1-3勇者転生
勇者登場です!
俺の名前は本山カイト。間もなく死ぬ、らしい。
らしい、というのは状況が掴めずに困惑してるからだ。
これもう絶対死ぬよね?という状況で時間が止まってしまった。
会社から帰宅する途中、歩道を歩いていたらダンプが突っ込んできた。
ダンプとビルのコンクリートの壁に挟まれぺちゃんこになるその瞬間に
自分以外の何もかもが停止した。
その隙に逃げだそうと試みたが、ダンプと壁に
挟まれたところで停止してるため動けない。
さて、どうしたもんか。
「本山カイトさんですよね?初めまして、
私鈴木と申します」
スーツ姿で中肉中背の中年男性が
ビルとダンプの隙間をのぞき込むように挨拶してきた。
「はあ。えっと・・この状況ですのですいません、
名刺取れなくてですね」
などと間抜けな返事をする俺。
「お気になさらずに。時間がないので簡単に説明しますね。
今回私はヘッドハンティングに参った次第でして」
この状況でヘッドハンティングされてもなあ。
まあとりあえず聞くしかなさそうだ。
「あなたは生きているうちにとある使命を完遂できなかったんですね。
あなた自身が失敗したわけではなく、プレーヤーの操作ミスです。
あなたに非はありません。
プレーヤーはミスを隠すために
あなたを消去することにしたしたみたいですね。
それが今の状況。
消去といってもこの世界での肉体の存在が
消え去るだけですのでご安心を。
安心できない?それはそうでしょうね(笑)
あれ?うけませんね?まあいいです。
本来ならこの世界で別の人間として
輪廻転生するのがほんとうなのですが
あなたには我々の世界の方で転生して貰いたいと、
そう考えてるのです。
それにはあなたの同意が必要です。同意しますか?」
うん。さっぱりわからん。
というか俺自身が誰かの操作する
キャラだったなんて驚きだよ。
「キャラクター自身は誰かに操作されてるなんて
普通意識しませんよね?つまりはそういうことです」
なぜドヤ顔?
「色々腑に落ちない点は同意いただけたら死後説明します。
同意いただけなかった場合はこのまま予定通りこの世界で死にます。
さあどっち?」
なんかイライラしてるな。
時間停止もそろそろ限界なんだろうと察する。
「同意する」
その瞬間時間が動き出し俺は無事死んだ。
気がつくと白い部屋にいた。
部屋というか空間というか。
ここが死後の世界?
なんか変な感じだな、と思っていたら
目の前の何もない空間がいきなりドアのように開いた。
「どうぞお入りください」
どこからともなく聞こえてきた声にちょっと驚いた後、
開かれたドアをくぐる。
くぐった瞬間見えたのは殺風景な会議室。
折りたたみ式の簡素なテーブルの向こう側に、
さっき会った鈴木ナニガシが座っている。
「どうぞおかけください」
言われるがままに下の方がちょっと錆びてるパイプ椅子に腰をおろした。
「あらためまして鈴木です。同意ありがとうございました。
では先ほどの続きを説明しますね。
あなたはこれから我々の世界に転生していただきます。
あなたの世界のプレーヤーは、あなたが同意したことにより
あなたに関するすべての権利を放棄しました。
まあ、放棄せざるをえないんですけどね」
再びドヤ顔。
「色々と疑問点はあるでしょうけど私の説明の後に質問してください。
答えられる範囲内でお答えします。
まず転生先ですがこの世界より文明は遅れています。
内燃機関や電気はありません。
その代わり魔法が使えます。が、誰でも使えるワケではありません。
また使えたとして もレベルによって差が生じます。
本山カイトさん。あなたの場合はなかば無理矢理
ヘッドハンティングさせていただいた点を考慮して
すべてのレベルはEXです。
要するに上限無しですね。
ここまではいいですか?」
良いも何もさっぱりワカラン。説明を続けてくれ。
「はい。あなたが使える魔法の種類は空、風、火、水、地の五つです。
癒し系の魔法もありますが、EX許可がおりませんでした。
こちらはLV1からのスタートです。
どうやったら使えるようになるかは転生すればわかります。
あとは自分で制御を学んでください。そしてあなたのジョブですが」
ん?最初から職業決まってるの?
「職業といか役割ですね。あなたの役割は勇者です。
魔王を倒し世界を救ってください。
以上で説明は終わりです。ご質問は?」
ざっくり来たな。
えーっと。なにから聞けばいいんだ?
まずは死ぬ前に聞かされた完遂できなかった使命ってなに?プレーヤーって誰?
「禁則事項です」
おい。説明するって言ったじゃん。
「答えられる範囲で、と申しました」
じゃあ魔法の種類、それぞれの説明。
なんで俺が勇者なの?魔王ってどんな存在?
癒し系EX許可がおりなかった理由は?
鈴木は答えられる範囲で説明をしてくれた。
納得いかない点も多々あるが、
同意してしまったし転生する以外ないようだ。
説明が終わり会議室を出るとそこは・・・・・
~~~~~~
俺の名はエリック。13才だ。8才の時に母が流行病で他界、
10才の時に父が魔物に殺された。
その時から親戚をたらい回しにされ、
去年から父方の祖父の弟のセガレの嫁の実家にお世話になっている。
親戚とはいえほぼ他人だ。
この家は主に農業を生業にしている。
麦、芋類、葉物野菜等だな。
人手が足りないので引き取られた俺は、
親戚の子供などという半ばお客さんにも近い待遇など望むべくもなく、
使用人とほぼ同等の立ち位置だった。
それでも食事は家族と同じテーブルで食べてるし、部屋も与えられている。
粗末な小屋に住まわされてる使用人も居る中、ましな待遇だと言えよう。
ま、仕事はきついけどね。
今日の仕事は麦畑の拡張工事だった。
斧で切り倒した木を荷車に積み馬に引かせ運搬する。
切り株の周りを掘り木の根を分断し、ロープをかけて皆で引っ張る。
これがきつい。が、掘る、切る、引っ張る、を繰り返していくと
切り株はゆらゆらと動き引き抜くことができるようになる。
引っこ抜かれた切り株と地面に開いた穴を交互に見ると
ちょっとした達成感を味わう事ができた。
きついけどそれなりに充実した日々を送っていたんだ。
午後の仕事の合間の休憩時間に皆で水を飲んだりしながら
おしゃべりしてた時に、使用人の一人が伝言を伝えにやってきた。
今日の作業はここで終了。
広場で村長が話をするので皆集まってくれとの事だった。
それじゃあ早上がりすっかぁ、と職長が言い帰り支度を指示する。
道具類はすべて荷馬車に積み込み、俺たちは広場へ徒歩で移動した。
広場にはすでに多くの人が集まっていた。
小さな木箱の上に村長が登り話を始めた。
内容を要約すると、魔物の数が増えてきた。
冒険者ギルドに討伐を依頼してるが順番待ちの状態である。
大物は冒険者が狩るが小さな魔物は村民で何とかして欲しい。
自分たちで狩った魔物の魔石は狩った者が好きにして良いとのことだ。
本来ならばライセンスを取得してる冒険者でなければ
魔物の討伐はしてはならない。
護身のための討伐なら正当防衛として認められるが、
魔石の回収は認められない。
スライム程度の小物なら村人数人が
いい加減に振り回した剣でも討伐出来る。
小指の頭程度の魔石しか採取出来ないが、
酒場でエール数杯飲めるくらいの金額にはなるのだ。
麦畑の拡張工事をやっている今はお察しの通り農閑期。
早速明日から魔物の討伐を開始することとなった。
家長であるオヤジさんは使用人を3人で一組にした。
俺はバリーとクリスと同じ組だ。
バリーは髭面のおっさん。
がっちりとした外観は威圧感があるが、親切で気の良い男だ。
クリスはあまりしゃべらない。言われたことはそつなく淡々とこなすタイプだ。
俺より二つ年上だが、年齢も近いこともあり比較的仲の良い方だ。
バリーは若い頃冒険者ギルドに登録してたそうだが、本人曰く、
「才能がないから辞めた」そうだ。
今はライセンスも返上している。
しかし魔物討伐の経験があり、魔物のランクにも俺たちよりは詳しいので
この組のリーダーをやって貰うことになった。
「いいか、俺たちは本業の冒険者じゃない。
魔物なんて一匹も狩れなくて当然だと思え。
やばくなったら逃げろよ。逃げることは恥じゃないぞ。
目先の小銭に目がくらんで無茶な戦いを挑むのはアホのやることだ。
命の方が大事だぞ」
その通りだと思った。しかし。
各組に人数分渡されたショートソード。
量産品の安物だが普段武器に触れることのない俺はちょっと良い気分だった。
長さ30cm程度のさやに収まった短剣を腰に引っかけると
なんだか自分が強くなったような錯覚に陥った。
バリーが言うところのアホ、とはすなわち俺の事だったのだが
その時点では気がつくはずもなく、渡された短剣を腰に装備した俺は
いっぱしの冒険者気取りだったわけだ。
魔物が増えた、とは言え広大な森の中の話で、
人里で見かけることは滅多にない。
畑と住まいの往復をしているだけの生活なら、
まず見かけることすらない。
しかし村や町をつなぐ街道、
特に森を抜ける道は被害が増えてるという。
商店のない我々の村では物資を売りに来てくれる
行商人が居なければ生活が成り立たない。
命をかけてまで行商に来る理由もないのは理解できるだろ?
命の方が大事だもんな。
そんなわけで街道の安全確保のために
俺たちがかり出される事になったわけだ。
集団で街道を進み森に入る。
街道の両脇100m程度の範囲内の小物をつぶしておけば良いそうだ。
バリーの後を付いて街道から道のない森に踏みいる。バリーが指示を出す
「時々後ろを振り返り目印になる木や岩などを確認しておけ。
太陽の位置も良く見ておけよ。
森の中だと直接太陽は見えないことも多いが、
木の陰の方向で判断しろ。はぐれたら街道に戻れよ。
魔物と出くわしても決して一人で戦おうとするな。まず逃げろ」
街道からほんの100歩ほどの所に大木があり
その後ろが少し開けたスペースになっている。
そこでスライム発見。
『そうそう、まず最初はこれだよなあ』ん?なんだ今の思考は?
時々感じる既視感。初めての経験なのに初めてじゃないというか。
デジャブってる俺にバリーが指示を出す
「スライムだからと言ってあなどるなよ。奴らは酸を吐く。
直接受けたら肌がただれるぞ。
まずは俺が石を投げて注意を引きつける。
エリックは右から、クリスは左から回り込み斬りつけろ。よし、行くぞ!」
バリーが石を投げるとスライムも酸を吐き出して応戦。
俺とクリスは言われた通り左右から回り込み二人同時に短剣を突き刺すと
スライムはあっけなく死んだ。
体は形を維持できなくなり粘っこい水たまりが出来上がる。
その中に小さな紫色の角張った石があった。
これが魔石か。
回収しバリーが腰の袋に入れる。
こんな感じでスライムや芋虫の幼虫みたいな魔物、
合わせて3体を討伐して街道に戻った。
すでに戻っているチームと合流し休憩していると
街道の奥から悲鳴が聞こえた。
ゆるいカーブの向こうから何かが近づいてくる。
派手な土埃を巻き上げカーブを曲がり
突進してきたそいつはでかい猪だった。
バリーが叫ぶ。
「レッドボアかよ!聞いてねぇぞ、くそっ!
皆森に入れ、木を盾にしろ!登れる奴は木に登れ!」
叫びながらバリーも森に入る。
街道の中央付近にあぐらをかいて休憩していた俺は
左右どっちの森に逃げ込むか判断が遅れた。
いや、もしかしたらやっつけられるかも!
そしたら俺英雄じゃん!などと一瞬だけ妄想する。
が、しかし。
ボアはもう目の前にせまっていた。
とっさに右腕で頭をガードする。
やべ、よけられない。
バリーの言うことちゃんと聞いてりゃ良かったんだ。
ああ、俺のアホ・・・
と、そこで身構えてる俺は違和感に気がつく。
あれ?止まってる?なんで?
俺はおそるおそるガードを解いた。
レッドボアはほんの2歩分の距離で俺に
飛びかからん勢いのまま宙に静止している。
また既視感。
これは確かに経験があるぞ。
と、思った瞬間に濁流のような情報が脳内に押し寄せた。
キーンという耳鳴りが治まる頃には「すべてを」思い出した。
するとレッドボアの巨体の陰からスーツ姿で
中肉中背の中年男性がひょっこり登場。
鈴木さんか。久しぶり。
「お久しぶりです。本山カイトさん。今はエリックさんですね」
っつーかなんでこのタイミング?
「ある程度心と体が出来上がるまではこの世界に慣れて貰うため、
前世の記憶は封印させていただきました」
いやいや、それもあるけど
何かがぶつかってる瞬間ってやめてくんない?
心臓に悪いよ。
「多少の遊び心はご理解ください。
さて、前回の面接でお話した内容を覚えておられますよね?
ご活躍期待しておりますよ」
やっぱアレ面接だったんだ。
期待するのは勝手だが望む結果が必ず出るとは限らないぞ?
現に俺今死にそうじゃん。
待遇悪すぎ。ブラックじゃね?
「ですね。とりあえずここを切り抜けましょう。あとはお任せで」
認めたな。ブラックだと認めたな!
はあ、っつーか、なんで出てきたんだよ。お前いらねぇじゃん。
「まあそういわずに。
周囲に怪しまれずに切り抜けられる方法を教えますので。
宙に浮いてる状態のレッドボアの下に潜り込み、
心臓に短剣を深々と突き刺すだけの簡単なお仕事です」
言われるがままに短剣を突き刺す。
うえぇ、この感触気持ちわるっ。
「慣れてくださいねえ。
今後も突いたり切ったり剥いだり縫ったりするわけですから」
縫う?なにを?剣で?
「ジョークです。では時間流しますね。せーのっ、ハイ!」
主要登場人物の登場編はもう少し続きます。