1-34 聖女、王都へ行く その2 聖女候補
ウーファの街は海沿いの港のある都市。
海が見えなくても風にのって潮の香りが漂ってくる、そんな街。
私はこの町を離れた事がほとんどない。
まだ小さな頃に家族で南の国境近くにある
エスタンの街に旅行に行ったことがあるくらいだ。
エスタンも港町だしウーファと雰囲気は似ていたが、
かなり南に位置するので捕れる魚はカラフルな魚が多くて面白かったな。
今回は内陸にあるルド王国最大の都市、王都ルドアニアに向けての旅。
しかもしばらく向こうで生活することになる。ワクワクしないわけがない
まずは街を守る城壁の外までは普通の馬車で移動。
そこには遠距離馬車の巨大な駅があり、馬車を乗り換える。
街道は整備されていて平らだ。
両端には遠距離移動用の馬車専用のレールまである。
地形が平らな所はレールを利用した方が速いそうだ。
山が近い。見かける鳥も海鳥とはちがう。麦畑が広大。
なにより風の臭いが違う。
海沿いの街との違いに感心しながらの馬車の旅はなかなかに楽しかった。
王都に到着すると以前お会いした司教様の部屋に呼ばれた。
「よく来ましたね、セシリアさん。それでは詳しい話をいたしましょう
お座りください」
ミュラー司教様はニコニコしながら椅子とお茶をすすめてくれた。
「さて、セシリアさん。
あなたを中央教会に招いた最大の理由は
あなたが当代の聖女である可能性が高いからです。
ウーファではシスター見習いという肩書きでしたが
こちらでは聖女候補という肩書きになりますね。
これはあなただけではありません。
数名います。後で紹介しますね」
司教様は一口お茶を飲み話を続けた。
「十日後の日曜日に定例祭があります。中央教会の聖堂で行われます。
そこで聖女候補の皆さんは我々と一緒に壇上で祭事をを執り行います。
あまり時間がありませんが、祭事の作法や手順等を学んでください。
そうそう、制服のサイズ合わせもしないと。なにか質問は」
あまりの急展開にあっけにとられた私は
「い、いえ。なにも・・・」
と答えてしまった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。
中央教会のスタッフ達はとても優秀です。
なにか疑問が出てきたらスタッフに聞いてみるといいですね。
では頑張ってください」
その後スタッフさんに私が使う部屋に案内して貰った。
荷物を置き修道服に着替えてから教会内を案内して貰う。
ウーファの教会とは比べものにならないほど広い。
調度品や聖堂の豪華な装飾も目を見張るばかりだった。
部屋に戻るときに小冊子を手渡される。
教会で執り行われる祭事のお作法集だ。
新しく覚えるお作法を事前に勉強しておけと言うことなのだろう。
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まだ就学中である私は午前中は授業、
午後は奉仕活動という時間割はウーファの頃と替わらないのだが、
それに加えて定例祭のリハーサルが入るのでかなり忙しい。
一度目のリハーサルが終わり聖女候補のみんなでお茶を飲んだ。
「そんなに難しくないわよ。
基本的には私達はすまし顔で立ってりゃいいの」
カラカラと陽気に笑いながら言うこの人はビアンカさん。
農家の娘だという彼女は行動がパワフル。
体格もいい。本人曰く、脂肪じゃないわ筋肉よ、だそうだ。
「ウーファって港町でしょ?お魚おいしいの?
王都では新鮮な魚介類が手に入らなくてね」
食べること大好きのイヴォンヌは町娘。
その割には痩せててスタイル良い。
「あの、例の小冊子は一応丸暗記しておいた方が良いですよ」
と言うクロエは真面目さん。
貴族の二女なので礼儀作法に詳しい。
年下だけどこの中で一番頼りになる。
「みなさんありがとう。足引っ張らないように頑張るね!」
「なーに、壇上ですっ転ぶくらいのイベントが発生してもいいのよー」
クロエがビアンカをたしなめる。
「ビアンカさん、王族の前でそんなことやったら不敬罪で処刑されますよ」
イヴォンヌがそろそろと隣のお皿に手を伸ばしながら言う。
「もう、クロエはおおげさねえ。そのお茶菓子ちょうだい?」
「駄目です。これは私のです!」
スタッフさんが呼びに来た。
今日はもう一回通してリハーサルをやったら解放されるみたい。
よし!頑張れ私!
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薄暗い石造りの部屋の中央に対象が横たわっていた。
「無理じゃない?もう虫の息ね」
イヴォンヌが『対象』を目の前に覚めた口調で言い放つ。
対象は男性。顔面は傷だらけ頬の肉はそげ落とされ奥歯まで見えてる。
左目は完全につぶれていた。
腹の刺し傷には包帯が巻いてあるが血が派手ににじんでいる。
「少しの間しゃべれる程度に回復すればよろしいのです」
担当の助祭が言うとイヴォンヌは何も言わずに対象に手をかざした。
頬の肉はそのまま、痛み止め程度に出血を止め、腹の刺し傷を治療した。
「これでしゃべれるはずだけど」
対象が苦しそうに口を開く。
「ありがとう御座います聖女様・・・ほ、報告をせねば・・・」
イヴォンヌは軽く手を振り部屋を出た。
対象は兵士だったらしい。
彼女と入れ替わりに軍人が数名部屋に入っていった。
「イヴォンヌ嬢、教会まで送ります。くれぐれも・・・」
「わかってるわよ。私だって自分の命は惜しい。
誰にも言うもんですか」
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ドアをノックする音が聞こえた。
「こんばんは、セシリアさん、クロエです」
ドアを開けるとクロエが立っていた。
「こんばんは、どうぞお入りなさいな」
今度の部屋は一人部屋だ。
今までは寝ていても耳をすますとカミーラの寝息が聞こえてきたものだが、
ここは静かすぎる。
つまり寂しいのだ。
クロエの訪問はとても嬉しかった。
一つ年上の私が座学でやる数学を教える。
クロエが私に貴族のマナーを教えてくれる。
終わったら少しおしゃべりして就寝する予定。
勉強をしていると隣の部屋のドアが閉まる音がした。
『バタン』
「お隣さん、帰ってきたみたい。イヴォンヌさんよね?」
クロエに聞いてみた。
「そう。たぶん特別奉仕活動でしょ」
「あー、やっぱりコッチでもあるのかー」
「まあ聖女候補といってもお偉いさんのお医者さん代わりだもんね」
それから少し世間話をしてクロエは部屋に帰っていった。
私もそろそろ順番が来るのかな、特別奉仕。




