1-43 アレックスと魔王討伐軍
士官学校を卒業した。
新たに編成された魔王討伐軍は通常の軍と管轄が違う。
軍務部の管理下には置かれず私、第二王子アレックスの直轄組織となる。
通常の軍は対人、対他国の軍を想定しての訓練が主となるが、
魔王討伐軍は魔人及び魔物の軍を相手にする事になるため、
訓練内容も装備も人員構成も通常の軍とは異なる。
新たに編成される軍の人事も基本的には私に任される。
が、たった一人で大勢の人間の選抜など出来るわけがない。
頼もしいことにダニエルの父であるモルガノ・ド・ブラン将軍が
魔王討伐軍の幹部に立候補してくれた。
人事に大きな力を発揮してくれている。
同時に士官学校を卒業するダニエル、マイクル、ベルトラン、
タチアナも我が部隊に編入されることになった。
しばらくの間、彼等は准尉扱いだが、しかるべき時期に昇進させる。
魔王討伐軍の最大の特徴は勇者が加わることにある。
現れた勇者の名はエリック。
そして勇者の立場だがこれは少し特殊だ。
参考にした編成は1000年前の勇者が魔王を倒した時の記録だ。
物語は簡単に『勇者が魔王を倒しました』という話だが、
王家に残っている門外不出の記録を読む限りでではそんな単純な話ではない。
勇者は軍人ではないのだ。
基本的に彼は自由な立ち位置におり王家はその活動を全面的に支援する。
さらに言うならば先代の勇者も一人で戦っていたわけではなく、
パーティを組んでいた。
当代の勇者エリックにも仲間がいる。
組織図で言うならば私の直轄部隊である魔王討伐軍の真横に位置する
同格の組織となるのだ。
そして一つややこしい点が生じた。
これはエリックの要請なのだが私も勇者のパーティの一員として
加わって欲しいと言われた事だ。
人事的には問題あるように見えるが、勇者と行動を共に出来るのは栄誉である。
王の執務室会議でも了承された。
さらに当代の聖女選びだが、各方面軍につき
治癒魔法部隊を揃えると事になったため、
異例ではあるが候補者4人全員が聖女認定を受けることになった。
我が部隊にも聖女率いる教会の治癒魔法隊が派遣されることになる。
まだ誰が来るかはわからないが。
安全保障会議にはもう一つの国が加わることになった。
国名はスフィーア。
魔人に滅ぼされた南の大陸の南端にあった国である。
現在は国としての体をなしてないため、
スフィーア亡命政府をルド王国が承認する形を取った。
着々と準備が進み私は学生時代よりも遙かに忙しい日々を送っていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
俺の名はギルバート・エステス。
久しぶりに実家に帰ってきた。
母は泣きながらガミガミ説教してきたが父は飄々とした態度だった。
夕食後に父の書斎で妹のタチアナを交えて話をした。
「今回帰ってきたのはタチアナに頼みがあるからなんだ」
「いやよ」
「話くらい聞けよ」
「勝手に出てって勝手に帰ってきて頼みがあるとか?
どの面下げてって話だわ」
父が落ち着いて言う。
「兄弟げんかはやめなさい。私ではなくタチアナに、かね?」
「ええ、もう少し正確に言うとタチアナの同期にいらっしゃる
アレックス殿下に取り次いでもらいたんです」
「はあ?士官学校は卒業したわよ。
それにプライベートな事情で殿下になにかお願いするとか
出来ないに決まってるじゃない」
「すまん、順を追って説明する。俺は今冒険者をやっている。
俺が所属してるパーティのリーダーと一人の女性は
亡国からやってきた従者と姫君なんだ。
ガウンドワナ大陸の南端にあったスフィーアという国だ。
知ってるか?」
タチアナは首を横に振った。
が、父は知っていた。
「外交しようにも遠すぎて無理なため、
噂程度の情報しか入ってこない国だったな。
滅亡したとの話はガウンムア王国から入って来てるぞ」
「さすが父上。
そのスフィーアの姫君がルド王国に助力を要請したいのだそうです。
タチアナ、頼めるか?」
「わかった。でも私は伝えるだけ。結果は期待しないで欲しい」
「それで充分だ、ありがとう」
お礼をいったらタチアナは顔を真っ赤にしてふくれっ面をした。
「どうした?」
「お兄さんはホント自分勝手よね。いいわ、明日殿下に伝える」
変な奴だなウチの妹は。
怒る場面じゃないだろうに。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
勇者の剣を掴み取ったエリックはそのまま王城に連れて行かれた。
老師は自分の部屋に帰り事情を皆に説明した。
「エリックにはお願いしてある。
スフィーアの事はアレックス殿下に直接お願いしてくれとな。
クレイグがどう動くか予想もつかんが、
こうなったら事態を見守るしかないようじゃ」
翌日アレックスはタチアナから亡国の姫君が謁見したいとの話を聞く。
同時に勇者エリックからも同じ話をされ会うことに決めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
謁見の間の玉座には王が座っている。
その横に私と兄が立っていた。
目の前ではスフィーア国の姫君と
従者の一人が片膝をつき王に要請をしている。
姫はこの国では珍しい黒髪。
おそらく母国の正装なのであろう異国のドレスを着ている。
自分が正当なるスフィーアの後継者である事を証明する紋章や、
祖国に残って処刑された国王の書面などが提示された。
王室の古い記録の中にスフィーアの王家の家紋の写しが残されていたため
亡国の姫君と認定され、ルド王国内に亡命政府を樹立することが承認された。
安全保障会議にも情報を開示することを条件に参加が認められた。
スフィーアは魔人に滅ぼされたたため、
当面は魔王討伐軍の総帥である私が相談を受けることになった。
こちらとしても魔人の情報は欲しいので良いギブアンドテイクになる。