2-1 ツイーネ戦線膠着状態
第二章始まります。
大量に、しかも高速で発射された散弾状の石弾の群れにマリアンが
手を向ける。
半透明の円状の壁のようなものが生成され石弾をすべて防いだ。
「マリアン!それはなんて魔法だ?というか魔法使えたのか?!」
「説明は後で!エリックはやく!」
俺は石弾を射出した魔人の背後に空間を繋ぎ、飛び出すと同時に剣を振る。
魔人の首は胴体から切り離された。
えーちゃんの声が頭に鳴り響く。
『エリック、右の戦線が突出しすぎてる。孤立するぞ』
『わかった。サンキュー、えーちゃん!』
一度マリアンの元に戻る。
「マリアン!殿下に伝えてくれ、ここはもう駄目だ!」
「わかったわ、みんな生きて帰ってきてね!」
マリアンは自軍の陣地に向かって駆け出した。
突出した戦線に空間を繋ぐ。
マイクルとタチアナは無我夢中で剣を振っていた。
周りはコボルトやブロンズ・ウルフなど魔物の死体でいっぱいだ。
「おい、二人とも下がれ!周りをよく見ろ、突っ込みすぎだぞ!」
二人の息はぴったりだ。お互いの背中を守りながら魔物共を屠っていく。
それ故に自分たちが突出してしまった事に気がつかなかったのだろう。
マイクルが叫ぶ
「すまん!勇者殿!」
二人は手近な魔物をあらかた片付けた後、後方に向かって走り出した。
『中央も押されてきたね。魔物の数が多すぎる』
『えーちゃん、テイマーはどこにいるかわかるか?』
『わからない。敵陣の森の中としか言いようがないな』
戦場にラッパの合図が鳴り響く。
どうやらアレックス殿下は撤退を決心したようだ。
俺はえーちゃんが送ってくれた映像を頼りに前線の隙間に高さ5mほどの
土壁を生成していった。
時間稼ぎになるはずだ。
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ここはローレルシア大陸の東側、ツイーネ王国との国境近くだ。
すでにツイーネ王国は魔王軍によって占領されている。
エスタンというルド王国側の街も一時占領されかかった。
が、殿下率いる魔王討伐軍と俺たち勇者のパーティが駆けつけ
戦線を国境を超える所まで押し戻すことに成功した。
このままツイーネ奪還に向けて侵攻する予定だったのだが、再び押し戻されてしまった。
小高い丘の上に築いた陣は引き払いエスタンまで後退する。
敵も土壁を乗り越える事はあきらめたようだ。
魔人と魔物は森の奥に引き返していった。
殿下が怪我人の搬送を優先させるよう指示を出している。
聖女セシリア率いる治癒部隊は皆懸命に怪我人の治療に当たっているが
数が多すぎるのだ。
「殿下、敵は後退していきました」
「エリック、だがこちらも追撃はできないな」
「ええ、体勢を立て直さないと無理ですね」
俺はえーちゃんが送ってくる俯瞰映像を確認しながら警戒にあたった。
撤退が完了するまで気は抜けない。
夕日が山の向こう側に姿を消そうとしている。もうすぐ闇が迫ってくる。
警戒に当たっていた兵士たちを集め、俺たちもエスタンまで引き返す事にした。
魔道具のサーチライトに照らされた街道を歩いて移動する。
シンガリを買って出たので先に帰るワケにはいかない。
歩きながら俺は今月で16才になることを思い出した。
ここに来ている同い年は俺、殿下、セシリア、
それに殿下の同期であるマイクルとタチアナだ。
去年の今頃は殿下の誕生パーティが盛大に執り行われ、国をあげて殿下の成人を祝った。俺もセシリアもそのおこぼれに預かり王城内の一室を借り切って皆に祝ってもらった。
今まで誕生日なんてお祝いして貰ったことなどなかった俺にとっては
素晴らしい体験だった。
そして教会で執り行われた成人の儀。
正装したセシリアは綺麗だったな。
殿下が惚れるのもうなずける。
確かめたことはないけどたぶん惚れてるね。
エスタンに到着後、殿下に報告。夕食を皆と共にする。
皆一様に疲れた顔だ。
夕食後に殿下と少し話をした。
「エリック、さらわれたアケミ嬢の消息はまだわからないのか?」
「ええ、依然として掴めません。魔人の国まで連れていかれたかもしれませんね」
クルトフ奪還作戦に失敗した時にアケミは俺たちの目の前で拘束され魔人にさらわれてしまった。
一瞬の出来事だった。
縛り上げられたアケミは魔人と共に繋がれた空間に消えていった。
「殺されていない事を祈るばかりです」
なぜアケミなのか?
思い返せば奴らは最初からアケミの誘拐に的を絞って攻撃を仕掛けていたように思える。
理由はさっぱりわからない。
「今夜はもう寝ましょう。それと殿下、誕生月ですね。おめでとう御座います」
「エリックもな。というか忘れてたよ」
殿下はワイングラスを二つ用意してくれた。
俺たちは無言でグラスをあおった。
「私が誕生日を迎えるのと同時に父の命日も迎えるからな。
派手に祝えなくなったよ」
誕生祝いと成人の儀が終了した直後にパールバディア王国が魔人に侵略された一報が入る。同時にクルトフに侵攻してきたのでアレックス殿下率いる魔王討伐軍と俺たち勇者のパーティはクルトフに向かった。
そして俺たちが王都を留守にしている間にクーデターが発生した。
突然沸いて出た反政府組織は寄せ集めとは思えないほど統率が取れており、
武器も豊富だった。
王城は一時戦場と化し、追い詰められた国王はクビをはねられた。
ここでクレイグが王位を引き継ぎ、国軍をもって暴動を鎮圧すると宣言。
王城から反政府組織を一掃した。
だが奴が玉座に座れたのはわずか1日間だった。
突然頭の重しが外れたかのように洗脳が解け始めた人々が騒ぎ出したのだ。
クレイグはいったい誰なんだと。
クーデター騒ぎもクレイグが仕組んだ自作自演であることが判明する。
そして王妃マチルダが王位を継ぐことを宣言、同時に自軍を率いて王城を奪還。
愛する夫を殺されたマチルダの怒りは凄まじかった。
クレイグ以下一味は逃走した。
「思えばパールバディアが魔人に侵攻され、奴らがクルトフまで攻め込こんで来たのもすべて計算ずくだったのだろう。我々はクルトフ防衛戦で王都に戻ってこれなかった。
その隙を突かれたのだな」
殿下が空にになった俺と自分のグラスにワインを注いだ。
二人でグラスを掲げる。
「亡き王に」
「亡き国王陛下に」
次の日の朝、マリアンに魔法の事を尋てみた。
「女王陛下から預かった特殊な魔道具よ。まだ実験中なの。
本体は誰にも見せるなと厳命されているので勘弁して」
「そんな物があるのか。量産できればかなりの防衛力になるんだけどな」
女王陛下の厳命とあればこれ以上は踏み込めない。
量産体勢が整ったら真っ先に殿下の部隊に支給されるだろう。
魔法が使えない者でも戦力として計算できるようになれば、
かなりの大部隊を編成できるし。
期待しつつ見守るしかないな。




