1-26 アレックスと王家の人々 その2 アレックスの仕事マチルダの仕事
1-5 アレックスと王家の人々からの続きになります。
国際連絡協議会。
まずは国同士の連絡を密にするところから始めるために立ち上げられた会議だ。
議長国は持ち廻り制。
参加国は国の規模にかかわらずそれぞれ一票持っている。
この協議会の中にそれぞれの専門分野に分かれた連絡会議がある。
平和的な文化外交や輸出入に関する取り決めを行う会議などが立ち上げられる予定だが、
まだ大元の連絡協議会が立ち上がったばかりなので、細かい取り決めは徐々に行う。
その中で真っ先に立ち上げられたのが安全保障会議である。
第二王子である自分はルド王国の魔王討伐軍のトップだ。
トップとは言え、お飾り的な立場であり実務に関しては軍務部や軍の幹部が
取り仕切る。
まだ学生の身分だし、あまり実務に関して
出しゃばれるのは自分でもどうかと思う。
が、最終的な責任はすべて王家が負わねばならない。
そういった意味では私の立場は重要だ。
第一回目の国際連絡協議会会議は無事終了した。
各国の大使や外務大臣をルド王国に招いての大規模な会議だった。
各国とも軍関係者を連れてきていたのはあらかじめ
安全保障会議を立ち上げる旨を伝えていたし、
当面この会議がメインの活動になることは各国とも承知していたからである。
第一回目の会議が終了した。
今夜は各国のスタッフがそれぞれ細部を詰め
明日以降の会議で提案と駆け引きを行う予定だ。
クルトフ方面軍をまとめる将軍モルガノ・ド・ブランが話しかけてきた。
「アレックス殿下、今日の挨拶は見事でした。
我が国が主導権を取る上では最良の初手でしたな」
「世辞はいいですよ、将軍。
まだ学生の身分である自分に威厳などありません。
すべては王家の威光であり将軍をはじめとする優秀な軍のおかげですね」
彼は地方都市クルトフを預かる貴族である。
一人息子のダニエルは私のクラスメートだ。
「不精息子がもう少ししっかりしていればと思うばかりですわ」
「ダニエルは優秀ですぞ。
我が右腕となってくれればと考えてます」
「ありがたきお言葉。しかし世辞は言うものではありませんぞ、殿下」
満面の笑みだ。
息子を誉められて気分を害する親などいないだろう。
会議の方は順調に事が進んでいる。
各国共通の大きな懸念事項として魔物が増えている事と、
南の大陸にあったとされるスフィーア王国の滅亡だ。
ガウンムア王国の大使がもたらした情報ではスフィーアの滅亡は本当らしい。
船や陸路でたどり着いた難民を保護したとの話を聞いた。
それに魔人の活動が始まっているとの噂も検証していかねばなるまい。
それと同時に自分の懸念事項である勇者捜し。
これも難航している。
王城の門前に設置された特設会場には
勇者の剣を置いた大理石が運び出されている。
衛兵が簡単な身体検査と身分確認を行うだけで
誰も試すことが出来るようにしてある。
外に運び出した当初、数日程はちょっとしたお祭り騒ぎだった。
誰が剣を掴み取れるのか野次馬達が興味津々で見学していたものだ。
だが今や人の出もまばらで衛兵も暇そうにしている。
いくつかあった露天商も場所を市場に戻してしまった。
門前広場を私は寂しい気持ちで見つめていた。
衛兵が近寄ってきた一人の老人に笑いながら話しかける。
「よう、じいさん。毎日ご苦労さん」
「日課になってるからの。散歩のついでじゃ。よろしいかの?」
「おう、いいぜ。今日こそ剣をつかみ取ってくれ」
老人は袖をまくり宝剣をつかみ取ろうとする。
何度か手を離したり近づけたりした後、衛兵に笑いながら言った。
「今日も駄目じゃったわい」
「そうかい。気をつけて帰りなよ」
あの老人は冷やかしが日課になっているのか。
真の勇者が現れるまでは待つしかないのだろうか。
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老人は門前広場を横切りながら考えていた。
「ふむ。人が手を触れようとした瞬間に空が発動する
仕掛けだと言うところまではわかったんじゃが」
剣を覆う薄い膜のような空間の入り口。
出口はどこにもない。
つかみ取ろうとした手は『どこでもないどこか』を漂う。
自動的に発動する魔法など聞いたことがないし、
1000年もの長きにわたり機能し続ける空間固定も聞いたことがない。
薄い膜状の空間の入り口を挟むような形で
空間をつなげれば剣に触れることは出来るのだが
持ち上げようとすると新たな幕が邪魔をする。
まるで剣自体が意志を持っているかのようだった。
「あと一つ、何かの要素が必要みたいじゃがそれがわからんのう」
長かった髪を短く刈り揃えトレードマークであった
髭を剃るだけで別人のようになったハリエク・ロウ老師は自分の部屋に帰ってきた。
「そろそろ生活費が足りなくなってくるし、久しぶりに仕事でもするか」
老師の仕事は空間収納バッグの制作である。
バッグ自体はその辺で売ってる物を使用している。
魔石はスフィーアからルド王国にたどり着くまでに狩った
魔物の魔石を利用している。
在庫はまだある。
後はバッグの中に空間を固定するだけで高価な空間収納バッグの完成だ。
その気になれば巨大な容量のバッグも作れるのだが、
あまり高価過ぎると買い手が付かない。
金貨200枚程度の売値になるよう調節した。
できたバッグは魔道具屋に買い取って貰っている。
「クレイグは上手く入り込んだもんじゃの。王子様とは恐れ入ったワイ」
しばらくはクレイグの動向を見張ろうと思い王都に潜伏している。
いづれ決着はつけねばならない。
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「マリアン、お茶にしましょう」
ここは王女が幽閉されていた北の塔である。
蟄居を解かれてからこの区画は解放された。
見張りの兵士は誰もいない。
マチルダ王妃は普段、王城内の自分の居室を使用しているが
ここも結構気に入ってるので時々泊まったりする。
ということにしてある。
幽閉されている間に持ち込んだ機器は
巧みに偽装してありパッと見ただけでは解らない。
セキュリティも万全なので内緒話をするのには持ってこいなのだ。
マリアンがお茶を乗せたワゴンを押してくる。
マチルダはプライベートスクリーンでメールのチェック。
「魔石が貯まったから母船は一度母星系に帰るそうね。ちょうどいいわ」
マリアンに依頼していたマインドコントーラーの
探知部分を抜き出した装置が完成している。
文庫本くらいの大きさの本体があり
探知部分は銀縁の丸眼鏡に仕込んである。
マリアンが眼鏡をかけ王城内を実験的にサーチして廻った。
クレイグが仕掛けた精神干渉装置は常に一定の影響力を保っている。
眼鏡を通して見ると影響を受けている人間は特に何も変化は見られない。
しかし影響を受けていない人間はうっすらと
赤い光をまとっているように見えるのだ。
影響波を反射しているかのように見えた。
この影響力の度合を数値化せせることも可能なのだが、
探知装置を出来るだけ小型化したかったためこの機能は省いた。
「母船がいない間にサーチ範囲を広げて
影響下にない人間のリストを作成しましょう。
マリアン、お願いね」
「御意」
マチルダはお茶を飲み塔の窓から美しい庭園を眺めた。