社会が生まれるかも知れない」
「人類を滅ぼすのではなかったのかね?」
「逆に聞きたい。なんのために?」
「怨みを晴らす以外になにがある?」
「さっき言った『恨み辛みが薄れてきた国民』の一人が俺だよ。
だがあくまで俺は魔人なんでね。人類滅ぼすのをやめましょうとも言えないのさ。
俺に協力するメリットはかなりあると思うが?」
「それはグレイン、あんたの魔王に対する裏切り行為ではないのかね?」
「違う。あくまで魔人が優位に立つ社会の構築が前提だからな。
この社会実験は魔王様を説得して許可を頂いた。
自分たちの生活にそして未来に自分たちが責任を負う社会にした上で魔人との共存の道を
『自分たちで』選んで欲しいんだ。そうすれば余計な軋轢は生まれない」
「だが逆に国民が徹底抗戦を訴えたらどうする?」
「その時はあんたの出番だ。
そのために主権はあくまで国民に『貸す』立場を取って欲しいのさ」
「グレインよ。存外以上に面白い男だな君は。
そうなると忙しくなるぞ。
まずは新しい政治形態を明文化し国民に流布した上で教育を施なきゃならん。
貴族の立場も決めねばな」
「そうだ。なんなら俺に強制されたと国民に言ってもいいぞ。事実だからな」
「言わんでもわかるだろう。すでに行政は魔人に乗っ取られてしまったし」
その後細かい疑問点は王自身が書き出しておく事にした。