1-38 エリック、勇者になりに行く
簡単に考えすぎてた。
鈴木の説明ではこんな話は一切出てこなかった。
ただザックリと『勇者になって魔王を倒せ』だ。
俺は皆に質問した。
「あの、これもしかして世界大戦になったりしないかな?」
シェリーが答えた。
「もはや我々が国を取り戻すだけの話じゃなくなってる。
魔人が勢力を保つ限り彼等は人類の存続にとって脅威よ」
老師が説明を引き継ぐ。
「既に世界が混乱に陥れられる種はあちこちに蒔かれているのじゃ。
魔人は北の大陸のすべての国に入り込んでいると見ていいじゃろ」
「そうなるとここにいる我々だけではどうにも数が足りないですね」
「その通りじゃ。エリックはこの国に伝わる1000年前の勇者の話を知っているか?」
「そりゃこの国で知らない奴なんていませんよ。
子供の頃から絵本なんかで親しんできましたから」
「エリックはこの国の生まれだったな。
この国が当代の勇者捜しをしている。
国は魔王討伐軍の編成を始めている。
各国との連係を図るため安全保障会議まで開いておるのじゃ。
国は我々が知っている以上の確実な情報を持っていると見るべきだ。
世界大戦まで視野に入れている動きじゃな。
我々が助力を乞うとなるとルド王国しかない。
なあ、エリックよ」
「はい」
「おぬし本当に勇者になるつもりか?」
「ええ、これはもう自分の中で決まっていることなので」
「よう言うた。その前に重要な事案が発生した」
皆が息を呑んで老師を見つめる。
『ぐ、ぐぅ~』
「はら減ったわい」
「「「・・・・・・・」」」
「面白かったら笑っていいじゃぞ?」
エドが汗をぬぐった。
「老師、昼食を仕入れてきます。
それにカミーラと広場で待ち合わせをしているので連れてきますね」
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カミーラと老師はしばらく無言で抱き合っていた。
ようやく離れた時カミーラは涙を流していた。
「大きくなったの。よう姫様を守り抜いた。大儀であった」
「老師様・・・・」
俺は黙ってお湯を沸かしお茶を入れいた。
この子も壮絶な数年を過ごしてきたのだ。
彼女が纏うオーラというか空気というか、
ただ者ではないと感じさせたのはこういう事だったのか。
エドが買ってきたのは謎肉サンド。
懐かしいなこれ。ザクレムに入る前に宿屋で貰ったやつだ。
「カミーラは教会で働いておるんか?」
「はい老師様」
「まさかシスターになるとはのう」
「違います。私の部署は・・・・」
俺の顔見てる。警戒してますねコレ。
「こいつは大丈夫じゃ。ワシの弟子になった。
エリック、カミーラは兄弟子じゃぞ」
「そ、そっすか!さーせんパイセン、おなしゃす!」
「それ何語?」
「若輩者ですが何卒よろしくご指導願います」
エドが気を利かせてくれた。
「カミーラ、気にするな。
どうもこいつの中身はオッサンなんじゃないかと思う時がある」
ナイスフォロー・・・なの?
「わかった、改めてよろしくねエリック。
簡単に説明します。私は教会の特殊工作部隊に所属してます。
護衛、密偵、暗殺といった裏の業務もこなしてます。
エリック、もし誰かに言ったら・・・・わかるわね」
俺は目を見開いて頭をブンブン縦に振った。
「修羅の道に入れてしまったのはワシのせいじゃな、すまん」
「いいえ、老師のせいではありません。すべては魔人のせい」
俺の洞察力もたいしたことないな。
この子の醸し出す空気はもっと暗くて冷たいものから発生している。
それからカミーラは教会内で掴んだ情報を教えてくれた。
すでに密かに謎の集団との戦闘が起きてるそうだ。
国は箝口令を敷き情報は市民に伝えられてないそうだ。
「老師の話と一致しますね。既に魔人が入り込んでると」
「そうじゃの。カミーラ、また新しい情報が入ったら教えておくれ」
老師は俺に向き直った。
「ではエリック、一度勇者の剣を見にいこうではないか」
俺は老師に連れれらて王城の門前広場までやってきた
エドとシェリーとカミーラは留守番しながら情報交換するそうだ。
「よう、じいさん。今日は来ないのかと思ってたよ」
衛兵が気さくに声をかけてきた。知り合いなの?
「日課になっとるのでな。顔見知りじゃ。さてエリック、
説明したとおりじゃがやってみないことにはわからんじゃろ。まずやってみ」
「掴めばいいんだよね?」
俺は剣に手を伸ばした。
「あれ?掴めないな。もう一度。
なるほど、ここで空が発生するのか」
衛兵が怪訝な顔をしているがこの際無視だ。
俺はちょっと考えた。老師の説明を思い出す。
空間の入り口と出口を任意で作り出せるのだから
剣のギリギリの所に出口を作り発生した空間の
入り口を飛び越えてしまえば良いんだっけ。
やってみよう。
「あ、触れた。だが。んー?」
掴み上げようとすると新たな空間の入り口が発生する。
「なかなかにやっかいだな」
老師は腕を組んでじっとコッチを見ている。衛兵もガン見してる。
「困ったな。まずは観察だ」
剣はロングソード、柄と刃は一体型。ツバがつけてある。
柄の握りに滑り止めの細かい線が刻み込んである。
柄の尻には簡単な彫刻が施されてるな。
葉っぱのついてるツタが丸い紋章のようなマークに絡まっている図柄だ。
小さくて解らないがこの丸はどっかで見たような。
これは・・・・
「なぜここに電源ボタンが」
ポチっとな。
『あーテステス、ただいまマイクのテスト中』
「老師様?なんか言いました?」
「うんにゃ、何も言っとらんぞ」
『オレオレ、俺だよ。勇者の剣だよ』
「は?」
『は?じゃねぇよ。ああそっか
念話はできないんだっけ。ちょっと待ってろ』
「うわ、なんだ!」
突然耳鳴りが襲う
『言いたいことを頭の中で考えろ』
『ちょっとなに言ってるのかよくわからない』
『それでいいんだよ。お前が当代の勇者か。
鈴木から話は聞いてるぞ』
『奴とグルか!』
『敵じゃねぇよアホ。
いいからさっさと掴み取れよ。空は解除したぞ』
頭の中に直接語りかけてくる男の声に俺はとまどいつつ剣を掴み上げた。
衛兵が慌てている。
「つ、掴んだぁ!お前が・・・・いや、あなた様が勇者でしたか!
伝令、でんれーーーーーいっ!勇者様が現れたぞー!」
老師は真顔で聞いてきた。
「エリック、お前は何者じゃ?どこから来た?
まだ隠してる事があるんじゃないのか?」
「え、えーと・・・えええええ?」
俺は剣を持ったまま固まってしまった。